インタビュー

〈投稿〉菊地暁助教への呼びかけ 民俗学Ⅰで起きたセクハラについて

2013.12.16

先日、本紙に対して大学院生から、投稿をしたいという連絡があった。今年度前期に開講された「民俗学Ⅰ」の講義にて、教員が学生に対し「これからグラビアアイドルの写真を見せるので帰りたい人は帰りなさい」と発言し、その後実際にグラビアアイドルの写真を資料として紹介した。投稿の内容は同講義を実施した教員に対して向けられたものである。(編集部)




今年度前期の全学共通科目「民俗学Ⅰ」が開講中に短文投稿サイトのツイッターで話題となった。講義中に民俗学の考え方や概念を説明する目的で、グラビアアイドルの画像を投稿する掲示板コミュニティなどをとりあげたためだ。民俗学Ⅰは人文研が提供しており、担当は菊地暁助教。菊地氏は、その第十四回目の講義で現代日本における「縁」について、一時間ほど冒頭の掲示板コミュニティを例として解説。その回の四五枚中十二枚のスライドがグラビアアイドルの画像だった。

民俗学は民間の習俗を対象にしているから、ある社会集団の性風俗がどういう様式を持つのかというのは重要な関心領域である。しかし、履修者がその講義を誤った印象で受け止めたり、その講義内容によって精神的に追い詰められたりすることがないよう、十分に配慮され言語化された了承を履修者から得る必要がある。また、そうした了承を得ても、そもそも履修者が精神的な苦痛を訴えると予想される講義は極力避けるべきだ。

この点に関して菊地氏の場合はどうか。筆者は講義に参加していないが、履修者が行ったツイッターへの投稿を読むかぎり、どうもそのような配慮があったどころか、投稿している履修者とともに菊地氏がそのグラビアアイドルの画像を楽しんでいるようにみえる。

そこで、全学共通科目の開講担当である国際高等教育院にこの講義についてセクハラではないのかと尋ねた。すると、すでに講義が終了した八月時点で学生から問い合わせがあり、講義内容に関して菊地氏から説明を受けたそうだ。どうやらセクハラになりうるという認識はあるようだ。八月のその菊地氏の説明で、国際高等教育院は、講義内容とグラビアアイドル画像の掲示板コミュニティとに関連性は認められると判断したそうだ。しかし、画像の必要性については再考しスライド使用を最小限にする、また性的な事例を扱う際にはそれをシラバスに明記するなどの対応を菊地氏へ求めた。これに対して菊地氏は講義内容も含めて再検討すると応じ、国際高等教育院もこれ以上は「学問の自由」に配慮して介入しないと判断したそうだ。

以上のように京都大学としての対応はすでに一段落ついたようだが、筆者としてはいぜん納得できない部分が残るため、それを指摘してみたい。

そのまえにあらためて、菊地氏が第十四回講義でどのような発言をしたのか確認しよう。参照元はこの講義に関するツイッターへの投稿をまとめたサイトである。民俗学的に見れば資料としての信憑性におそらく問題はないはずだ。

講義開始から遅くとも四十分が経過した時点で、菊地氏はいつも講義時間の最後に課すレポートを終え、「これからグラビアアイドルの写真を見せるので帰りたい人は帰りなさい」と指示している。またスライドの紹介中に「ペロペロしたい」「おなごのむれがあらわれた」「ハァハァファンタジー」などというコメントを寄せていたようだ。以上の様子を読むかぎりでは、性的な内容を講義で扱う際の最低限の配慮もなく、教員みずから壇上で単なる性的コンテンツの一消費者としてふるまっていたことがうかがえる。この状況に対して、ツイッターでは「これが京都大学だ!!!」など興に乗る履修者もいる一方、「寝てて目が覚めたら何だこれ」という戸惑いや「このスライド編集してる時の教授はどんな顔してるんだろう」といった菊地氏の人格を疑う声も見られた。

こうした状況について、問題点をみてみよう。まずなにより、これは明らかなセクハラである。あらゆる社会属性の人が同じようにこうした性風俗の紹介に嫌悪感を示すわけではない。講義中に流されたグラビアアイドルの画像や菊地氏が行ってみせた性消費の典型的なふるまいを見て精神的な苦痛を覚えるのは、第一義的には、その空間で公然と性欲を向けられた「女性」である。

このセクハラを、大学の講義の最中にあらかじめ講義担当者が「これからグラビアアイドルの写真を見せるので帰りたい人は帰りなさい」と発言してから行ったことで、よりいっそうの問題が生じている。

