文化

〈京都大学新聞 90周年記念〉90キロメートル走に挑戦!

2015.04.01

京都大学新聞は2015年4月をもって創刊90周年を迎える。これを記念して「90キロメートル走」に挑戦した。移動手段は自らの脚のみ。電車や車はもちろんのこと、自転車も使わず、ひたすら走る。ルートは京都市から奈良市を経由し、大阪市へ。最後に大阪市から、記者の実家の位置する兵庫県川西市に向かう。長距離走歴9年の記者が自らの限界に挑んだ。(実施日…2015年3月6日)(千)

①いざ出発 京都市~奈良市

午前7時37分、最寄り駅の京阪「神宮丸太町」を出発。ここから鴨川左岸を南に下る。初めは走りやすい道が続き、ペースを一定に保つのにあまり苦労しない。七条で河川敷の歩行路から離れて脇道に入った。向かいからこちら側への自動車一方通行となっているため、進行方向を逆にとって走行する身としては不便とともに危険を感じる。最善とはいえないルートであった。それでも良い点も見受けられた。京阪線路沿いの一本道で、東福寺や伏見稲荷神社の入り口が見えるので、通り過ぎるだけだが、名所めぐりをしている気分になった。

一本道は「墨染」のあたりで終わり、国道に入る。以前より頻繁に信号に待たされるようになった。赤の時は焦らずに従い、水を飲んだりストレッチをして休憩に費やす。しばらく進み、大きな河川としては今日初めての宇治川を渡る。すぐ右に折れて、近鉄線路沿いを並走することになった。静かな住宅街を走り、「向島」を過ぎて京滋バイパス沿いに下道を通る。車の通りが少ない快適なランニング区間は終わって、府道69号線に合流し、南下する。幹線道路だけあって交通量が多く、不快感がたまっていく。さらに、狭いうえ段差もある歩道を走らざるをえないので、脚への負担が心配だ。

城陽市役所あたりで20㌔㍍を終えて、しばしの休憩に入った。本格的に休むと身体がだれてしまうので10分以内に休憩を済ませる。ストレッチをしながらチョコレートを摂り入れてエネルギーを補給する。ここまで1㌔㍍当たり6分弱でやってきた。90㌔走るとしてはかなり速いペースである。抑えながら走ることを肝に命じて再出発する。

しばらく進み国道24号線に合流した。その後、大きな橋が見えてくる。木津川にかかる山城大橋である。国道は、ここから先しばらくは木津川沿いを通るが、歩道はない。そのため、バイパスすることになる。広々とした青空を天上に仰げる道や細い住宅街などを通り抜け、再び国道に戻った。すぐに、大きな河川としては本日2番目の木津川を渡る。川幅は広い。渡り終えて国道をひた走る。道路看板表示の奈良までの残距離が徐々に減っていくのがわかり、元気が出る。そして、ついに奈良県に入った。入り口に平城京をデザインした路標を並べ立てた様子からは、まるで異国に入り込んだようであった。その後、脇道をとり、自衛隊基地を通って奈良市役所に到着する。ここまでで約40㌔㍍を走破。12時前に到着した。足裏の若干の張りと痛みを感じるものの、それほど大きな痛みや不調はない。しかし、実は40㌔㍍以上走ったことは数えるほどしかない。「ここからいよいよ勝負を迎えるのだな」と独り緊張感を新たにした。

②地獄の山越え 奈良市~大阪市

大阪方面に向けて、奈良市街から延びる国道308号線に進路をとった。国道なのだが車の通りはさほどないうえ車一台分強しか幅員がない。一部は自転車道にも指定されており、走行者にとっても走りやすく感じられる。しかし、中心部を離れるにつれて、単なる坂道ではなく本格的な山道となった。高低差があってペースが落ちるうえ苦しい。5㌔ほどその調子で続く。ようやく峠を越えて一息ついてから下まで降りる。この山はゆっくりながら走りきることができた。「無事に山は越えた。後は大阪まで平地だろうか」。若干の達成感にひたり、安堵感に包まれたのは束の間。川まで降りて行き、行く手に山が聳え立っているのを見たとき嫌な予感がした。先ほどの山越えはまだ序章に過ぎなかったのだ。

続く山も国道308号線上に屹立する。ここまで50㌔㍍以上走ってきた身としては、正直普通に走るのさえしんどい。また、山となれば自然とペースは落ちるし、落とさざるを得ない。それでも走ってのぼり、峠の踊り場のような地点まで来た。しかし、そこからは、先へ先へと進んでも現れる急傾斜の坂道に、身体的にも精神的にも限界を感じた。やむなく歩き始める。かなり疲労が蓄積されていることがわかるが、そういった苦境にまだ不満を表明できる自分がいることに、まだ元気があるのだなと感じる。怒りや不満は精神がまだ受動的になっていないことを表している。そうやって自分を客観視して何とか状況を切り抜けようとする。また、この苦境に直面して、もう一つ心がけたのは、大阪までのことしか考えないことであった。それ以上のことなど今は思い描けない。一つ一つ潰していった結果、全体を完成させられればよい。一度に描こうとすれば前途の広大さに呆然と立ち尽くすことになりかねない。

時間はかかったが、何とか峠の頂上にたどり着いた。なんと、ここは奈良県と大阪府の境だ。山が県境になっているのはもっともなことであろうが、上りきった身としては非常に感慨深い。峠越えを祝っておにぎりをほおぶり、急な下りに入る。ようやく再び走り始めることができた。降りる途中で眼下に大阪都心が現われる。近いような遠いような距離だ。目的地が見えてきたことで高揚する。「今度こそ平地に戻れるはず」と確信して元気に下っていった。

