インタビュー

山崎紀子(シネ・ヌーヴォ支配人) 「映画館で観るという体験」

2014.11.16

浅草名画座、浅草中映、浅草新劇場、三軒茶屋中央劇場、三軒茶屋シネマ、銀座シネパトス、新橋文化劇場、吉祥寺バウスシアター、オーディトリウム渋谷、シアターN渋谷……一体何のリストかおわかりだろうか? そう、これらは全て最近3年間で閉館した東京の名画座(※1)・ミニシアター(※2)である。関西でも梅田ガーデンシネマ、千里セルシーシアター、新京極シネラリーベが相次いで閉館、封切館としても東京・新宿ミラノ1(※3)の年内での閉館が決まるなど、大手シネコン(※4)以外の映画館を取り巻く環境は近年ますます厳しさを増している。しかし、テレビや大手の新聞がこれらの名画座・ミニシアターを取り上げることは少なく、特に我々若い世代が映画館について知る機会はあまり多くないのが実情である。
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やまさき・のりこ
1977年、大阪生まれ。 大阪美術専門学校にて3年間、油彩画を学ぶ。在学中に今はなき梅田花月の夜だけ映画館「シネマワイズ」にてアルバイト。2001年、シネ・ヌーヴォに入社。2008年、支配人に就任。数々の特集上映企画に携わる。現在撮影中の釜ヶ崎を舞台にした16mm劇映画『月夜釜合戦』(佐藤零郎監督)の宣伝を担当。弟は映画監督の山崎樹一郎(『ひかりのおと』、『新しき民』(2015年春シネ・ヌーヴォにて公開予定)。


そこで、本記事では独立映画(※5)や旧作映画の名作を中心にした魅力的なラインナップを誇る大阪・九条のミニシアター「シネ・ヌーヴォ」の支配人、山崎紀子さんにお話をうかがった。

なお、シネ・ヌーヴォでは10月25日~12月19日までの間、映画監督、黒澤明の全監督作品30本を一挙上映する「黒澤明映画祭」が開催されている。(編集部)

※1 名画座 旧作映画を中心に上映する映画館。

※2 ミニシアター 大手配給会社を通さない映画(独立映画)の新作を中心に上映する映画館。

※3 新宿ミラノ1 東京都新宿区歌舞伎町一丁目にある新宿TOKYU MILANOビル1階の客席数1064の大型映画館。全席自由なうえに大変大きなペアシートがあるため、館内に人が少ない時はペアシートに寝転がって映画を鑑賞することができる。封切館としては全国最高級の鑑賞環境。男子用便所の洗面所が合わせ鏡なのも個性的で面白い。「新世紀エヴァンゲリオン劇場版Air/まごころを君に」(1997年公開)の劇中で流れる、客席を映す実写映像はミラノ1(公開時の名称は「新宿ミラノ座」)で撮影されたものである。

※4 シネコン 「シネマコンプレックス」の略。同一の施設に複数(目安として5以上)のスクリーンがある映画館。

※5 独立映画 大手映画配給会社を通さず、製作会社が映画館(ミニシアターなど)に直接交渉して公開された映画。東宝、松竹など、大手の製作会社が運営するシネコンなどでは上映の機会が得られないことが多い。

全国でも珍しい市民出資による映画館

―まずはシネヌーヴォができた経緯を教えてください。

シネヌーヴォができる前、当館代表の景山(※6)は小川紳介さん(※7)のドキュメンタリー映画にすごく影響を受けて、メジャーではない映画の情報を新聞という形で広めようという意識で「映画新聞」を発行していました。それが13年続いた頃に、本当に観たい映画を良い環境で、という思いから、映画新聞で呼びかけ、一口10万円という形で市民の皆さんから資金が集まり、1997年にシネ・ヌーヴォは開館しました。
 
―市民の皆さんの出資で出来たというのが、ひとつ特徴的なことでしょうか? 

