〈インタビュー〉新編集員が訊く 教えて!あなたの学問
2025.08.01
「京大に入りたい!」そんな思いを抱えてオープンキャンパスに来られた皆さん。自分が勉強したい学問はきちんと決めていますか? 自分のやりたいことが曖昧なまま学部を選ぶと、いざ専門を固める際にその学部では勉強できなかった、なんてことも……。
進路に悩む受験生のため、本紙では6名の先生方の研究室を訪ね、専門分野について語っていただいた。インタビューを実施したのは、今年京大新聞に入ったばかりの編集員。受験生諸賢のやりたいこと探しの一助となれば幸いだ。(編集部)
言語学 言葉の裏の仕組みを捉える 大竹昌巳 文学研究科准教授
歴史学 人々の語りから歴史を編む 太田出 人間・環境学研究科教授
人類学 野に出て人類の謎を解く 中村美知夫 理学研究科准教授
日本文学 文学が歩んだ時間と向き合う 須田千里 人間・環境学研究科教授
教育学 教育の実態を見つめる 倉石一郎 人間・環境学研究科教授
〈コラム〉学部はどう選ぶべきか
―地球科学はどのような学問か。
今の地球そのものを知ろうとする学問です。地球だけでなく、宇宙のことも扱っています。宇宙ができてから今に至るまでの一連の歴史と、私たちが生きている今起きていることを明らかにして、生命の進化の過程や今後の変化を推測しています。
私は現在、専門の古生物学に加えて、海洋生物(イカや魚類)の耳石を用いた水産学の研究も行っています。1㍉にも満たない耳石に含まれる酸素同位体分析から水温の記録を辿ることで、個体がどの時期にどこに生息したかを調べています。今後の温暖化の進行の中で、生息域がどう変化していくかの予測を立てることが最終目標です。
―研究方法について。
地球科学全体で見ると、研究方法は多岐にわたります。例えば宇宙と水産では全く違います。宇宙だと、光の波長を見たり、観測値の解析をしたりする一方、水産だと魚などを実際に扱います。地球科学はとにかく横断的な学問です。分野としては物理もあるし、化学もあるし、生物もある。宇宙はどちらかというと物理よりになりますし、水産や古生物であれば化学や生物よりになります。一言で表せるような答えはないですね。
―地球科学と他の自然科学との違いは。
大きな違いは、時間軸があることです。他の自然科学は今あるものを扱うことが多いですが、地球科学は宇宙が生まれてから現在までの歴史を扱い、さらにその先に広がる未来のことまでを意識して考えます。そこが大きな視点の違いかなと思います。
また、地球科学には専門にとらわれない視点が必要です。というのも、1つの事象だけでは地球全体を語れないんです。例えば私は元々有孔虫や化石の研究をしていましたが、その分野を生物学の研究者が扱っていなければ、自分が生物学の観点を持って検討しなければいけない。その他にも生物のライフサイクルや、子孫の残し方、環境への適応法、環境の変化や海洋のメカニズムなど……というふうにどんどん扱う対象が広がっていきます。さらに、データを取りまとめて社会に提言をする必要もあります。例えば温暖化が叫ばれている中で、その結果どうなるかということを答えていかなければなりません。より強く俯瞰する力が必要かなと思います。
―現在の研究に至った経緯は。
学生の頃専門を途中で変えたり、1人で研究したりしていた時期がありました。そのときに、世界最高水準の安定同位体分析装置を作りました。その後高等専門学校の教員に採用されて、今度は教育に向き合おうと思いました。その時々で、できない理由を探すのではなく、今ここで何ができるかを考えていました。現在の水産学の研究は、分析装置のことを発信したら多くの研究者が活用してくれるようになって、やり始めたというところですね。
―研究のやりがいや大変なことは。
誰もやったことがない道を歩むことは大変です。私の分析装置で出すデータは全部世界で初めてなので、そのデータの持つ意味を試行錯誤するところからスタートします。想定した結果とは全然違う値が出ることもある。それを失敗だと言って棄却することもできますが、自分で機械を作って間違いがない状況を作り上げているから、出た値を信じるしかありません。だから異常値が真実で、それに出会った時はやっぱり大変ですね。
