インタビュー

「いいね」が動かす民主主義 インドネシアのデモを読み解く 岡本正明 東南アジア地域研究研究所教授

2025.11.01

「いいね」が動かす民主主義 インドネシアのデモを読み解く 岡本正明 東南アジア地域研究研究所教授

岡本正明教授(東南アジア地域研究研究所)

京大のキャンパスや京都の街角で、インドネシア語はきっとあなたの耳にも入っている。インドネシアは京大の留学生数で第4位(2024年)、学生交流協定を結ぶ大学も部局間を含めて4校にのぼる。在日外国人全体でも7位(25年)を占め、技能実習生の名の下、日本の第一次産業を支えてきたインドネシア人も多い。

筆者も去年、インドネシアとの短期交流プログラムに参加し、日本見学をともにしたことがある。今年8月、その学生たちがSNSで相次いで政治を批判するメッセージを投稿した。普段の日常の投稿とは一変した背景には、何かが起きているに違いない。調べてみると、インドネシア各地で数十万人規模の抗議が起きていた。

なぜ人々は今、声を上げたのか。背景にある政治・経済の問題とは何か。SNSのようなデジタルツールはどのような役割を果たしたのか。 長年インドネシアの政治について研究してきた岡本正明教授(東南アジア地域研究研究所)に、この群島国家の現在を伺った。(=岡本先生の研究室にて。唐・鳥)

岡本正明(おかもと・まさあき) 東南アジア地域研究研究所教授
京都大学法学部卒業。1999年京都大学大学院人間·環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。2011年に京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科論文博士取得。2016年より現職。専門はインドネシア地域研究、政治学。

インドネシアとは多様性と民主主義の群島国家


―インドネシアはどのような国か。
人口は2・8億人で、世界で4番目に多いです。国土は1万7千を超える島々から成り立ち、東西の距離はアメリカ合衆国に匹敵します。東南アジアでも大国と言えます。

人口の約87%をイスラーム教徒が占めます(※)。イスラーム教徒が多数派を占める中東諸国の多くが権威主義体制にあるなか、25年以上にわたって民主主義を維持してきたインドネシアは、例外的な存在といえるでしょう。

さらに、日本が超高齢化社会を迎える一方で、インドネシアでは平均年齢が約30歳と若い世代の割合が高く、活力がある社会です。

※インドネシアは国教を設けていないが、憲法上全ての国民は何らかの「唯一神への信仰」が求められている。

―多くの島々はそれぞれどのような特徴を持っているのか。
国の中心といえばジャワ島です。日本本土ほどの面積に、全人口の6割の約1・6億人が集中しており、政治・経済・文化の中心地といえます。首都ジャカルタ特別州の人口は1000万人を超えています。そしてインドネシアには350とも1000以上ともいわれる民族が暮らしていますが、人口の半数以上をジャワ人が占めます。

現在は、首都をジャカルタからカリマンタン島(ボルネオ島)へ移転する計画が進んでいますが、熱帯雨林の開発やインフラ整備が難航し、なかなか実現しません。カリマンタン島はブルネイ、マレーシア、インドネシアの三国にまたがる島で、植民地支配の歴史的な境界線が今も地図に刻まれています。

観光地として知られるバリ島もありますが、近年は日本人観光客の数が減少しています。

―日本との関わりについて。
日本も島嶼国家であり、地震が多いなど共通点もあります。2004年のスマトラ沖地震では死者・行方不明者は30万人を超えました。経済面では、日本の政府開発援助額は長年インドネシアにとって最大でした。

近年、日本人にとって東南アジアといえばビジネスの盛んなタイやシンガポールを思い浮かべる人が多く、イスラーム圏のインドネシアにはやや距離を感じる人も少なくありません。しかし実は意外な繋がりがあります。ジャカルタ首都圏の鉄道は日本の中古車両を使っていますし、新しい地下鉄は日本の援助で作られました。ただ、インドネシア初の高速鉄道は中国が建設しました。

―中国の影響が拡大しているか。
東南アジア全域に共通する傾向ですが、貿易面での中国の存在感は圧倒的です。援助額でも、日本の10倍以上の資金が約束されており、経済的影響力の差は広がっています。