そうですね。たぶん全国的にも珍しいと思います。

当時はまだみんな映画に飢えてる時代ではありました。もっと観たいという欲求があったのと、やっぱり自分たちが観たい映画を、良い環境で観たいっていうところが出発点だと思います。
 
―90年代には、十三にある第七藝術劇場(※8)も現在の形で開館しました。

ヌーヴォが出来た頃は、他にもテアトル梅田(※9)とかガーデンシネマ(※10)とか、ミニシアターブームで、ばんばんと出来ていた時です。ヌーヴォもそういったブームの追い風は受けたと思います。

―山崎さんは2008年に支配人になられたということですが、最初はバイトから? 

そうです。2001年にアルバイトで入って、2008年に前任の支配人が結婚退職されて、繰り上がった感じで支配人になりました。

※6 景山理 1955年、島根県生まれ。74年より、自主上映グループ「シネマ・ダール」を主宰し、大阪・京都でさまざまな映画を上映。76年より全国自主上映組織体 「シネマテーク・ジャポネーズ」の発足にあたって大阪代表として参加。84年に月刊・映画専門紙「映画新聞」を創刊(毎月1日発行)。映画新聞は、91年度日本映画ペンクラブ奨励賞、大阪府文化助成などを受け、99年11月の休刊まで156号を発行。97年1月、市民からの出資金を得て「シネ・ヌーヴォ」 を設立、ロードショーを開始。99年10月には、宝塚市売布神社駅前「ピピアめふ」内の日本初の公設民営映画館「シネ・ピピア」の支配人に就任。現在、シ ネ・ピピア支配人とシネ・ヌーヴォ代表。

※7 小川紳介 1935年生まれのドキュメンタリー監督。三里塚の農民と生活を共にしながら成田空港の建設に反対する農民運動(三里塚闘争)を記録した『三里塚』シリーズなどが代表作。1992年没。

※8 第七藝術劇場 大阪・十三にあるミニシアター。前身である「十三劇場」、「十三朝日座」(1946年)から続く長い歴史を持つ。

※9 テアトル梅田 大阪・梅田にあるミニシアター。同系列の映画館に「テアトル新宿」などがある。

※10 梅田ガーデンシネマ かつて大阪の梅田スカイビルタワーイースト4階に存在したミニシアター(今年2月に閉館)。同3階にあるミニシアター、シネ・リーブル梅田は今も営業を続けている。

数が多くなければ「特集上映」ではない

―山崎さんがこれまで長く勤めてこられた中で、特に記憶に残っているシネヌーヴォの特集や上映はありますか?

やっぱり10年前の小津安二郎の生誕100周年特集でしょうか。その時に小津安二郎の作品をすごく沢山観たんです。同じ監督の作品を一気に見ることで結構いろいろと見えてくるものがあるなと気付きました。

―小津は私も池袋の新文芸坐で25本くらい一気に観ました。特に『晩春』以降は同じテーマで何本もあるから、「あっ、また杉村春子(※11)だ。またお煎餅持って来た」みたいになりますよね。

そうそう、もうデジャブみたいになって。私もあの時は1日に4本か5本は観てて、映画が全部混ざったりとかしたこともありました(笑)。

シネヌーヴォは特集上映を数多くやるんですけれど、私の信条として「数が多くないと特集って言わないぞ」っていうのがありまして、特集をやるのなら作品数を多く、というのは意識しています。

現状、本当に予算とか色々と限られてはいますけれども、その中でも、やっぱりこの監督の特集でこれやるんだったらこれもっていう「数で勝負」的なところはあって、そういう見せ方に関しては、10年前の小津安二郎特集の影響が結構濃く残っていると思います。

―上映とか特集を離れて、山崎さん個人として一番好きな監督や作品は?