でもその異常値は、誰も知らなかった新しい現象とか、過去の事実が初めて明らかにしてくれる事も多いです。すぐには理由は見つからないのがほとんどですが、未知の事実を明らかにした時には大きな喜びがあります。また、自分の技術が信頼され、必要とされてそれに応えられたときもやりがいを感じます。
―高校と大学の学びの違いは。
指針があるかないかです。高校までは指針があります。特に意識しなくても道がきちんと引かれていて、選ぶことはできても逸脱することはほとんどありません。ある程度決められたことをやればいいです。でも大学に入った途端に、特に総合人間学部や理学部のように入ってから専門を決める学部では、結構みんな道に迷います。そこでは自分自身をプロデュースしていく必要があり、それが大変である反面,面白みでもあるように思います。
―受験生へのメッセージを。
やはり、出会いを楽しんでほしいです。大学は新しい世界なので、基本的には誰も進むべき道を示してくれない。それまではほとんどの人が同じ道を行っていたのが、大学になると文系や理系、専門分野の違いが生まれます。様々な価値観をもった人たちとも出会います。良くも悪くも、新たな出会いに向き合って楽しんでほしいです。
高校に入った頃はまだみんな真っ白いキャンバスみたいなもので、色々な経験をしながら自分で少しずつ色を塗っていきます。でもそこに鮮やかな色が乗り始めるのは大学以降のことが多いでしょう。汚れる時もあるし、真っ白のままの場合もある。でもそうした出会いが、最終的に自分だけの絵を作っていきます。
そして、信念を持ってチャレンジしてほしいです。私の研究室では「取り返しのつく失敗をたくさんしよう」「前例は自分で作るもの」ということをポリシーにしています。皆さんにも、新しい前例を作ることに躊躇なく取り組んでほしいなと思います。
―ありがとうございました。(聞き手:林・晴)
―言語学はどのような学問か。
言葉を研究する学問です。 特に、言葉の仕組みの解明が中心となります。話者が暗黙の知識として持っている、言葉を使う上での規則を明示することを目指します。
言葉自体の持つ「誰かに何かを伝える」という機能は、伝え方と内容の2つの要素からなります。伝え方は音声や文字があり、それによって内容、つまり意味を伝えるので、言語学では、伝える仕組みや、音声や文字と意味の結びつき方を研究します。
私は文献言語学という、古い文献に残された言語を対象とした研究をしています。専門は千年ほど前に今の中国東北部で使われていた契丹語で、契丹文字の解読をしています。
―研究方法について。
まずは言葉のデータを手に入れます。現代で広く使われている言語については簡単に調査できますが、話者がほとんど残っていない危機言語の場合は、現地に行って話者から言葉を引き出す必要があります。昔の文献を読み解いたり、話者の認知方法について実験したりする場合もあります。次に、入手したデータを分析します。言葉を見てパターンを探し、そのパターンが存在する理由を説明します。
話し手は少ない労力で意図したメッセージを伝えようとするので、効率的に言葉を使おうとする一方で、聞き手に内容を確実に伝えることのできる正確性も求めます。そうしたせめぎ合いの中で、言語には様々な差異が生まれます。その差異を、言葉に特有の性質から導かれる仮説を用いて説明していきます。
―言語学の研究を始めたきっかけは。
元々歴史が好きで、古代日本史を独学で勉強していた際に出会った「魏志」倭人伝が、最初のきっかけです。「魏志」倭人伝には、当時の日本語を漢字で音訳した地名や人名が記載されており、それらが邪馬台国の所在地を解明する手がかりになっています。しかし、漢字の発音は時代によって異なるので、研究者によって解釈が割れていました。私は、実際には当時も特定の発音があったはずなので、それがわかれば所在地を決定できるのではないかと思い、調べていきました。その中で、ある先生がされていた、『日本書紀』に関する言語的な研究の鮮やかさに感動して、言葉の研究は過去を知る上で大きな手がかりになると考えるようになり、言葉の研究をしようと思いました。
1回生のとき暗号解読のゼミを受講したことも、文献言語学に進んだきっかけです。テキストの中に古代文字の解読があり、自分でもやってみたいと思いました。
―研究のやりがいは。
