文化

〈隣町点描#6〉樫田(大阪府高槻市) 標高300m超 府境の里で楽しむ秋

2025.11.16

〈隣町点描#6〉樫田(大阪府高槻市) 標高300m超 府境の里で楽しむ秋

旧樫田村の中心・田能地区。地区の標高は330メートル前後で、日本一高いビル「麻布台ヒルズ」(標高330メートル)に匹敵する

本稿は、京都市に隣接する12の市町から、半日程度の散策に適したエリアを1つずつ紹介していく企画だ。6回目の今回は、大阪府高槻市の樫田を訪問する。(汐)

金曜日の昼下がり。阪急電車に乗って、高槻に向かう。京都から見ると府内の市町をいくつも過ぎた先にあるから、高槻市が京都市に隣接しているというのは意外に思えるのだが、高槻市は南北に長い都市で、市の北端で右京区の大原野と境を接している。

本稿において「隣町」は京都市に隣接する市町村を指しているから、訪問先は城下町として栄えた南部の市街地でもよいのだが、せっかくなので京都市と接する樫田という地区まで足をのばすことにした。昼すぎと遅めの時間に京都を発ったのは、1日3便しかないバスの時間に合わせた格好だ。

駅にある観光案内所で樫田地区の観光案内図を手に入れて、バスに乗り込む。はじめは満席だったが、大半の人は序盤の住宅街で降りてしまい、樫田との間にある山越えに差し掛かる頃には、車内の乗客は筆者を含めて3人しか残らなかった。

バスはつづら折りの山道をひたすら登っていく。エンジン音を唸らせて狭い道を進むから、スピードが出ているように感じられてひやひやする。標高は300メートルに迫り、道端に迫る木々の紅葉も進むごとに深まっていく。観光気分の筆者はともかく、乗り慣れているはずの地元の方も窓の外に視線を向けていた。視界がぱっと開けたらそこが樫田の中心・田能である。四方を山に囲まれた一周2キロほどの小さな盆地に、家や田畑が広がっている。

終点のバス停に降り立ったのは筆者ひとり。帰りのバスまでは2時間半ほど時間がある。駅で手に入れた観光案内を見ても、寺社がいくつか書いてあるくらいで、長い時間過ごすには物足りない。さて、何をしたものだろう。

スマホの地図で調べると、どうやら1キロほど歩いた山沿いに和菓子店があるらしく、まずはそこを目指すことにした。道は集落を背にずんずん山へ進んでいくので、本当にお店があるのか不安になったが、果たして隣の地区に至るトンネルの手前にあった。便利な立地とは言い難いが、駐車場の看板にはバイクステッカーが沢山貼ってあり、ツーリングのついでに立ち寄る人が多いのだろう。

店先には季節柄、栗を使った和菓子が並んでいる。最中と大福を購入して、店先で食べた。どちらも栗がごろごろと入っていて、栗の甘味を存分に楽しめるのが嬉しい。街中の借間住まいでは、季節のものを買うきっかけがないだけに、こういう機会に食べられるのはあり難い。

観光案内にない見所をご存じかもと、お店の人に尋ねてみたが「時間をつぶすような場所はない」とのことだった。案内に載っていた樫船神社は観光で訪れる人もいるが、つい先日、神社に連なる山でクマが目撃されたから、境内に入るのはやめた方がいいという。もとより秋は冬眠を控えたクマが活動する時期だし、今年の人身被害は例年に比べても多い。忠告をうけて参拝は断念した。

和菓子店を後にして、集落の方に戻る。地区の雰囲気を掴むため一周歩くことにする。くだんの神社は盆地の北端の森の中に祀られているが、参道は森の外まで続いており、一の鳥居は田畑の真ん中にポツンと建っている。

一帯は至って静かで、聴覚が研ぎ澄まされる感覚がある。高い鳴き声が響いて、見上げるとトンビが何頭も集まって旋回している。鴨川でも見かける鳥だが、これほど集まっているのは初めて見た。近くの家の飼い犬が筆者に気づいてしきりに吠えると、その声が山に反射して盆地の中に響く。仕事と生活の場なだけに、暇そうにふらふらしている筆者はさぞ不審に映るのだろう。

水利の都合か、盆地の中央は田畑に使われていて、人家は山沿いの微高地にいくつかの集落を形成している。そこから田園風景を望むため景色が良い。石垣や長屋門を持つ豪華な構えの旧家や、神仏習合の名残をとどめる樫船神社の神宮寺などが建っていて、昔からの地域の中心だったのかもしれない。

集落を歩いていると「アンタコ」と書かれた郵便受けを見つけた。番地が併記してあるので住所らしい。意味を測りかねるカナ地名というのは興味をそそるもので、地元でも珍しさが意識されているのか、近くには地名の由緒を記した案内板があった。

案内板は、平安時代に坂上田村麻呂が東北地方から連れ帰った人々がこの場所に住んだという伝承を踏まえて、「アンタコ」の語源をアイヌ語に求める説を紹介している。大和朝廷が帰順した蝦夷を「俘囚」として全国に強制移住させたと高校日本史で習ったのを思い出す。しかし、当時の蝦夷がアイヌ語を話していたかは決着がついていないはずで、伝承の当否も含めて正確な由来は知る由もない。

田能はこれでひと通り見たが、バスまでまだ1時間以上時間がある。夕方が迫り段々寒くなってきたので、吹きさらしのバス停で待つのも気が進まない。2つ隣のバス停に、森林観光センターという施設があるから、そこで待つことに決めた。歩いておよそ25分、自販機とベンチがあるくらいの簡単な施設を想像していたから、併設のカフェがあるのは嬉しい誤算だった。ログハウス風の落ち着いた雰囲気で、散策の疲れに濃いめのコーヒーが沁みる。お店の前では樫田の農産品を販売していて、柿1袋100円という余りの安さに思わず購入。散策中、至る所で見かけた柿が秋らしい情景として印象に残っていたから、いいお土産になった。

帰りのバスには小学生がたくさん乗っている。樫田小は校区の住民が少ないので地域外からの通学が認められており、大半は高槻の市街地まで帰るそうだ。山道を下りきった頃にはすっかり日が暮れて、住宅街を貫く坂道の奥に大阪平野が明るく輝いている。高槻駅前はちょうど帰宅ラッシュで、つい先ほどまで静かな山あいにいたのが嘘のような賑わいだった。

観光地や市街地のような見所がなくても、知らない場所をあてもなく漫遊するのは面白い。なんだかんだカフェにも行けたし、旬の物も手に入り、充実した午後だったと、満足した気持ちで高槻を後にした。

樫船神社の二の鳥居。山との境にありこの先には進まなかった。鳥居わきの木々が色づき始めている