企画

〈企画〉大学院改革 3研究科長緊急アンケート

2011.04.06

大学院教育の実質化と国際的な通用性について検討していた中央教育審議会(中教審)は、1月31日付けで答申「グローバル化社会の大学院教育~世界の多様な分野で大学院修了者が活躍するために~」をとりまとめた。答申では博士号取得者が産官学の中核的人材として活躍できるような、質の保障された教育体制の確立を説き、産業界との一層の連携の必要性を訴えている。そのために修士論文廃止など大学院制度自体の根本的改革や、「リーディング大学院」プログラム等を活用した国際的大学院拠点の形成を提言している。京大新聞では文・理・工の3研究科に今次の答申についてアンケートを実施した。
(編集部)

中央教育審議会の提言

今回の提言で論点となったのは①学位プログラムとしての大学院教育の確立②グローバルに活躍する博士の養成、の2点。

学位プログラムとしての大学院教育は、従来の大学院教育を研究者養成の場としての性格が強く個々の担当教員が研究室で行う研究活動に依存するなど、課程制大学院制度の趣旨に沿った組織的展開が弱く、狭い範囲の専門分野の研究に陥りがちであったとの問題意識に立つ。このため専攻分野ごとに人材養成の目的や学位の授与要件、習得すべき知識・能力の内容や成績評価の基準を具体的体系的に明示すること、また産業界や地域社会の多様な機関と連携し研究職以外の多様なキャリアパスの確立を強化することを提案する。

特に後者については、大学と産業界の間で大学院が養成する人材像と産業界が期待する人材についての認識を共有する対話の場を形成し、産学の共同教育プログラムや人材交流の活性化など具体的な施策の実施を要求している。

グローバルに活躍する博士の養成については,産学官の中核的人材としてグローバルに活躍する高度なリーダー人材を養成するべく5年一貫の体系的プログラム確立を重視。修士論文の作成に代えてQualifying Examination(後述)により教育の質を保証することや、博士課程(前期)から博士課程(後期)への受入要件を明確化することを求める。

その際には専門分野以外にもコミュニケーション能力や教養・国際性などが求められるとし、特に博士前期課程においては、一人の教員の研究につく「徒弟制」ではなく、異なる専門分野の複数の教員が研究指導を行う複数専攻制や広範なコースワーク,研究室ローテーションなど研究室等の壁を破る統合的な教育の導入を提言する。

この他にも答申では各大学と産業界等が積極的に連携し社会人にとって魅力的な博士課程教育の構築することや、大学院生に対する経済的支援の充実なども提言。今後大学院のあり方にどのような影響を与えていくのかが注目される。

【Qualifying Examination(クオリファイング・エグザミネーション】

学生が本格的に博士論文作成に着手するまでに,博士論文作成に必要な基礎知識,研究計画 能力,倫理観,語学力を含むコミュニケーション能力などを体系的なコースワーク等を通じて 修得しているか否かについて包括的に審査を行う仕組み。

【リーディング大学院プログラム】

文科省が来年度から7カ年計画で実施する「世界を牽引するリーダーを養成する世界トップレベルの大学院を形成する」事業。昨秋の「事業仕分け」で見直し判定が出されていたが、一転して実施されることとなった。「文理融合のオールラウンド型拠点(2ヶ所)」「複合領域型(12ヶ所)」「オンリーワン型(6ヶ所)」の計20拠点を予定している。




京大新聞が各研究科へ質問した内容は以下の通り。

[1]今回の答申の中では、大学院教育の目標として、国際社会でリーダーシップを発揮する人材の育成が掲げられていますが、これについて各研究科ではどういった人材を育成するべきだとお考えですか。

[2]またその一環として、コースワークの充実や複数専攻制、研究室ローテーションといった新しい教育制度が提案されていますが、これについてどうお考えですか。

[3]答申では大学院が養成する人材と社会の要請する人材にギャップが存在し、修了者のキャリアパスが十分でない、と指摘していますが、この問題をどうお考えですか。

[4]理・工のみ
「キャリア教育の拡充」についてどう思いますか。
(これに加え工は以下についても質問)
また、インターンシップやPBL(Plobrem Based-Learning, 問題解決型授業)などの取り組みを充実とありますが、これにより今後企業との連携および研究室による推薦就職等がどのように変化していくとお考えですか。




工学研究科長・小森悟教授 あくまで一専門分野を重視

[1]人類社会が要請する未知の難しい研究課題に対しても積極的に挑戦し,その解決に向けて共同研究者等とチームを作りながら議論を戦わせ,諦めることなく粘り強く努力することができる人材を,また,問題解決能力だけでなく,当該分野で世界の新しい流れを作り出すことが出来る独創性に富む人材を,育成すべきと考えています.