ただし、インドネシア社会における対中感情はそう単純ではありません。人口の約3割を占めるとされる華人系は、「経済の8割を握る」ともいわれています。こうした構造的な格差が、反華人感情を引き起こすこともあります。1998年、スハルト政権を崩壊させる大規模なデモ(※)が起きましたが、その際には、ジャカルタで激しい反華人暴動が起き、華人街を狙った放火や略奪が発生し、華人女性への暴力も相次ぎました。

※1998年5月12日、学生運動に参加していたトリサクティ大学(ジャカルタ)の学生4人が治安部隊に射殺された。スハルト政権の強権的な政治や、97年アジア通貨危機による経済危機から、学生を中心にしてデモが行われてきたが、彼らの死をきっかけに暴動化し、爆発した怒りの矛先は華人に向けられた。21日、スハルト政権は退陣した。

「なぜ今、デモ」怒りはどこから来たのか


―大規模デモとは、暴力で意見を通すことなのか。
日本人がよく間違えるのが、デモと暴動の違いです。デモがあった瞬間に、日本人は危険な印象を抱くのですが、全然違います。デモは自分の意見を表明する正当な行為です。東南アジアを含めグローバルサウスの人々はよくデモをします。それは意見を通す重要な手段だからです。インドネシア憲法上でも、もちろんデモの権利は保障されています。

問題になるのは、デモが暴動に転じて、略奪、放火といった暴力行為が起きるときです。実際インドネシアでは、2017年には50万人が参加する史上最大のデモ(※)が起きましたが、そのデモの目的はともかくとして、平和的なもので、暴動には全くなっていませんでした。

※2017年、ジャカルタ特別州知事選挙に出馬したアホックに対する反対デモが起きた。アホックは華人でプロテスタントであり、インドネシア首都の知事にふさわしくないとして反対を受けた。彼は選挙期間中の発言から、宗教冒とく罪で2年の禁錮刑を受けた。

―今回のデモの特徴と経緯は。
特徴は大規模であることですね。デモは32州、107か所に広がり、全国規模の運動となりました。主な担い手は、大学生とオンラインタクシーの運転手です。

インドネシアでは、GrabやGojekといったアプリを経由して、タクシーとして車やバイクを手配するサービスがあります。そのようなオンラインアプリに登録し、個人でタクシーの運転手として働くことができます。

このデモは8月25日に始まり、労働者、失業者、学生らが首都ジャカルタの国会前で、まず、国会をつぶせ」と訴え始めました。その後、労働者の権利向上、税制改正、汚職対策などを訴えるようになり、警察との衝突も発生しました。

28日に1人のオンラインタクシーの運転手がデモを鎮圧する機動隊の車に轢かれて亡くなりました。その現場がティックトック(若者に人気の動画配信アプリ)などで拡散され、それを見た人々の怒りが爆発しました。国会議員や警察署への襲撃、放火などが起きたものの、それ以上の大規模な暴力には至りませんでした。むしろ抑えられた方だと言えます。

ちなみに、暴徒化の背後には軍の影が見えます。軍が組織的に関与したというより、一部の軍人が関与したと考えたほうがよいです。軍にとって、政情不安は戒厳令の発令の口実になり、権力掌握の機会にもなり得ます。実際98年暴動の時もこの流れが起きました。今回も、軍関係者と思われる人物が放火している映像がSNSで拡散されました。

―オンラインタクシー運転手の役割も大きい。
このオンライン配車サービスは2015年ごろから急速に普及し、今では数百万人を雇用する重要な産業です。当初は運転手の収入は良かったものの、今は14時間働いても最低賃金に届かない人が多いです。このような個人運転手は「パートナー」とは呼ばれていますが、正規雇用ではないので保険も自費負担です。ちなみに首都ジャカルタの最低賃金は月額4~5万円ですが、これだけで生活することは難しいです。

オンラインタクシー運転手が轢死した28日の夜のデモは、彼らがデモの中心でした。彼らは職業的なネットワークを持ち、連帯感が強いのです。

―大規模な怒りの背景には、どのような社会状況があるのか。
最初の標的となったのは国会議員です。

経済成長率は5%台を維持していますが、雇用状況はよくはありません。大学を出ても仕事が見つからない若者が増え、「海外に逃げよう」という言葉がSNSで流行しました。そうした中、国会議員が自らの宿舎手当を1か月あたり日本円にして約50万円も引き上げ、汚職事件にも対処しなかった。さらに建国記念日に国会議事堂で踊る映像が拡散され、国民の怒りが頂点に達しました。