私の専門である古代言語は、今は話者がいません。文字資料だけが残っており、読み方も内容もわからない状態です。しかし文献を見ると、同じ文字が同じ順番で何度も出てくるといった手がかりがあります。それらを分析すると、活用や構造について仮説が見えてきて、それを1つずつ組み立てていくと仮説が確信に変わっていきます。
言葉は相手にわかるように発されているはずですから、過去の言語資料であっても、手がかりを拾っていけば、何が書いてあるのか復元できるでしょう。バラバラのピースを組み立てていくようなものです。今までうまくはまらなかったピースがひらめきでうまくはまったときに、やりがいを感じます。
―逆に、大変な点は。
実は、考えている時間は楽しいので、研究をしていて大変だと思うことはまずありません。しいて言えば、時間が足りないことが大変です。
―京大の言語学研究の特色は。
京大の言語学研究室は「死んだ言語」を研究できる日本で数少ない研究室です。また、学生がやりたい言葉に関連するテーマなら、何でも研究対象にできるのも特徴です。大学や研究室によっては、指導の関係で先生の分野に近いことをしなければならないという制約があるなか、京大の言語は、かつては「先生と同じことはさせてくれない」といわれたほど、学生自身のしたいことの追究を重視しています。
―受験生へのメッセージを。
京大文学部のよい点は、扱う学問領域が幅広いことだと思います。私自身、元々歴史学をしようと思って文学部に入り、結局は言語学の道に進みました。歴史学も言語学も同じ学部の中にあったおかげです。知的好奇心、自分が知りたいという欲求を満たすのには、京大はとてもよいところだと思います。大学を選ぶとき、この学問をすることに将来何の意味があるのか、どのような役に立つのかということを考えがちだと思います。しかし、学問は必ずしも何かの役に立つかどうかという基準から選ぶものではないので、そうした考えからは自由になって、自分の知りたいという気持ちを追求してほしいと思います。言葉に興味のある人は、ぜひ言語学の授業を受けてみてください。
―ありがとうございました。(聞き手:轍・燕)
―歴史学とはどのような学問か。
人間の歩みを明らかにする学問です。歴史学は、過去を振り返った上で現在を把握し、そして未来を考えるための最低限のツールだと考えています。
私はその中でも東洋史学が専門です。特に18世紀後半から日中戦争終結に至るまで、列強諸国の侵略により中国全体が動揺していた激動の時代において、従来の枠組みに閉じ込められていた中国の人々がどのように殻を破って新たな時代を切り開こうとしてきたのかに関心があります。王朝の興亡など支配者側の歴史ではなく、民衆レベルでの変化を解き明かしたいと考えています。
―研究方法について。
一般的な歴史学では、文献史料の信頼性や有効性を見極めるという史料批判の手法を取ることが多いです。この手法は政治史や官僚史など支配者側の歴史を研究する際には有用である一方、一般の民衆に着目する場合はこれだけでは不十分です。一般の民衆は文献史料の中ではあまり描かれないからです。そこで私はフィールドワークを取り入れて、実際に人々にインタビューし、その語りから歴史の残滓を汲み取っています。まず文献を読み、誰にインタビューすべきかを考える。そしてインタビュー後には、史料を読み直して、その証言を様々な立場の文献から裏を取る。さらにそこから生じた疑問をもとに再度インタビューする。このように文献史料とフィールドワークの往還を心がけています。
―具体的な研究テーマは。
博士後期課程在籍中に広東省の農村を訪れて以来、社会科学院という研究機関と共同して主に農村で聞き取り調査を行い、日中戦争・戦後の土地改革・人民公社などの話を尋ねました。
近年残念ながら中国での調査が難しいため、日本でインタビューを行っています。最近は日中戦争期のこと、特に「宣撫官」に関心があります。宣撫官は中国の占領地で民心の安定のために懐柔政策を行う一方で、紙芝居などで日本の統治の正当性を宣伝していました。宣撫官となったのは、20代前後の若者です。私は日本中を回り、その宣撫官の生存者や家族を取材しました。一連の取材を通して見えてきたのは、宣撫官の二面性です。彼ら自身は中国の民衆を「助ける」目的で働いていたのに、中国側からは結局日本の侵略の手先とみなされてしまったのです。一方で宣撫官には中国人もいて、戦後の裁判を恐れて日本に逃れてきた元宣撫官に話を聞いたこともあります。そこで現在私は、戦後間もない頃の中国の新聞記事や関係者へのインタビューを通して、そうした裁判の全貌を捉えようとしています。
