複眼時評

松下和夫 大学院地球環境学堂教授「3・11後のエネルギー環境政策と レジリアントな社会」

2012.08.01

私たちが享受している高度な近代文明と豊かな消費社会は、実は私たち自身が制御できない巨大なリスクと隣り合わせである。このことは昨年3月11日の福島原発事故によって如実に示され、ドイツの社会学者ウルリヒ・ベックがその著『危険社会』でつとに指摘してきたところでもある。

現代社会における巨大リスクの代表が原発であり、気候変動問題である。したがってこれらのリスクを低減するためには速やかに脱原発依存を進め、低炭素社会へ移行することが必要である。福島原発事故は、その発生と対処のプロセスで、巨大リスクに対する構造化された無責任体制を露呈するとともに、一部の産業界関係者や技術的専門家に委ねられ独占されてきたリスクの判定・評価のプロセスそのものの問題点をも社会に突き付けた。近代テクノロジーがもたらす問題を市民社会に対していかに可視化するか、そして専門家の知見(専門知)と市民の直感的懸念や経験(市民知)をどのように統合するか。まさに科学技術と社会の関係を巡る民主主義の在り方そのものが問われている。

福島原発事故は、原発に依存する電力大量供給・消費社会のもろさを露呈した。原子力発電は、発電の経済性・安全性、そして最近では気候変動対策への寄与を理由として促進されてきたが、今やその前提が崩壊し根本的な再検討が求められている。放射性廃棄物処理などバックエンド(後処理)が不確定であることとそのための費用が巨大になること、原発と一体的に建設される揚水発電の費用、そして種々の名目で支出されている巨額の財政負担などを考慮すると、発電コストがこれまで過小に評価されてきたことは明らかである。さらに、放射能汚染がもたらすさまざまなコストは、「想定外」として含まれてこなかった。

また現在の電力料金には、電力会社の送配電コスト、広告宣伝費や地方自治体への寄付金なども総括原価方式で費用に組み込まれている。このように、原子力発電の経済性(これまでは電力会社にとっての経済性(収益性)の評価であり、社会全体の経済性(社会的便益)の観点ではない)は、実は巨額な財政支出や各種費用を電力料金に転嫁できる総括原価方式があって初めて成り立ってきたのである。このことが、他の再生可能エネルギーなど多様な発電技術の実用化と普及を妨げ、公正な競争条件をゆがめてきた。

我が国の現在の電力供給は地域独占の垂直統合型であり、発電と送電・配電は分離されていない。発送電分離とは、発電から送電、配電、小売まで一貫して事業を行う電力会社から、送電部門を切り離すことである。地域独占の電力会社は電気事業法の安定供給義務を課されていることから再生可能エネルギー源の電力の接続を制限してきた。発送電分離が実現されれば、送電会社は送電網しか所有しないので、火力発電や再生可能エネルギー源による発電を区別せず系統接続することで売り上げを上げるビジネスモデルとなる。

今後の課題は「電源別の公正な競争を可能にする制度的枠組みづくり」であり、そのなかで発電と送電を分離し、「小規模・分散型の再生可能エネルギーによる発電が適正な競争へ参加することが期待される。

再生可能エネルギーが大幅に導入されると、大気汚染が改善され、気候変動緩和効果が期待できる。また化石燃料依存を下げ、エネルギー供給を安定化し化石燃料輸入代金を削減し、地域の産業や雇用を創出する効果などの便益が生じる。しかし、これらのメリットは、従来の発電コスト比較の際には考慮されてこなかったのである。

震災と原発事故からの復興過程で注目されてきたのがレジリエントで持続可能な社会である。レジリエンスとは、「回復力」、「復元力」、あるいは「しなやかな強さ」、「対応力」という意味で用いられている。東日本大震災の経験からは、大規模発電施設の集中立地に依存する電力供給システムよりは、小規模分散型の電源を組み合わせた電力供給システムのほうが、レジリエンスがより高いことになる。

レジリアンスの概念は、頻発する自然災害や異常気象、そして今後さらに深刻化が予想される気候変動にともなう甚大な被害に対する備える観点から注目されてきた。とりわけ貧困な地域や人々ほど、自然に依存した生活をしており、それだけに自然災害や気候変動の影響を強く受ける。したがって、環境、経済、社会の面でのレジリエンスを強化することが、これらの人々が貧困から脱出し、持続可能な地域社会を構築する基盤となる。

環境面でのレジリエンスは、低炭素社会への移行や再生可能エネルギーの普及、資源効率の向上、生態系サービスの持続可能な利用などにより強化される。一方、社会面でのレジリエンスには、地域社会内の絆によるセーフティネットの維持と強化や行政サービスの充実などが必要である。自然の脅威の中で長く生きてきた地域社会の伝統的な知恵の尊重も重要だ。

今後環境・社会・経済システムの脆弱性への対応と、分散型で地域自立型の安定したエネルギーシステムを備えた低炭素経済への速やかな移行が求められる。また、今後の各地における環境対策は、持続可能で豊かな地域社会を築くための具体的戦略と行動、地域状況に応じた再生可能エネルギーの飛躍的拡大、エネルギー消費の効率化、持続可能な地域産業の振興、環境に配慮したまちづくりと交通・都市・住宅政策の推進などを一体として統合的に進める視点が求められるのである。