大喜祐太 関西学院大学文学部准教授「アインシュタインの卵たち」
2025.11.01
ちょうどこの原稿について考えあぐねている最中、2025年のノーベル賞のニュースを聞いた。今年は京大の関係者が2人もいて、それぞれ生理学・医学賞と化学賞を受賞した。私にとってノーベル賞は身近な存在ではない。けれど、この国際的な栄誉との唯一の接点は学生たちかもしれない。私は2018年から京大でドイツ語の授業を担当しており、今までのところ理学部や工学部などのクラスを受け持つことが多い。文学部をはじめとするいわゆる人文学が専門の学生たちに比べて、自然科学系の学生たちにとってはドイツやドイツ語はあまり近づきやすいものではないようである。とはいえ、ドイツとの学問的な繋がりは実際には少なくない。2025年現在、自然科学系のノーベル賞受賞者数は、アメリカとイギリスに次いで、ドイツは3番目である。
今から100年ほど前、アルベルト・アインシュタインは特殊相対性理論を発表した後、改造社の山本実彦の招聘を受け1922年に北野丸に乗船して来日し、日本各地の大学や研究機関で講演を行った。慶應義塾大学での8時間にわたる講演会には1万人もの人々が参集したという。本務校の学生たちの発表を通して知ったのだが、アインシュタインは相対性理論がどれほど簡単なものであるか示すことを講演旅行の目的の一つとしていたらしい。アインシュタインが語ったとされる「1分間 熱いストーブの上に手を置いたら1時間に感じられる。でも、かわいい女の子と一緒に1時間座っていたら1分間に感じられる。それが相対性というものだ」という言葉を思い出した。もちろん、それでも相対性理論の理解は容易ではない。現代なら関西空港と北京を往復しても続いている講演というのは実際どれくらいの時間に感じられるのだろう。アインシュタインは日本へ向かう北野丸の船上で1921年度のノーベル物理学賞が遡って授与されるという知らせを受けた。京都大学でも1922年12月14日に講義を行ったそうである。
教壇に立ち始めた頃、試行錯誤の授業は自転車操業だったので意識することが少なかったが(そういえばアインシュタインも人生を自転車の運転に喩えていた)、この頃ようやく将来のノーベル賞候補者たちの教育の一端を担っているということを自覚してきた。この「一端」というのが重要で、学生たちは当然私の授業だけを受講しているわけではなく、キャンパスの内外で日々多方面から学びを得ている。大学での授業と言うと、専門的な知識が脈々と伝授されているような考えに陥りがちだが、私が彼らに教えていることは彼らの思考を支える氷山の一角でしかない。
前期ドイツ語の期末試験では、答案の隅に「135÷15」の筆算のメモが残されていた。冬の間のドイツと日本の時差を答える3択問題だったが、少し考えてすぐにピンと来た。グリニッジ天文台、明石の標準時子午線、東経135度、ドイツはイギリスより日本に近いこと等々。授業では時差は8時間としか説明していない。フィードバックでこの話をしたら、他にも数人遠回りをしていたらしい。やはり私の講釈は届いていないのだなとも思ったが、授業以外のデータを活かして解答に辿り着こうとする姿勢には感心した。京大ではこれに類することに日々遭遇する。
してみると、そもそも明示的に誰かに何かを教えたり、伝えたり、行動を促したりすることは非常に困難なことであるようにさえ思えてくる。ETH(スイス連邦工科大学)定番のお土産である “Einstein Junior”とプリントされた肌着を着せられていた娘は小学校に上がり、私がどれほど宿題をしなさいと言っても聞かないのに、スーパーの駐車場で「関係者専用」という看板をいきなり読み上げたり、白血球の働きを解説してくれたりする。おそらくそれは妻や学校、塾の先生たちや学習漫画のおかげだったりするのだが、とにかく私が彼女に対峙している時には明確に現れてこないバックグラウンドがすでに十分に備わっている。大学生ともなれば、当然さらなる前提知識を持って教室にやって来るだろう。ドイツ語では、大まかに言えば「教育」と理解できる単語が2つあり、養い育てることを意味するErziehungと、人格形成に重きを置くBildungは区別される。未来のアインシュタインたちには、最小限のErziehungでもって、各々でBildungを実践してもらいたい。なんて望むのはあまりにも無責任かもしれないが、ともに同じ空間で学ぶことができるのは私にとって幸運である。