経済成長を続けるインドネシアでは貧富の格差が広がり、SNSがそれを可視化しています。富裕層の若者が豪邸やプライベートジェットの写真を投稿し、庶民の怒りを買っていました。さらに、「国会をぶっつぶせ」という言葉がSNSで盛り上がると、ある国会議員が、そんなことを言うヤツは世界一バカだと発言し、火に油を注ぎました。

こうした市民の怒りはインドネシアに限りません。バングラデシュ、ネパール、パキスタンでも政権交代を伴うデモが続発しており、さらにアフリカでも類似の現象が起こり、グローバルサウス全体で民衆の抗議が連鎖しています。

若者とデジタル化新たな抗議のかたち


―やはりデジタルメディアの影響が大きいのか。
そうですね。ここまで民衆の怒りが高まり、デモが広がったのも、ティックトックやインスタグラム(若者に人気の写真投稿アプリ)のような、ショート動画の仕組みがあったからだと思います。文字情報よりも、映像の方がドーパミンが多量に出るので気持ちが昂りやすいです。そしてショート動画によって、「みんな集まりましょう」「デモしてるよ」「ネパールとかでもしてるよ」といった情報が伝わって人が集まったと思います。

昔のデモでは、学生運動のリーダーのような人が指導していましたが、今回はいません。リーダーレスと言えるでしょう。むしろ今回は、SNSに数万人のフォロワーのいるインフルエンサーが音頭をとっていました。彼らとフォロワーのネットワークが、今回のデモの重要な核です。

インドネシアでは、ティックトックやインスタグラムなどのSNSが非常に普及しているので、その影響は強いです。例えば、9月はじめにインフルエンサーが「人民の17+8の要求」をまとめました。最初はインターネットに投稿され、路上のデモでも、これを支持するプラカードが見られました。様々なアクターが訴えるバラバラな主張を、まとめて提示するのは賢い戦略だと思います。

17+8の目標の中には、長期目標としての国政改革とともに、治安維持への軍の非関与、議員待遇引き上げの停止、デモによる逮捕者の即時釈放、賃上げなど短期の目標が提起されています。短期目標については9月5日までの実現を求めていましたが、一部しか実現しておらず、デモは続いています。

ちなみに、98年に開発独裁体制が崩壊したときには、大学生が運動の中心でした。そして、当時の活動家たちの中には、今回のデモで重要な役割を果たした人たちもいます。

―宗教や民族的な対立は見られるか。
今回はイスラームの要素は目立ちません。私のような世代はすぐ98年暴動のようになるのではないかと思いましたが、今回は華人に対する攻撃も抑えられました。SNS上では、インフルエンサーたちが「マイノリティを攻撃するな」と呼びかけており、暴動を拡大させない工夫が見られました。こうした平和的な呼びかけが、軍の出動を防いだとも言えます。

権力のマトリクス軍・警察・政治家の軋み


―インドネシアは経済発展していると言われるが、実際の景気は。
長期的には成長していくでしょうが、今の景気は悪いです。最低賃金や雇用状況は楽観できません。一つの理由は、製造業の衰退です。近年はサービス業が伸びていますが、雇用吸収率は製造業のほうが高いので、若者が職にあぶれるリスクが増えています。いわゆる「中進国の罠」(※)に入りつつあると言えるでしょう。

※中所得国のレベルで経済が停滞し、高所得国入りがなかなかできない状況。タイやマレーシアでも、製造業に牽引された経済発展が行き詰まり、この状況に陥ったとされる。

さらに、投資環境も芳しくありません。インドネシアで事業を始めようとすると、各種の許可や手数料など「たかり」がつきまといます。手続きの煩雑さは有名で、「シンガポールで1日でできることが、インドネシアでは1か月かかる」と揶揄されるほどです。これほど大きなマーケットを持ちながら、投資が集まりにくいのは大きな損失です。

―政治の世界では、軍の影響力はいまだ強いのか。
軍と官僚は非常に親しい関係にありますし、多くの政党が軍人出身者を政治家にリクルートしています。軍人は組織統率に長けているため、政党としても頼りになる存在なのです。

一方で、軍と警察の関係は複雑です。もともと警察は軍の一部でしたが分離し、現在は両者の間で利権争いが続いています。近年は警察がビジネス分野で勢力を拡大しています。ドラッグ、人身売買、売春、ギャンブルといった裏社会のネットワークに警察が関与しているという指摘もあります。

