複眼時評

手塚哲夫 エネルギー科学研究科教授 「『エネルギー学』への誘い」

2006.10.01

私が「エネルギー需給システム」について勉強を始めたのは約三十年前、ちょうど石油危機の発生で世間の目が石油に集中していた頃である。当時の大学院での指導教授の先生から、エネルギー経済学の勉強会ができたので出席するように、との指示を受けたのがその最初であったと記憶している。石油危機以前にはエネルギーの重要性は一般にほとんど認識されていなかった。そのような状況でエネルギー需給システムを研究テーマとすることは、その頃の工学系の学生にとっては全く予想しえないことであった。

その頃から比べると、エネルギーに対する考え方も大きく変わったものである。石油の値段が高いときには、世間の目は石油の代替としての石炭の利用に向けられていた。どうすれば石炭からガソリンや軽油を生成できるのか、というのが化学工学の分野で重要課題の一つとなっていた。原子力や天然ガスの導入が本格的に始まったのもこの頃である。その後、石油の価格高騰が一段落すると、生活のレベル向上のために、一転して電力やガスという高品質なエネルギーに焦点が当てられることとなった。冷房による夏の電力負荷のピークを抑えるための手法が熱く議論されていた。そして、京都議定書でよく知られている地球温暖化問題の登場により、それ以前では到底考えられなかった二酸化炭素排出量の削減が重要視され、石油でも石炭でもなく、風力、太陽光やバイオマス(森林や糞尿などの生物由来の有機性資源)という再生可能エネルギーに注目が集まっているのが現状である。今では、エネルギー問題が重要な問題であることは周知のことであるし、エネルギー問題の議論で二酸化炭素排出量を議論しないことはほとんどないと言っても過言ではない。もちろん、石油、石炭、天然ガスという化石燃料の使用を突然に停止することはできないため、それらを中心としたエネルギー需給の状況はそれほど変わってはいないが、社会のエネルギーに対する意識、そしてエネルギーに関わる技術開発の方向は大きく変化してきている。

そのような意識の変化の中で、新しい研究分野としての「エネルギー学」を創成しようと活動が進められている。電気工学、化学工学、機械工学、経済学、法学、社会学などの既存の学問領域は、基礎となる学術的内容の進展と共に長い時間をかけて形成されてきたものである。一方、エネルギー学、環境学などの分野は、エネルギー問題や環境問題などの検討すべき課題に対してあらゆる技術や考え方を駆使して解決を図ることを狙いとして新しく創成されつつある学問領域である。「横断型」と形容されることもある。一例を挙げよう。無電化村における太陽電池による電化方策の是非を考える。すると、太陽電池の製造、設置、利用に関わる技術(電気工学)、生活において太陽電池をどのような用途に利用すべきかの判断(都市工学)、普及のための税制や補助金などの経済政策(経済学)、村人が新しいシステムを受け入れるための方策(社会学、教育)、それらをふまえた上での太陽電池システムと他のシステムとの比較検討(システム工学)などの議論が必要となる。そしてこれらの問題は相互に関係し合っているところに大きな特徴がある。これは「エネルギー学」の好個の例といえよう。

エネルギー学の議論では、文系と理系の融合という言葉を聞くことが多い。日本では、高等学校の早い段階から文系理系の区別をしているところも見受けられる。仕事をする上での専門性の獲得は不可欠としても、「理系だから社会科学を勉強する必要はない」などと考えることは適当ではない。そのような傾向が実際にあり文理融合を唱えなければならない状況の背景には、現在の文理を分け隔てした教育の影響も無視することはできない。そのように考えると、エネルギー学でまず大切なことは、「他分野の人の話を、興味を持って聞くこと」と「他分野の人に話をするときに、興味を持ってもらえるように分かりやすく話すこと」であり、エネルギー学には「そのような能力を有し、必要があればどのような分野の勉強でも始めることのできる」人材を育てることが求められているといえる。現在の専門の範囲を少し広げるだけで誰でもエネルギー学の学習・研究を始めることができるのである。

毎年エネルギー政策に関する数多くの報告書が発刊され、テレビ番組では多種多様な意見が述べられている。そのとき疑問に思うことは、「主張されているいろいろな意見について、その根拠を皆が理解しているのであろうか?」という点である。いうまでもなく、議論についての全ての論点を理解することはできない。しかし、その意見の根拠を知りたいという人には、その要求に応じて即座に情報提供ができるようにしておかなければならない。効果的な政策の策定には、大勢の人が適切に情報を共有することが不可欠である。そのための仕組み作りもエネルギー学に課せられた重要な課題である。


てづか・てつお 京都大学大学院エネルギー科学研究科教授。
専攻はエネルギー社会・環境科学。新エネルギーや環境問題をテーマに、幅広く研究活動を行う。現在の研究課題は「エネルギーシステムの分析と評価」。