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「本当の物語」は魂の奥深くに 村上春樹公開インタビュー

2013.05.16

5月6日、京都大学百周年時計台記念館にて河合隼雄財団が主催する「村上春樹公開インタビュー in 京都―魂を観る、魂を書く―」が開催され、作家の村上春樹氏が国内では18年ぶりに公の場で講演などを行った。

「公開インタビュー」の中で、村上氏は交友のあった河合隼雄氏とのエピソードをはじめ、先月4月に発表されたばかりの新作や文学について語った。会場には抽選で選ばれた約500人のファンが全国各地から来場し、村上氏の貴重な話に熱心に耳を傾けた。

村上氏は冒頭の講演で、1993年にプリンストン大学で河合氏と初めて出会った時のエピソードなどをモノマネを交えながらユーモラスに話した。また、臨床家はクライアントと共に魂の深い場所におりていく力業の仕事だが、同じく小説を書く事も心の暗い場所におりていくこと、物語は魂の深い場所にある、と持論を述べ「物語というコンセプトをわかりあえたのは河合先生以外にはいなかった。悲しい事だが、文学の世界ではそういう励ましはもらえなかった」と河合氏を偲びながら語った。

インタビューでは文学評論家の湯川豊氏が聞き手を務め、村上氏にとっての「文学」を中心に新作の構想や制作秘話などが語られた。冒頭の講演で強調した「物語」について聞かれると、村上氏は人間を2階建ての家に喩えて説明した。2階は読書や音楽を楽しむ複数の個室が、1階には家族が集まったり人が出入りしたりする場所があり、地下1階には記憶の残骸がある。地下1階で書かれる作品は批評し易く分かり易いが、人の心をつかむ「本当の物語」を書くためにはもう1つ下の階にある底の見えない部屋に「正気を保ったまま」降りていく必要があるのだという。村上氏はそうした作品の例としてモーツァルトやセロニアス・モンクの音楽を挙げ、さらに各人が持つ「個人」の物語を共鳴させて相対化させる、そんな魂のネットワークをつくるのが物語の力だとも語った。

また、新作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』が『ノルウェーの森』以来のリアリズム小説であることについて、村上氏は『ノルウェーの森』が他の作家と同じ土俵で戦うため純粋なリアリズムを志向した実験的な小説であったのに対し、新作は非現実的を現実の土俵にのせた実験作で、頭と意識が別々に動いている話だと語った。さらに、当初は後半の名古屋での話を作るつもりは無く短編にするつもりだったが、書いているうちに4人の話を書きたくなったと述べ、「つくるに起こったことは自分の中に起きたこと」「木元沙羅が自分を導いた。自分が作った登場人物が自分を導く事がよくある」と、自らの創作体験を打ち明けた。

インタビュー終盤、新作のタイトルにもなっているフランツ・リストの『ル・マル・デュ・ペイ』が売れているという話になると村上氏は「難しい曲。きっとがっかりすると思いますけどね」と話し、会場の笑いを誘った。

村上氏は最後に、全ての作品を気に入ってもらう必要はないが、手抜き無しで作っているという事は理解してほしいと話し、「腹を立てて、それでも次の作品を買ってくれる人がたまにいる。そんな人が大好きです」と結び、終始、洒脱な受け答えで会場を沸かせた。

今回の「公開インタビュー」は、河合隼雄・京都大学名誉教授の7回忌に当たる今年に河合隼雄財団が創設する「河合隼雄物語賞・学芸賞」を記念したもの。河合氏は生前、村上春樹氏と親交が深く、共著『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』など、数々の対談を残している。