マイベストは毎日ころころ変わります(笑)。

ただ、聞かれて最初に挙げるのはやっぱりアンドレイ・タルコフスキー。桁違いの衝撃を受けました。日本の監督で言うと小津さんでしょうか。木下恵介も本当に大好きです。木下恵介監督全作品上映を2012年に開催したんですけど、本当にいろんなジャンル、手法で、よく一人の男がこれだけ撮れるなっていう面白さがありましたね。あとは今年の夏に特集上映をやった増村保造監督。これまで円熟期の作品はいくつか見ていたんですけれども、今年の夏に増村特集をやった関係で初期のものを観たら、もう本当に面白いなと思って、スピード感とかがもう……。

※11 杉村春子 1906年生まれの女優。黒澤明、木下恵介、成瀬巳喜男など数多くの名監督の作品に出演。小津映画の常連でもあった。

大阪ならではの工夫と楽しさ

―木下、溝口、小津などはそれぞれシネヌーヴォで特集が組まれましたが、そもそも上映のラインナップは誰がどのように決めているのですか?

だいたいは私と景山で決めます。特集をやるときは、やっぱり冠から考えるんですね。生誕100年とか、生誕90年とか。どうしてもこの監督の特集を今やりたいと思ったら、今回の「七人の侍から60年」のように少し無理に作ることもあります(笑)。基本として生誕100年は押さえたいというのはありますね。あとは追悼特集、追悼上映の類もわりとやります。亡くなられた方について、観直したいっていうお客さんからのリクエストがあればそれも取り入れますし。他には、美術の方とか撮影監督とか、スタッフに焦点を当てた特集もやっています。この間やった脚本家の小國英雄さんの特集なんかも観客動員的には本当に惨敗だったんですけれども、監督や役者さん以外の立場で映画を支えている人たちにスポットを当てた上映ラインナップというのはひとつ、シネ・ヌーヴォとして力を入れていきたいところではありますね。お客さん入らないですけど(笑)。

―有名な監督さんの特集とそれ以外を比べると、お客さんの数もそんなに違うものですか?

全然違いますね。ただ有名すぎてもどうかなとは思います。小津さんも去年の生誕110年に特集上映を行ったんですけれど、生誕100年の特集上映をやった時に比べたら動員がズンと下がってしまったので。

―あまりに有名すぎる監督の特集だと「既に一度観たことがあるから入らない」ということが起こり得る、と。

その半面、増村保造とか、清水宏とか、小津、溝口に比べて知名度が低い監督だと初めて観る人も多いし、それこそ小津安二郎の特集よりも入った印象でした。

―増村保造や清水宏が小津以上に客を呼べるとは意外です。特集上映というものの難しさがわかるエピソードですね。

例えば東京の名画座って、すごく変わった特集をやるじゃないですか。そこまで有名ではない女優さんをフューチャーしたり、最近だと「映画監督もした俳優さん特集」とか。そういうのはすごく面白くて良いなあと思うんですけれど、大阪で同じようにやったとしても、全体の映画人口が違うこともあり、あまり入らない。

大阪で旧作の特集上映をする時には、ある程度メジャーなものと、それに合わせて「これ観るんやったらこっちも観たら面白いよ」みたいな作品をちょっと混ぜ合わせた企画にするとか……そういうことをちゃんと考えておかないといけませんね。東京のあの企画いいね、じゃあうちでもやってみようかというのは、できない。

―東京よりやや人口や経済規模が落ちる大阪ならではの工夫というか、苦労ということですね。

ただ、大阪は地域モノの反応が良いので、そこは面白いなと感じます。少し前に「浪速の映画大特集」っていうのをやって、それから大阪出身の俳優・作家ということもあって、森繁久彌と織田作之助の生誕100年特集を立て続けにやったんですけど、お客さんには楽しんで頂けたと思っています。

―関西でいうと、京都文化博物館(※12)からはフィルムを借りられませんか?

京都文化博物館のプリントも貸し出しをお願いしたことはあるんですけど、あそこはフィルムセンターとは違って京都の施設以外には出せないそうです。

※12 京都文化博物館 京都市中京区にある博物館。本館3階のフィルムシアターでは1本400円で名画上映を鑑賞できる(4000円を払ってB会員になると1年間無料で鑑賞可能)。また、同館にあるフィルム収蔵庫には約800作品のフィルムが保管されている。

特化した路線で成功している映画館に憧れる

―ちょっと聞きづらいことではあるんですけど、シネヌ―ヴォさんも全体的な経営として、そこまで余裕があるわけではないですか?

