文化

農家と料亭の思いをつなぐ

2014.03.16

株式会社キシュウは現在京大生9人で活動している京野菜専門の卸売業者である。近年日本では若者の起業意欲の減退が叫ばれており、さらに若者の農業に対する関心も低下している。そのような中、大学生による農業分野での起業に挑む同社の取り組みに注目してみる。同社は2013年4月に設立され、今年4月に1周年を迎える。設立に至った経緯から現在の取り組み、今後の展望を聞いた。

キシュウは農業やビジネスに興味のある京大生3人ではじまった。現在、社員は院生が2人と学部生が7人で構成されている。院生2人はともに農学研究科に所属、学部生は農学部生3人、工学部生2人、そして法学部生と総合人間学部生が1人ずつ在籍している。農業ビジネスにおいて卸売業で起業したきっかけは、農家の方や飲食店との交流だった。農家は葉物野菜など、良質でも保存しにくい農作物は市場に出しにくい。一方、飲食店側では従来の卸や市場の機能を通じては求める野菜の鮮度や質を十分に確保できていない。そのような問題を解決するためには、市場を介さずに直接野菜を流通させるのが最も良い方法ではないかと感じ、卸売業で起業を決めたという。

従来の卸は、市場に出回る野菜を、そのまま飲食店に届けるだけであった。それに対してキシュウは農家、飲食店の双方と向き合って信頼を築くことを重視している。これによって、キシュウを通じて農家側は飲食店に野菜を提案することが可能となり、飲食店側は需要に合った野菜を手に入れることができるという。

同社のブランド名は「農鞠(のまり)」という。この名称には同社が手がける京野菜に合ったイメージを反映させており、鞠は京野菜がもつ丸いイメージと重ねられている。また、京都の伝統行事である「蹴鞠」から着想を得ており、「蹴鞠」は球を落とさないようにする球技であることから、生産者と飲食店との間に入ってそれぞれの思いを落とさないようにしたいという気持ちが込められているそうだ。

同社では「食に生きる人達の誇りにふさわしいものを最高の形で」の理念を基本に、現在3つの事業に取り組んでいる。事業の中心は「京野菜専門の卸」で、京野菜を中心に約90種類の作物を扱う。「京野菜はキシュウの大きな強みである」と同社で広報を務める向井さんは語り、そこで他社との差別化を図っていく方針だ。また、京都で活動するからには京野菜を扱いたいのだという。現在、京都・滋賀・三重3府県の農家20軒ほどから野菜を買い入れ、和食の普及に力を入れる東京の小中学校や埼玉県の料亭に届けている。首都圏では和食に使われる京野菜に対する需要が大きいのだという。

二つ目の事業として、同社は「野菜の保存技術の研究開発」に取り組んでいる。生産者の収穫した野菜の鮮度を維持し、飲食店の在庫を長持ちさせるのが目的である。現在は農家の方から寄せられる要望にこたえる形で研究を進めている。具体的には、糖度など野菜のおいしさを科学的にデータ化する方法を指導したり、各野菜に適した土壌を整備するために土壌のサンプリング調査を行っている。キシュウは市場には卸しにくい伝統野菜を扱っているため、「今後は京野菜の畑菜など、葉物野菜の鮮度を保つ研究を行っていきたい」と農家の方との交流にあたる元木さんは話した。

三つ目の事業は「イベントの企画・運営」であり、生産者、飲食店、消費者が交流できる場を設けている。今年2月22日には京都市内で「直売祭り」を開催し、京都府をはじめとして関西圏から計8団体が出店し、果物や野菜などの作物、こんにゃくや飴などの加工品を直売した。来場者数は約300名に及んだという。イベントの開催によって自社の卸売りの体制を築くだけでなく、地域活性化にもつなげたいのだという。二つ目と三つ目の事業は「京野菜専門の卸売り」を推進するための事業という位置づけだ。

今年4月に一周年を迎える同社は今後も生産者、飲食店ともに新たな取引先を確保していきたいと意気込んでいる。特に、若手中心の農家や販路を開く上で積極的な篤農家と取引を結びたいそうだ。少数多品目の卸売業であるため、卸先は高価格帯の料亭に限られるという。「2020年に東京オリンピックが開催され、和食や京野菜の需要がぐんと伸びるので、その時までに料亭や大きなホテルに卸せるような体制を整えていきたい」と向井さんは声を熱くする。キシュウは、生産者と直接つながっている強みをいかして今後もイベントを開催していく予定で、自社の取り組みの周知や事業拡大に努めるとしており、今後の発展が期待される。(千)