複眼時評

立木康介 人文科学研究所准教授 「活人画の子」

2014.07.01

五月の末、哲学者であり映画批評家でもある廣瀬純氏とともに、アンスティチュ・フランセ東京のイベントに招かれた。ピエール・ズッカ監督の映画『ロベルト』(一九七八)を上映し、それについて対談するという企画だった。

いささか古い作品だが、原作はピエール・クロソウスキーの『ナント勅令の破棄』である。クロソウスキーの弟バルテュスの展覧会が四月から東京都美術館で開かれていたことを考えれば、上映のタイミングは悪くなかった。ロベルトという特権的な「記号」を軸に書かれたクロソウスキーの奇抜な作品は、『ロベルトは今夜』(一九五三)、『ナント勅令の破棄』(一九五九)、『プロンプター』(一九六一)と続き、これらが一九六三年に一冊にまとめられて『歓待の掟』となった。

私たちのトークでは、廣瀬氏のイニシアティヴにより、「活人画」に焦点が合わされた(しかしここでは、主体のアイデンティティではなく特異性を表象する革命的装置として活人画を捉え直す廣瀬氏の秀逸な着想には触れない)。何らかの役に扮した人々がそれぞれにポーズを決め、全体としてひとつの絵画的表象を現出させるこの一七世紀以来のパフォーマンスは、クロソウスキーのオブセッションのひとつだ。同時に、映画界でのキャリアをスチールカメラマンとしてスタートしたズッカは、撮影中のシーンをそのまま静止画に収めるのではなく、同じシーンを俳優たちに活人画的に再現させる独自の手法を編み出したことで知られる。そのズッカが、実際に活人画が作中に登場するクロソウスキーの小説の映画化を手がけたのは、だから、けっして偶然ではなかった。

とはいえ、主人公オクターヴ役をクロソウスキー本人が怪演したこの映画では、観客の関心はいきおいクロソウスキーに向けられる。原作は、ごく大雑把にいえば、自宅を訪れる客人に妻の肉体を差し出して憚らないデモーニッシュな夫と、その夫に激しく抗いながらも、見知らぬ男に身を任せる悦びを自らに禁じることができない妻のあいだの、死に至る闘争の物語だ。そのなかでオクターヴ=クロソウスキーの主体的ポジションを際立たせるのは、ロベルトをめぐる彼(ら)のあらゆる思考のモチーフとなる一連の「ヴィジョン」への忠実さだ。ロベルト役を演じたクロソウスキーの妻ドゥニーズ・モランには、残念ながら、原作のファンならおそらく誰もがロベルトに期待してしまう肉体の美しさやエレガンスは微塵も備わっていなかった。だが、読者がロベルトをいかに優美に、いかに官能的に想像しようと、クロソウスキーにとってはこの女性こそが、つまりドゥニーズ・モランその人こそがロベルトである、という厳然たる事実を忘れてはならない。作中のオクターヴがフレデリック・トネールなる(架空の)画家の絵(いみじくもズッカはこれを活人画風の作品として映画に登場させている)にインスピレーションを受け、そこに描かれた女性の内的葛藤(道徳性と官能性の鬩ぎ合い)と同じ葛藤を妻ロベルトの内面に再現することを執拗に求めるように、作家クロソウスキーは現実の女性であるドゥニーズに触発されたエロティックな「ヴィジョン」から出発し、まさにそれらのヴィジョンの実現=実演が織り込まれた物語を作り上げる。自分に襲いかかる男たちを拒絶しつつ受け入れるロベルトがそのつどひとつのポーズをとったまま動けなくなるがゆえに、すぐれて活人画的な場面として作中に描かれるこれらのヴィジョンが、クロソウスキーの脳裏に閃いた瞬間にすでに活人画的な様相を呈していたことは想像に難くない。それはクロソウスキーが、ズッカによる映像化に先立って、これらの場面を自ら描いた鉛筆画の数々からもうかがえるとおりだ。

精神分析には「原光景」という概念がある。子供が目撃する両親の性交の場面のことだ。原光景は心理的な外傷を引き起こすため、通常その記憶は抑圧され、自らの起源を問う主体の探求のリミットを構成する。一九三〇年代初頭、フランス最初の精神分析家のひとりルネ・ラフォルグの秘書となり、当時の精神分析の主要文献を読破したクロソウスキーは、しかし、自らの幼児期体験や家族の系譜といったものをいっさい作中に描かなかった。クロソウスキーの小説や絵画のなかで、そうした要素は、彼があからさまな固着を示す一連のヴィジョンによって代理されているように見える。あたかも、これらのヴィジョンこそが彼にとっての原光景=起源であり、彼の小説や絵画はすべて、それどころか、それらの作品とともに生成する作者としての彼自身もまた、その派生物であるかのように。自らが抱いた根源的なヴィジョンの忠実な子供になること。クロソウスキーの創作の秘密は、おそらくそこにある。この特異な主体において、これらのヴィジョンが活人画として芽生えたことを知る私たちは、それゆえこう言ってよいのかもしれない─―クロソウスキーは活人画の子であった、と。

(ついき・こうすけ 人文科学研究所准教授。専攻は精神分析)