下りきって平地を走り始める。二つの山越えを経て脚にはかなりの負担がかかっていた。少しペースを上げようとすると、ふくらはぎあたりが敏感に反応し、痙攣を起こす。「ああ、きたな」と疲労の蓄積による脚のつりを正直に認める。ここからはいかに脚をだまして走りきるか、という我慢合戦が始まることを悟った。大阪市内に向けて走っているので徐々に交通量は増加し、信号待ちも増える。足裏が焼けるように痛く、ひざの痛みも顕在化し始める。さらに、ふくらはぎや太ももの筋肉も張っていて前に進むのがつらい。「早く到着したい、休みたい」。そういった身体の欲求を脳が敏感に感じ取っているからであろうか。同じような光景が延々と続き、いつまで経っても終わりが見えない。1㌔㍍が今までの何倍も長く感じるようになった。そして、大阪市内に入り、その欲求が抑えられなくなったのかもしれない。徐々に緊張感が保てなくなり、平地であるにもかかわらず、1、2㌔㍍毎に立ち止まるようになった。それでもゴールを目指して前に進む。しかし、体力の限界は精神にも影響を及ぼす。大阪の幾重にも並ぶ道路と橋を走る中で方向感覚を失った。気づいたときはゴールの中之島から西に2キロほど離れた地点を西へと進んでいた。慌てて引き返し、ゴールの大阪市役所に到着する。ここまでで約70㌔㍍を走りきった。着いたのは17時ちょうどで、奈良を出発してから実に4時間30分が経過していた。

③最後の苦闘 大阪市~兵庫県川西市

大阪市役所でのしばしの休憩の間、ここからの予定を案じていた。残り20キロメートルを走るか、走らないか。もちろん当為(~すべき)の問題ではない。それなら初めから結論は出ている。走るべきに違いない。しかし、身体も精神もそれを受け入れたくはないようだ。ここで問題なのは、その結論にどのように納得するかというものに他ならない。私は自らと他者がよりよい気持ちを得られるように、最後まで走りきることを選択した。再出発の時刻にはすでに日は落ちて暗闇に閉ざされ始めていた。最後の力を振り絞り、梅田の人混みをかきわけて実家のある兵庫県川西市を目指した。

阪急電鉄「梅田」、「中津」を通り過ぎて、淀川を渡るのはすぐであった。しかし、「十三」から神崎川を越えるには長い時間がかかった。いつまで経っても現われない橋に、今回は怒りや不満は生じなかった。ただ「早く渡りたい、帰りたい」という欲求が胸中にあるだけで、あの山越えの時の気持ちとは違って受動的なものになっていた。こちらが進んでいくのではなく、向こうがこちらへやってくるのを待っているのような感覚である(もちろんやってくるはずはないのだが)。あるいは走っている自分とそれを隣で見ている自分に分かれて、後者の自分が前者の自分に丸投げしているような受動的な気持ちであった。ようやく橋を渡って兵庫県に入っても、正直ほとんど感慨はなく、目的地を目指すだけの機械のような感覚であった。

受動的な気持ちで走ること、言い換えれば無心で終わりを待つのは気持ちの上下が少ない分楽だが、何か寂しいものがある。「このままではいけない」。そこからの脱却をはかり、意識してあと何㌔㍍か考えるように努めた。「あと10㌔か?それとももう少しだろうか?」。現実を認め、ひたすらに歩を進めることになった。初めの10㌔㍍を走るのより何倍もしんどく感じる。一生懸命走っても、端から見ていて歩いているのと変わらないペースだろう。それでも積極的に耐えられるように心がけてゴールを目指す。走って立ち止まる、その繰り返しで走りきった。「川西能勢口」着。20時24分。90㌔㍍完走。合計12時間47分で戦いを制した。

④走り終えて 達成感の先に来るもの

ゴールへ着いても大きな達成感は訪れなかった。「ようやく終わった。よくここまでもちこたえてくれた。これでもう走る必要はない」という身体への安心感がひときわ大きかった。そしてその次にやってきたのは、「自らや他者へよい気持ちを与えられた」という安心感であった。失敗に終わったとしたら、自分としては後悔が胸中を占めて自らの無力さに打ちひしがれるに違いない。他者にしてもそのために気を遣う必要が出てくるはずで、私はそれを避けたかったのだ。

さて、京都大学新聞が100周年を迎える頃には、100㌔㍍走に挑戦する編集員が出てくるのだろうか。体力と精神力と少しの知恵があれば実現できる企画だ。山越えがなければ100㌔㍍も走りきれそうだな、と疲れた身体をひきづりつつ近い将来に思いを馳せた。

◆90キロメートル走の心得

90㌔㍍を走るにあたって注意しておきたいことを簡単にいくつかまとめてみた。参考にして頂ければ幸いである。

*水分、エネルギー補給

長い戦いになる。こまめに補給する必要がある。具体的には、水分は少なくとも30分に一回は2、3口含むようにしたい。エネルギー補給は、チョコレートやクッキーなど手軽に摂取できて吸収が速いものを、少なくとも1時間毎に取り入れたい。1㌔㍍あたり60㌍ほど消費する。もちろんその分を全て補給できないし、かつその必要はないが、意識して確保したい。

*休憩

5㌔㍍から20㌔㍍に一度は止まって10分ほど休憩をとりたい。ストレッチやエネルギー補給を集中的に行える。他にも信号待ちの際に簡単な体操をして疲れを取りたい。

*肩のリラックス

忘れやすいのは肩回りだ。非常によく凝るので、意識して肩の力を抜きたい。

*道に迷った時

慌てず元の道に戻ろう。下手に近道を探さずに進路をとりたい。無駄に移動することになるので身体的にしんどいが精神的にも辛いものがある。くじけず頑張ろう。