全然ないですね、本当に。結構大変なカツカツの所ではやってますね。

―その中で、ついにはどうしても立ちいかなくなって潰れてしまう名画座も、ここ数年激増していますが、他の名画座がつぶれたという一報を知る時の心境はどんなものですか?

映画館が潰れるのを本当に沢山見てきてしまっているので、うーん……。今は正直「またか」っていうぐらいしか思わなくなっていて……それもどうかとは思うんですけど……。映画館側の人間として思うのは、苦労は分かるから、同じような苦労をして、ここまで頑張ったっていうぐらいですかね。個人的には、あそこの映画館で見たこの映画、ああ思い出の場所がなくなるなとちょっと感傷的になるぐらいで。梅田ガーデンシネマとかは今年3月に閉館しましたが、あそこは大阪の中でも成功している映画館で、ミニシアター周りでは憧れの映画館だったんですね。ラインナップも一貫していて素晴らしいし、私たちが難しいターゲットとしている若い女性のお客さんがドンドン通う、それに(観客動員の)成績も良い。それなのに経営母体のユナイテッドシネマ(※13)にとってミニシアター系の劇場自体が負担となり、利益を上げているのに閉館を余儀なくされた、という話を聞くと、うちとか七藝(第七藝術劇場)みたいな本当の意味での単館映画館の方が粘れたり、踏ん張れるかもしれない、っていうのは思ったりしましたね。

―山崎さんの好きな名画座とか、理想としている名画座っていうのがあるとしたら、その一つはやはり梅田ガーデンシネマになりますか?

そうですね、憧れでしたね。あと七藝さんも、うちよくライバル視されますけども、うちが名画っていうところに柱を持ってきたように、七藝さんはインディペンデント映画っていうところに柱を持ってきて、やっぱり独自の路線でされているのですごく憧れますね。

―たしかに第七藝術劇場さんはバリバリ名画というよりはインディペンデント系ですね。

七藝さんに限らず、何かに特化してそこで成功してるっていうのは羨ましくもあり、尊敬します。そういう意味ではシネマート心斎橋(※14)さんなんかも「アジア映画ならシネマート」が浸透していて、固定ファンもしっかりついている。東京でいうとシネマヴェーラ渋谷(※15)さんのラインナップとか、ラピュタ阿佐ヶ谷(※16)さん、神保町シアター(※17)さんとかの「これホンマにお客さん来るんかな」っていうくらいのピンポイント的な特集は好きですね。

―東京に帰って地元の友人と喋る時に、新文芸坐、シネマヴェーラ、早稲田松竹(※18)あたりは東京の名画座文化の砦だね、もしこのへんがなくなるようなことがあったら終わりだね、という話はします。その意味でいえば、シネヌーヴォは今や大阪の名画座文化の砦ではないでしょうか? 私だけではなく、関西の映画ファンなら絶対そう考えていると思います。

お客さんが自主的に応援してくれるのは最近よく感じますね。お客さんが黒澤チラシを配ってきてくれたり、兄が店をやってるからポスター貼ってもらうよとか。

※13 ユナイテッドシネマ ガーデンシネマ系列を運営していた映画興行会社。

※14 シネマート心斎橋 大阪・心斎橋にある映画館。同系列の映画館に「シネマート新宿」、「シネマート六本木」がある。

※15 シネマヴェーラ渋谷 東京・渋谷の円山町映画会館4階にある名画座。1400円(学生800円)で二本の作品を観ることができる「二本立て」の編成を基本にしている。階下の3階にはミニシアター「ユーロスペース」が入っている。

※16 ラピュタ阿佐ヶ谷 東京・阿佐ヶ谷にある名画座。住宅地の中にそびえ、外観は極めて特徴的。今年はVシネマの特集上映を行うなど、ラインナップもエッジがきいている。

