文化

村上春樹の家族観を読み解く 京大人文学教室オンラインセミナー

2021.11.16

2021年度京大人文学教室オンラインセミナー「村上春樹の物語」が開催されている。全4回で、回ごとに異なる講師を招いている。10月26日に配信された第1回では、三宅香帆氏が講演した。

三宅氏は京都大学大学院人間・環境学研究科で副専攻として村上春樹を研究したのち、現在は文筆家・書評家として活躍している。著作である『文芸オタの私が教えるバズる文章教室』(サンクチュアリ出版)などが話題となった。

三宅氏が担当するセミナーのテーマは、「村上春樹と子どもを持たない主人公」である。村上春樹の初期から中期の作品である『カンガルー日和』『羊をめぐる冒険』『ねじまき鳥クロニクル』の3つを取り上げ、これらの根底にある考えを見ていく。ここでは、1983年に初版発行された『カンガルー日和』を取り上げたい。

話のあらすじは、あるカップルが新聞でカンガルーの赤ちゃんが生まれたことを知って動物園へ観に行くというものである。ストーリー自体はいたってシンプルで、大きな事件が発生するわけでもない。しかし話に繰り返し出てくるカップルの会話はどれも印象的で、村上春樹が何を意図していたのかを考えたくなる作品である。三宅氏はこの作品の裏に「妊娠タイミングの葛藤」を見てとる。まず、カンガルーの母と父がそれぞれカップルの彼女と彼氏と重ねられていることが会話や描かれる特徴からうかがえる。また、檻の中に雌のカンガルーが2匹いるのを見た彼氏が「母親じゃない方のカンガルーはなんなんだ?」と尋ねたのに対し、彼女は「わからない」と答える。ここでは、母親ではないためにカップルから「なんなんだ」と訝しまれるカンガルーという象徴を通じて、子を持たないために社会で居心地悪く感じているカップルの胸の内を描き出しているという。このように「親になること」を強く意識している一方で、彼女がカンガルーの袋の中に入ることを素敵だと言ったり、彼氏がチョコレートアイスやホットドックなどの子ども的な嗜好品を食べたがったりする箇所からは「まだ子どもでいたい」という心情もうかがえる。ここに三宅氏は、妊娠のタイミングについて2つの気持ちの間で揺れ動くカップルの姿を見出す。さらに三宅氏は、チョコレートアイスを食べたがる彼氏に対して彼女が「ビールでも飲まない?」と声を掛ける点を指摘した。このシーンは話のラスト部分であり、非常に意味深長である。大人的嗜好品を欲しがる彼女は彼氏よりも一歩大人で、自分が母になることをいっそう深刻に気にしているのではないかと三宅氏は語った。

その他の2作品についても論じたのち、「都会でおしゃれにひとり暮らしをしているイメージの強い村上春樹作品だが、『子どもを持つこと』のような家族をめぐる作品は意外と重要テーマだったのではないか」と述べて締めくくった。

セミナーの第3回と第4回はそれぞれ11月30日、12月14日にZoomで開催される。三宅氏による第1回、既に終了している第2回を含めて1月31日まで見逃し配信を視聴できる。受講料は各回1500円で、全4回をまとめて買うと5400円(税込)。予約は各回の前日まで受け付ける。(滝)