[2]多様性を強調するあまり根無し草のような人材を育てる教育制度ではなく,工学の一専門分野でしっかりとした専門基礎知識および能力を講義及び研究を通して身につけたうえで,その根や枝を大きく張るために,他の専攻や工学以外の分野の教育を自主的に受けることができる制度でよいと考えています.

[3]就職状況から判断して指摘されているような問題はありませんが,問題があるとすれば専門教育に関してよりも修了者の適応力,耐久力,向上心のようないわゆる人間力かもしれません.

[4]授業としてのPBLよりも研究室における論文完成のための研究活動を通しての実践的PBLが重要と考えています.現在,一般に行われているインターンシップは,就職活動の面が強く学生さんの企業情報収集には役立つと思われますが,インターンシップ先の企業を就職先に選ぶ率は低く,これにより産学連携や推薦就職が変化することはほとんど無いと思います.就職活動の早期化など負の効果を持ちかねないインターンシップではなく,企業,行政機関,国際機関等と連携して実施する共同研究型インターンシップが望ましいと考えています.

文学研究科長・佐藤昭裕教授 研究者と一般社会のギャップを埋めよ

以下は文学研究科としての公式の見解としではなく、研究科長佐藤の個人的意見としてお答えします。

[1]2つの可能性が考えられる。一つはそれぞれの専門分野における優れた研究者として、国際的な研究者コミュニティーでリーダーシップを発揮する人材の育成である。これは従来から文学研究科が目標として来たところであり、今後も、その最重要課題となろう。いま一つは、大学院ではあくまでも専門分野の研究に励んだうえで、国際社会を含む実社会に出、それまで学んだ専門とは必ずしも一致しない他の分野において、創造的な仕事をする潜在的能力を持った人材を育てることである。その際、社会にでて直接役に立ちそうな知識を広く浅く身につけさせるのでなく、それぞれの専門分野における訓練、研究を通して、論理的思考力、問題発見能力、問題解決能力を身につけ、はじめて経験する課題、困難に当たっても対処できる能力を持った人材を養成しなければならないと考える。もちろん海外への留学の推奨、海外からの留学生の受け入れは今後も進めていかなければならない。

[2]文学研究科では、現在の制度下でも、修士課程では授業への出席、単位取得が義務づけられており、また博士後期課程においても、形式上単位は要求されないが、実質的には授業への出席は義務的である。学生が希望すれば、他専修の授業に出席することも可能であり、普通に行われている。また修士課程から博士課程への進学に際して他の専修に移ることも可能であり、実際その例もある。以上、コースワークの充実、複数専攻制、研究室ローテーションは、実質的にはすでに実行されていると言え、これを制度的に整えることには反対ではない。しかし、1)で述べたような人材を育成するには、与えられたお仕着せのコースワークではなく、自身の研究目的・研究動機に基づく選択が不可欠である。また複数専攻制、ローテーション制とも、自ら希望する学生には有益であるが、すべての学生にとって有益であるとは思わないので、これらを義務化することには反対である。