大学の講義というのは学生がそれを履修する権利が保障されているもので、大学はそれを提供する義務がある。科目担当教員の単位付与権は、そのかぎりで付託されているもので、教員の都合で自由に放棄できる類の「権利」とはいえない。しかし菊地氏はというと、出席点代わりと思われるレポートを課した後に「今日の出席はこの四十分間で認めてあげるからこれからあとのセクハラはいやなら教室から出ていってください、ボクの責任問題にはしたくないので」と図々しい「お願い」をしているのだ。こんなふうに単位付与権を放棄する代わりにその空間を自由に支配してセクハラを行うことなどありえない事態である。そして大学の講義でセクハラが行われることは、女性から履修機会を不当に奪い取る学問における性差別でもある。そうした二重の差別がすでに行われたあとに、講義担当者が講義内容の再検討を申し出たことから「教員の学問の自由」を根拠にそれ以上は追及しないと判断するのは、行われた差別の容認だと筆者には思われる。

また、そうした大学の義務としての問題点以外にも、この「帰りたい人は帰りなさい」という発言は履修者を非常に抑圧する。この発言があったときから、教室を出ていくことがグラビア画像への不快感を表明することと同義になってしまったのである。その状況で、大教室のなかで立ち上がって周囲の好奇の目に晒される(しかもツイッターで実況されただろう)ことに堪えて教室を出ることには、大変な負荷がかかる。そんな選択をするなら、たいがいは不快でも沈黙を選ぶものではないだろうか。要するに、この発言によって、グラビア画像に不快感を持つ履修者は黙らされてしまったのだ。このように実際には出ていくことができない状況で「帰りたい人は帰りなさい」つまり「いやなら出ていけ」と相手を追い詰め抑圧するのは、DVの加害者に見られる行動そのものである。

また、こうして教室にはほとんどの履修者が残ることになり「この画像をいやがる者はいなかった」という言説が成立する。そして、その場にいるしかなかった履修者は、できるだけ眼前のセクハラを気にすまいとするあまり、男性による女性の性的消費が日常的に起きるものだという認識を受け入れはじめるかもしれない。こうした暴力を容認する態度の刷り込みに私たちは慎重になって、気づいたらそれを拒んでいかなければいけないと思う。

ちなみに、国際高等教育院によると、グラビアアイドル画像を事例としてまじめに扱っていたという菊地氏だが、講義内容がウェブで紹介されたことにショックを受けていたらしい。氏は、みずからの講義がウェブ上で消費される事態を想定できなかったのだろうか?いや、じつは菊地氏は第十四回講義の前に、ブラジャー(これも事後的に見れば悪質だ)や中央生協食堂での皿洗いを事例で用い、すでにおかしな講義としてウェブ上で話題になっていたのだ。だから、グラビア画像を同じ講義で流せば再び話題になることぐらいは想像できたはずだ。穿った見方かもしれないが、菊地氏は、ほとんどが男性である履修者に「ウケよう」と過剰に考えたのではないか。その結果、男性がいつでもどこでも女性を性的に消費しうるというまさしく「日本の民俗」とか、京都大学の講義はときに常識から逸脱しうるのだという浅薄な期待とか、そうした固定観念から一歩も抜け出せない講義になったのだ。そして、その習俗になじまない「女性」に対する配慮とか、履修者の権利や講義担当者の義務とか、そうした高等教育の要請については無視したのである。

おそらくそうした要請を無視するために、菊地氏はグラビアアイドルの画像がいやなら帰りなさいなどという一見理解を示したような台詞によって、みずから教員という立場を積極的に放棄した。そして、自分自身が男性異性愛者として女性を消費する態度を示し、それを履修者と集団となって共有することで、グラビア画像サイトで成立していたホモソーシャル空間を大学の教室で再生産したのだ。菊地氏がそうやって教室から追い出したのは、その盛り上がりに同調する「男性」とはならない異質な人たち、ひいては大学に「女性」の存在を認める精神である。

そして履修していた学生の一部は、菊地氏と積極的に共犯関係を結んでこの講義の様子をツイッターへ投稿して、「エリートだが逸脱もできる」京都大学に自分は帰属していると表明することで、再び同質性に馴れ合う集団をウェブへ還元している。そのような履修者による講義の消費――学びでは、決してない――に依存していては、菊地氏の講義は自身も民俗学も結局は消費されるばかりで、履修者とのまっとうな対話や評価を通して氏が学問的な充実を得ることは、これから先もきっとないだろう。

このように、消費者としてしか講義に参加できない履修者と、そのような消費を期待する講義担当者との馴れ合いや、同質性を通じて互いの帰属や安心感を満たし合うような関係性に、履修者も講義担当者も甘んじている。そんな大学では、学問の自由を履修者へ保障するために教育の義務を遂行することなどほとんど絶望的なのではないか。「菊地暁」さん、あなたたちのことですよ。(匿名の大学院生より)

参照元サイト:「続:京大の民俗学が今回は本当に頭おかしかった」http://togetter.com/li/535666(2013年12月16日確認)