文化

映画評 フランスの田舎町に起きる、優しい奇跡 ル・アーブルの靴磨き

2012.06.30

『ル・アーブルの靴磨き』
監督:アキ・カウリマスキ
主演:アンドレ・ウィルム

北フランスの港町、ル・アーブルで靴磨きを営む主人公、マルセルは妻アルレッティと愛犬ライカとともにつつましい生活を送っていた。そんなある日、港にアフリカからの不法移民が乗ったコンテナが漂着し、マルセルは警察に追われていた1人の移民の少年イングリッサと出会う。警察の目を盗み、イングリッサを自宅にかくまうマルセルに、彼の友人たちも温かい援助を惜しまない。だが、一方その頃、アルレッティは病院で余命の宣告を受けていた……

フランス社会における移民の問題がテーマの一つとなっている本作だが、作品の主題はあくまでも主人公、マルセルと彼を取り巻く人々の生みだす人間ドラマだ。フランス社会における移民問題の現状もそれほど「リアル」に描写されたりはせず、登場人物も皆、温かな心を持った人格者の集まりである。静かな港町、ル・アーブルに暮らす彼らは貧しいながらも、いや貧しいがゆえに、どこまでも優しい。

第二次世界大戦中に制作されたフランス映画『天井桟敷の人々』ではヒロイン、ガランスが貴族の男にこう言い放つシーンがある。「いけませんよ。金持ちのくせに貧乏人並みに愛されようなどと」。

金持ちは全てを手に入れることができる。しかし愛だけは貧しい人々のもの。あの名作『天井桟敷の人々』の時代から脈々と受け継がれるフランス映画のスピリットは、本作からも十分に見て取ることができる。

監督のアキ・カウリマスキは本作についてのインタビューで、現実には移民問題が解決不能なほど深刻な問題であることを認めた上で、ユーモアの重要さにも言及し、「人間、もし笑うのをやめたら死人と同様だろう」と語っている。

たしかにフランス社会が抱えている移民問題が、この映画で描かれているように簡単なわけがない。しかし、困難な状況の中でも笑顔を忘れずに生きようとする人間たちの誠実な生の息づかいに、せめて映画くらいは目を向けてもいいではないか。カウリマスキはそう言っているのだ。

物語の終盤、常に優しさとユーモアを絶やさなかったマルセルの実直さへのご褒美として、彼にある奇跡が起きる。淡々とした演出で、しかし確かな喜びと静かな愛に満ちた「その瞬間」に、ぜひとも立ち会ってほしい。(47)