―今回のデモで、なぜ警察も標的にされたのか。
交通違反の際の賄賂など、日常的な腐敗に対する市民の不満が背景にあります。庶民の目線では、警察は「金で動く権力」です。そして警察官になるためにもコネと金が必要とされ、試験で正当に採用される人はごくわずかです。そうした構造的な不正が、今回の怒りの矛先の一つになりました。

新大統領とSNS選挙戦略ポップな戦術と再編成


―現大統領のプラボウォは軍人出身。
そうです。2024年に当選した現大統領のプラボウォは32年間開発独裁体制を率いたスハルト元大統領の元娘婿で、98年の民主化運動の時には活動家の弾圧にも関わっていました。その後、軍を追われたのですが、民主化から10年後の2008年に政界に進出し、豊富な資金を生かして自ら政党を立ち上げ、大統領を目指しました。愛国主義的で「かっこいい」広告を打ち出してきましたが、これまで3回続けて大統領選に敗れてきました。今回、初めて勝利したわけです。

―なぜ今回は勝てたのか。
一つには、同情票があったと思います。「もうかわいそうだから」「今回くらいは勝たせてあげよう」という思いが働いたと思います。

もう一つの理由は、リブランディングの成功でしょう。プラボウォ氏は今回、ティックトックでダンス動画を投稿しました。これが大ウケして、「かわいい(gemoy)」と話題になりました。再生回数は20億回以上。これが若者の支持を取り付けたのでしょう。

加えて、人気の高い前大統領ジョコウィの息子を副大統領候補にし、ジョコウィ本人の支持を取り付けたことも大きかったですね。

―選挙にも、デジタル化が影響している点は興味深い。
インドネシアでは、有権者の6割が30歳以下の若者です。彼らに訴えるには、政策よりも「ノリの良さ」が重要なんです。ティックトックやユーチューブで流れる短い動画が、政治を左右するようになっています。

これはインドネシアだけの話ではありません。フィリピンでもマルコス元大統領の息子は父の時代を「黄金時代」と掲げて当選しました。若者たちは、その時代の弾圧や腐敗を知りませんから。日本でも、ショート動画を使った政治メッセージが広がっていますよね。

これから:変化の可能性と限界


―今回のデモによって、何が変わるのか。
正直、すぐに大きく変わるとは思えません。学生たちが掲げた「17+8の要求」も、なかなか実現しません。プラボウォは警察改革を訴えて新たに委員会を作ると言いましたが、まだできていません。警察は自分で同じような委員会を作って、警察関係者で構成員を固めました。このような委員会では、表向きは改革を装っていても、改革は骨抜きされますね。

―それを聞くと、少し絶望的にも感じる。
これまでも希望と落胆の繰り返しですね。

私自身、前大統領ジョコウィがスラカルタ市長だったころに取材したことがあります。彼は超貧困家庭の出身で、自分で努力して大学に進み、市政でも改革派とされていました。その時は「何かが変わりそう」と楽しくなった思い出がありますね。

しかし彼がジャカルタ特別州の知事を経て、大統領になって2期目のころ、自分が批判していた権力集中や汚職を容認してしまいました。前の選挙では、息子を副大統領候補にしました。これには失望も大きかったですね。

―それでも、現地には声を上げ続ける人がいる。
そこが大事なんです。私の親友にも、デモの現場でずっと戦い続けている人がいます。そういう人たちの積み重ねで、少しずつ社会が良くなっていきます。

さいごに:日本の大学生へ


―読者に向けてメッセージを。
日本と東南アジアの関係を考えたとき、日本が「上」という意識を持つ人はいまだに少なくありません。しかし現実には、もはやそうではなくなっています。経済の長期的な成長を見ても明らかなように、東南アジアの国々は確実に力をつけています。これからは、日本人がアジアの人々とどのように関係を築いていくかを真剣に考えないと、日本が取り残されてしまいます。向こうのエリート学生の多くは、英語力も行動力も高く、日本の学生が学ぶべき点がたくさんありますよ。

アジアへの理解を深める機会は、身近にもあります。京都大学では、多様な言語の授業が開講されていますし、全学共通科目でも、私を含めアジア・アフリカ地域研究研究科の教員がアジアに関する授業を担当しています。これが最も身近な入り口かもしれません。さらに、現地に渡航できるプログラムも整っています。ぜひアジアにもっと目を向け、旅行感覚でも構いませんから、そのような機会を積極的に活用してみてほしいと思います。

―ありがとうございました。