文化

ブータン文化講座 変わる社会と変わらぬ伝統

2015.11.01

10月20日、京都大学稲盛財団記念館にて第6回ブータン文化講座が開催された。これは、ブータン学研究の裾野を広げることを目的として、こころの未来研究センター・ブータン学研究室が学内外から識者を招いて開催しているもの。今回は、西平直・教育学研究科教授が「輪廻のコスモロジーとブータンの新しい世代」と題し、講演した。

初めてブータンを訪れた6年前、西平氏は近代化が急速に進むのを目にした。それと同時に、古くからのマナーを守る彼らが自分達の文化に誇りを持っているのだということも知った。ブータンでは、仏教国として発達してきた僧院教育を社会にも活かそうという教育機関も出てきている。西平氏は地方に行き、そうした学校で聞き取り調査を行った。しかし「伝統志向を現代に活かしたい」という学生の答えに物足りなさを感じた西平氏は、再び都市へ戻り、若者の考え方を調査することにした。

そこで西平氏はサニーという一人の青年と出会う。サニーはブータンで初めてとなる清掃会社を立ち上げた。それまで清掃業務にあったネガティブなイメージの払拭に取り組むとともに、やる気がある人は採用するという方針で雇用も創出したサニーの活動は画期的なものであった。しかし借金がかさみ、このプロジェクトは今年7月に終了した。社会が変革していく中、サニーはプロジェクトについて「時代が早すぎた」と語ったという。これまでは村落共同体のようなコミュニティの中でおおらかに暮らしてきたブータン人だが、時代の変わり目にあっては、契約による社会、競争による社会に生きる身としてある程度のストレスも必要だとサニーは考えている。ブータンではこうした社会の変化に対応できず両者の矛盾に悩み、パニック症状に陥る若者も少なくないという。

西平氏はその後の調査で他にも社会の変化に気づいた。尼僧の増加である。ブータンではここ10年で僧になる女性が急増しているという。エリート教育を受けている男性とは異なり、競争のない社会で生きてきた女性は、「自分を変えたかった」と僧を目指すようだ。一方で変化しない部分もある。それは文化だ。特にブータンには輪廻の観念が息づいているという。ある若者は「自分の前世は象である」「私は前世の行いが良かったからブータンに生まれた」と話したといい、西平氏は日本ではおよそ考えられない死生観が伝統として続いていると述べた。

後半には質疑応答が行われた。ブータンには今の日本に通ずる問題があるかとの質問に西平氏は、その検討材料としてマザーテレサのエピソードを挙げた。テレサはブータンを視察した際、「孤児がいない」として活動拠点にしなかったという。西平氏は、ブータン人には困っている人がいれば助けたいという意識が根付いているのだと話した。またこのように自然なセーフティネットが機能しているのは、輪廻的観点から考えれば国民は皆家族と言えるからだとも語った。(国)