※17 神保町シアター 東京・神保町にある名画座。古書店街のど真ん中にある。ラピュタ同様、外観は極めて特徴的。

※18 早稲田松竹 東京・高田馬場にある名画座。1300円(学生は1100円)で二本の作品を観ることができる「二本立て」の編成を基本にしているが、受付に申し出ることで当日いっぱい有効の「外出証」をもらうことができるのが大きな特徴。朝に1本目を観て外出し、夕方や夜に2本目を観るなど、時間的な都合がつきやすいのが嬉しい。

「映画館の空気」って絶対あると思います

―ただ、シネヌーヴォの存在は、若い世代にまだ浸透し切っていないイメージがあります。

大学の同級生に「シネヌーヴォって知ってる?」って聞いても知っている人はほとんどいません。京都からは少し遠いというのもあると思いますが、それでも映画系のサークルに行ってやっと一人いるかいないかというくらいの感じです。

今の大学生、映画は見ているのかな?

―映画自体を観ている人はいますが、DVDで観るスタイルがすごく強いように思います。彼らに名画座で見ることの意義を伝えるとしたらどういう言い方をすればいいのでしょうか?

そうですね……。それはすごく難しい。映画館とかスクリーンで映画を観るのはどうして良いのっていうことですよね?

―そうです。

家でDVDとか観るのも良いし、それこそ今は携帯でも観られるし、それでもどんな形であれ映画を観てくれたら私は良いと思うのですが、ちょっと外に出て映画館まで電車乗ったり、歩いたりとか自転車で来てチケット買って待つっていう、映画を観る準備の所もきっと楽しいと思う。ヌーヴォでも良いし、ほかの映画館でも良いけど、映画館の空気って絶対あるし、シネコンでも絶対あると思うし。全然知らない人とこの時間にこの場所で一緒に映画を観るっていう……それはちょっとした体験なんじゃないかな。

―暗い小屋にみんなで集まって映画を観るという体験。単純に面白いっていうのはありますね。

映画館にはスクリーンがあって、色んな観客もチラチラ見えるじゃないですか、前の席の人とか。笑う人もいて、動く人とかもいて、そういうのも映画の一部なんじゃないかっていう気がします。満杯で観たら、それこそみんなの反応がどっと波になるのがわかるし、2、3人で見る映画も淋しいけども、それはそれで思い出になるし。映画館で映画を観るっていうのはお金もかかるし贅沢なことかもしれないけど、それでもパッと映画館で観た映画が、一生心に残ることも絶対あると思います。

念願だった黒澤明特集

―今回の黒澤明映画祭が実施に至るまでの経緯を教えてください。

黒澤は絶対うちではやれへんやろうなというのがあったので、黒澤特集ができたこと自体本当にびっくりしています。2008年に、いっぺん2010年の黒澤生誕100年に向けて、(黒澤明特集を)やりたいっていう話になって東宝さんにお願いしたんですけれど、二年後に自社で生誕100年(の特集)をするから出せないと断られました。黒澤の映画に関しては、ところどころでやりたいって東宝さんにお願いしてはダメと言われ続けてきました。山田五十鈴の追悼で『蜘蛛巣城』を上映したいなと思った時も断られて。

―厳しいですね。

今年小國英雄さんの特集上映をやった時も、さすがに小國特集をするにあたって黒澤作品は外せなかったのでもう一回お願いしたんですがやっぱりダメでした。でもその時に東宝さん側が、「まあ……黒澤で特集やるんだったら、出しますけどね」みたいなことをポツリとおっしゃったんです。で、景山さんと二人で「え? 出すっていった?じゃあもうやらないわけにはいかへんな」となりました(笑)。ただ、黒澤のフィルムはすごく高いです。ネット上では「社運をかけた」っていう宣言もしましたけれど、本当に沢山お客さんが入らないと映画料が払えません。

そもそも景山さん世代にとってみれば、小川紳介さんとか土本典昭(※19)さんの作品のように、映画を通して体制に向かっていくような映画をずっと応援して来て、海外の映画でもやっぱり社会に対して一石を投じる作品を率先して応援してきた中で、ある意味黒澤という映画業界の権威でもある立場の監督を、さてヌーヴォでやるのか?みたいな問いはあったはずなんですね。それでもヌーヴォが今までこれだけ長く特集上映をやってきて、ついに「黒澤かあ」という思いはたぶん景山さんも強いし、私も強いです。なので、本当に気合が入っている特集です。

