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作業記憶と意思決定の処理回路を特定 量研と霊長類研 脳研究で新技術を確立

2021.07.16

量子科学技術研究開発機構(量研)と京都大学霊長類研究所(霊長類研)の共同研究チームは、脳の重要な活動を担う前頭前野が持つ機能のうち、「作業記憶」と「意思決定」が別々の神経系で処理されることを世界で初めて明らかにしたと発表した。この研究は、ヒトの高次脳機能の理解および脳疾患の臨床研究への貢献が期待されるという。

前頭前野は「脳の司令塔」とも称される領域で、思考や記憶など人間に不可欠な様々な機能を果たすとされる。作業記憶とは、ある作業をいつ、どこでやらなければいけないのか一時的に覚えておき、順序や優先度を整理する機能のこと。作業記憶と意思決定の機能は共に、前頭前野の中でもこめかみの少し上のあたりにある部分が関与していることが知られていたが、この2つの機能の指令が脳のどの部位に送られるかは解明されていなかった。

今回の研究では、実験に革新的な手法が用いられた。脳の回路がどこからどこにつながっているか特定するためには、神経伝達物質を注入した後に脳を取り出して観察する方法があるが、これでは伝えられる情報の種類を特定できない。また、ネズミなどの小動物で行う実験では神経による情報伝達を遮断する技術が使われるが、今回の実験はヒトと同様に発達した前頭前野を持つサルを用いる必要があり、小動物に施す技術をサルに応用するのは非現実的だった。そこで研究チームは、これまでとは異なる技術を使って神経経路を遮断した。具体的には、活性化すると情報伝達を阻害する人工受容体を神経末端に発現させ、その受容体にチームが開発した人工の作動薬を結合させることで、狙った神経の機能を停止することを可能にした。実験から、作業記憶には視床が、意思決定には尾状核が不可欠な経路であることが判明した。

この技術によって、ヒトの脳とよく似た構造を持つサルの脳において回路と機能を同時に調べることができるようになり、ヒトを含めた霊長類の脳機能研究の進展が予想される。また、脳疾患によって一部の神経に損傷を受けたヒトの脳をサルで再現し、その病気の性質や治療法の研究に役立てるという応用法も考えられる。論文は6月24日に米科学オンラインジャーナル「Science Advances」で発表された。研究チームのメンバーは、南本敬史グループリーダー、小山佳研究員(量研)らと、高田昌彦教授、井上謙一助教(霊長類研)ら。