だいぎ・ゆうた 関西学院大学文学部准教授。専門はドイツ語学
今から100年ほど前、アルベルト・アインシュタインは特殊相対性理論を発表した後、改造社の山本実彦の招聘を受け1922年に北野丸に乗船して来日し、日本各地の大学や研究機関で講演を行った。慶應義塾大学での8時間にわたる講演会には1万人もの人々が参集したという。本務校の学生たちの発表を通して知ったのだが、アインシュタインは相対性理論がどれほど簡単なものであるか示すことを講演旅行の目的の一つとしていたらしい。アインシュタインが語ったとされる「1分間 熱いストーブの上に手を置いたら1時間に感じられる。でも、かわいい女の子と一緒に1時間座っていたら1分間に感じられる。それが相対性というものだ」という言葉を思い出した。もちろん、それでも相対性理論の理解は容易ではない。現代なら関西空港と北京を往復しても続いている講演というのは実際どれくらいの時間に感じられるのだろう。アインシュタインは日本へ向かう北野丸の船上で1921年度のノーベル物理学賞が遡って授与されるという知らせを受けた。京都大学でも1922年12月14日に講義を行ったそうである。
教壇に立ち始めた頃、試行錯誤の授業は自転車操業だったので意識することが少なかったが(そういえばアインシュタインも人生を自転車の運転に喩えていた)、この頃ようやく将来のノーベル賞候補者たちの教育の一端を担っているということを自覚してきた。この「一端」というのが重要で、学生たちは当然私の授業だけを受講しているわけではなく、キャンパスの内外で日々多方面から学びを得ている。大学での授業と言うと、専門的な知識が脈々と伝授されているような考えに陥りがちだが、私が彼らに教えていることは彼らの思考を支える氷山の一角でしかない。
前期ドイツ語の期末試験では、答案の隅に「135÷15」の筆算のメモが残されていた。冬の間のドイツと日本の時差を答える3択問題だったが、少し考えてすぐにピンと来た。グリニッジ天文台、明石の標準時子午線、東経135度、ドイツはイギリスより日本に近いこと等々。授業では時差は8時間としか説明していない。フィードバックでこの話をしたら、他にも数人遠回りをしていたらしい。やはり私の講釈は届いていないのだなとも思ったが、授業以外のデータを活かして解答に辿り着こうとする姿勢には感心した。京大ではこれに類することに日々遭遇する。
してみると、そもそも明示的に誰かに何かを教えたり、伝えたり、行動を促したりすることは非常に困難なことであるようにさえ思えてくる。ETH(スイス連邦工科大学)定番のお土産である “Einstein Junior”とプリントされた肌着を着せられていた娘は小学校に上がり、私がどれほど宿題をしなさいと言っても聞かないのに、スーパーの駐車場で「関係者専用」という看板をいきなり読み上げたり、白血球の働きを解説してくれたりする。おそらくそれは妻や学校、塾の先生たちや学習漫画のおかげだったりするのだが、とにかく私が彼女に対峙している時には明確に現れてこないバックグラウンドがすでに十分に備わっている。大学生ともなれば、当然さらなる前提知識を持って教室にやって来るだろう。ドイツ語では、大まかに言えば「教育」と理解できる単語が2つあり、養い育てることを意味するErziehungと、人格形成に重きを置くBildungは区別される。未来のアインシュタインたちには、最小限のErziehungでもって、各々でBildungを実践してもらいたい。なんて望むのはあまりにも無責任かもしれないが、ともに同じ空間で学ぶことができるのは私にとって幸運である。
だいぎ・ゆうた 関西学院大学文学部准教授。専門はドイツ語学