[3]文学研究科で養成される人材にとっての「社会」という場合には、大学・研究機関における研究職・教育職からなる社会、「研究者コミュニティー」と、より広い「一般社会」という2つがあり得る。前者が要請する人材の能力と文学研究科が養成する人材の能力の間に、乖離はないと考える。ただ両者の数の間には明らかにギャップ、アンバランスがある。このことを少しでも解消するためには、現代社会においてどのような学問研究が必要かということについて、自らの存在意義を主張し、積極的に提案していくことが必要であると考える。一方、後者の一般社会について言うと、近年は優れた修士論文を書いた学生が進学せずに就職することも多くなってきているが、今後は博士課程出身者にとっても一般社会に出る道、キャリアパスが開けることが望ましいと考える。そのためには、教員、修了者、社会の三者の努力、意識改革が必要である。研究科として、大学院を修了した者が、上の[1]で述べたような、問題発見・解決に当たっての優れた能力をもつ人材であることを社会に認識させる努力が必要であり、また大学院を修了して実際に様々な職場で活躍している卒業生の経験を在学者に伝えるための機会を設けることも必要であろう。

理学研究科長(次期)・山極寿一教授 「自学自習」に合わない答申

[1]理学研究科の各専攻では、文部科学省のグローバルCOEの経費を受けています。このような外部資金を使って、博士(後期)課程の学生だけではなくて、修士課程の学生にも国際的な経験を積むような支援をしています。早いうちから国際的な討論の場に参加させたりして、今、国際的にどういったことが求められているのかを知ってもらい、英語でどのように表現すればよいのか訓練してもらいます。また、海外の研究機関に数週間から数ヶ月行って、学んでもらうことも奨励しています。

[2]理学研究科では、自分で問題を見つけて、自分でその解決する方法を編み出す・考えるという「自学自習」を奨励しています。また、あらかじめ非常に厳しい入学選抜をしていて、質の高い学生を選考していると言えます。1から10まで教員が手を差し出すのではなくて、初めから独立した研究者として認めるような教育方法をやっています。そのため、それぞれの学生の個性や能力に合った指導をしようとしています。けれども現在、助教の数が減らされ、細かな問題点について密接に指導してくれる「メンター」が不足しています。この数年のうちに助教の数を増やしていきたいと考えています。また、今回の答申で言われている「Qualifying Exam」は、理学研究科にはあまり合う方法ではないと思います。修士から博士になるときには、修士論文による審査や、博士でどういう研究をするのかという企画力を示すことが各専攻で厳密に行われています。理学研究科の学生は論文を書ける実力を持って入ってくるので、自分の研究者としての能力を論文で示す、ということが必要だと思います。

「複数専攻制」について、まず同じ専攻内では、教員と学生が話をしてきちんと合意すれば、教室を移ることには対応できるような体制になっています。専攻が違う場合の移動では、きちんと実力を示せるような審査をします。そういう学生も実際おりますし、専攻間で移ることには異論はありません。ただ、専攻・教室について親密に相談に乗れるような指導教員が必要だと思います。理学研究科では、自分がとった講座の教員と、それと別の講座の教員を、それぞれ指導教員・副指導教員として各学生につけています。また学生間の交流も頻繁になるようにし、修士課程では、単位の一部を他の専攻で取るように奨励をしています。加えて現在、様々な専門分野にまたがって応用可能な分野が出てきていますから、紹介したり、知る機会を増やしていこうと考えています。

[3]この2年間、キャリアパスの委員会を各専攻で設けています。例えば、理学研究科・理学部を卒業して、各産業界のポストについた方や、科学ジャーナリスト、高校の先生、政府の役人になった方に来てもらって、どういうふうなプロセスで今の職についたのか、それを振り返ってどう思っているのかを話してもらい、今の学生にどういう職業があるかを知ってもらうということをやってきました。また、その分野の教員だけが知っているようなキャリアについての情報を理学研究科で集めて、学生に提供しなくてはいけないと思っています。全学の中で理学研究科・理学部には同窓会がありません。同窓会があればそういった情報が集まると思います。来年度から、同窓会を立ち上げようと考えています。

[4]「自学自習」と言われるように、自分で問題点を見つけて、自分で解決策を講じていくというのであれば、「企業倫理」とはちょっと違う指導の仕方をしないといけません。理学研究科では、企業を超えて世界で起こっているさまざまな問題点に目を向けて、自らの倫理によって評価するという精神を学ばなくてはいけなく、企業のニーズや目的に100パーセント合った人材を育てるというのは目標になりません。ただ、問題点を見つけるという点、解決策をどのような技術をもって見つけていくかということについては企業と協力していく必要はあります。