―今回の黒澤明映画祭はシネヌーヴォにとっても待望の企画ということですね。

はい。待望の、念願の、っていう感じですね。今までやれなかったことがやっとやれるという気持ちです。普段ヌーヴォ周りにいる本当にコアな映画ファンの人たちよりもちょっと外側の層を取り込めるチャンスであるとも思っています。例えば「増村は知らないけど黒澤は知っている」という人たちや、年に10本くらい映画を観るくらいの人たちが足を運んでくれることを期待しています。

―黒澤映画には芸術的な要素の他に、単純に何も考えずに楽しめるという側面もありますね。

「とにかく面白いから観て」って言える作品ってそんなにないんですけど、黒澤作品はそうであると思っています。増村の『卍』(※20)を面白いって万人に勧めるわけにもいかないし。面白いんですけど(笑)。黒澤映画はとにかく面白いから、これを観て「映画って面白いやん」と思う人も絶対いると思うんです。最近の日本映画はなぁ……っていう元映画ファンの人がもう一回観て、「やっぱり映画って良いよね」と思ってくれてもいいし。黒澤映画にはたくさんの可能性があると思っています。

―今回の黒澤明映画祭の作品で、山崎さんのオススメはどれでしょう?

それぞれが違った面白さを持ち、どれも面白いと思うけど、男性的とよく言われる黒澤映画の中で、あえて『蜘蛛巣城』の山田五十鈴さんとか、女優さんを見るのも面白いと思います。あとは三船敏郎の円熟期の作品として『隠し砦の三悪人』、『用心棒』、『椿三十郎』あたりですね。三船敏郎さん最高です。

映画の食指を伸ばしてほしい

―シネヌーヴォは今や全国的に見ても有数の名画座だと私は思っています。答えづらい質問かもしれないですが、シネヌーヴォはどんな映画館であるべきだと思いますか?

映画がかかって、お客さん同士が感想を言い合ったり、スタッフも映画について喋ってたりとか、普通なことですが、そういうのが続けばいいなと思っています。うちでしかやらない特集とかちょっと大がかりな企画とかも続けていきたいです。

―確かに一つの特集上映で何十本もかけるような名画座は、関西ではシネヌーヴォだけですね。

あと劇場としては、例えば黒澤観た人が、またうちでやる新作を観に来てくれたりすると嬉しいですね。お客さんがヌーヴォの中で映画の食指を伸ばしてくれて、様々なジャンルに興味を持って、今まで観なかった映画を観る、となってくれたら本当に嬉しいです。

―来た人が「もっと沢山映画を観たい」と思えるような映画館、ということですね。

シネヌーヴォはちょっと独特な雰囲気で、結構怖いとか言われたりするんで(笑)。たしかに見かけはいかついかもしれないですが、入って貰ったら面白い映画は絶対あると思いますよ。

今は何とかこの空間を存続させていきたいと思っています。続けたいですね、やっぱり。お客さんから必要とされなくなって終わってしまう、それは仕方ないことだと思いますが、そうならないよう頑張ります。

―今日はありがとうございました。

※19 土本典昭 1928年生まれのドキュメンタリー映画作家。水俣市の住人と生活を共にしながら撮影した水俣病問題の映画「水俣―患者さんとその世界」などが代表作。2008年没。

※20 『卍』 1964年の増村保造の映画。主演は若尾文子と岸田今日子。同性愛関係にはまりこんでいく女性二人の欲望と情念を描く。
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座席数は69席。2階にある「シネ・ヌーヴォX」は24席。
半地下の独特な雰囲気だが、従業員さんの対応は非常に丁寧で、ロビーも客席も清潔な雰囲気。来年2月には増村保造特集の第2弾も予定されている(写真はいずれもシネ・ヌーヴォ提供)