―研究のやりがいは。
文献史料とフィールドワークが繋がったと実感できることです。先述の宣撫官の中には、戦後、戦犯として中国の収容所に収監された人もいました。彼らが釈放され帰国した時の雑誌の対談の中で、収監中「養鶏が上手になった」という記述を見つけました。読んだ当時は気に留めていませんでしたが、後のインタビューで、元宣撫官からも養鶏の際に歌を唱った話を聞きました。「皆で力を合わせれば、良い卵を産む鶏が育つ」とする歌には、実は共産主義思想が反映されています。共産党政権が養鶏を通じて元宣撫官の思想を「再教育」しようとしていたことが読み取れるのです。このように、史料とフィールドワークの往復の中で、何気なく見過ごしていたものから重大な発見が出てくることがあります。
―逆に、大変な点は。
インタビューする際に気を配る必要があることですね。例えば文化大革命など政治的に敏感なことは尋ねないようにしています。答え方によっては、調査に協力してくれる人々の今後の生活に影響が出る可能性もあるので、予め中国人研究者に質問内容に問題ないか意見を求めています。質問の仕方にも注意が必要です。単に歴史用語を一問一答形式で投げかけても、答えてはくれません。「あなたの祖先はどこから来ましたか?」といったように、相手が日常的に慣れ親しんだ言葉を使い、語りやすい工夫をする。そうすれば彼らは自発的に話してくれます。常に相手の立場から考えて、彼らの言葉を引き出すということですね。
―高校と大学の世界史の相違点は。
私自身も博士後期課程の頃、大阪の某予備校で世界史の講師として、センター試験や私大対策の授業を担当していました。高校の世界史は国家の成立・変遷過程など支配者側の歴史を自明なものとして「暗記」することが中心となります。これは基礎として重要で、私も講義の際に、学生に高校の歴史の知識を聞くこともあります。
一方で大学の歴史学というのは、「定説」を新たな視点から描き直すという創造的な作業です。ある歴史的事象と同時代の当事者が記した「一次史料」(日記、書簡など)や人々の生の声からどんなものを紡ぎだすかが研究者の関心や人生により様々であることも醍醐味の1つでしょう。
―受験生へのメッセージを。
京大では非常に幅広い研究ができます。皆さんの知的好奇心に対応できる場所だと思います。皆さんの研ぎ澄まされた感覚で日々興味や関心を蓄えて、ぜひそれを京大で爆発させてください。世界のトップランナーとなっている研究者とともに走ることができるのも京大の魅力です。私たちと一緒に走りましょう。
―ありがとうございました。(聞き手:鳥・郷)
―人類学とはどのような学問か。
人類を対象とする総合的な学問です。大きくは人類の社会的・文化的側面について研究する「文化人類学」と、人類の進化や生物学的側面を研究する「自然人類学」に分けられます。
私はヒト以外の霊長類の行動・社会・文化を観察し、ヒトと比較することで、我々人類の行動や社会がどのように進化してきたかを研究しています。霊長類を対象とした研究は生物学をベースにしているため、自然人類学の下位分野に位置づけられます。ただし、私自身は、文化人類学の知見も重視しているため、自らの専門を「自然」人類学と言わずに、たんに「人類学」と言うことが多いです。
―研究方法について。
いわゆるフィールドワークがベースです。具体的には、アフリカ・タンザニアのマハレ山塊国立公園で、野生のチンパンジー集団の行動や社会を観察しています。私の場合、観察には「個体追跡法」を用い、特定の個体を一日中追いかけることが多いです。坂を駆け上ったり藪の中をほふく前進で進んだりしながらチンパンジーを追跡し、何をしたか、何を食べたか、誰と毛づくろいしたかなどを記録します。
―山の中での個体追跡は体力が必要そうに思える。
最低限の体力は必要ですが、桁違いの体力がないとできないというわけではありません。私も年齢が上がってきて若いころのような体力はありませんが、研究を継続できています。過去の経験から適切なペース配分や適度な力の抜き方を考えつつ、限られたエネルギーでどう動くかが重要ですね。体力的な性差が研究に差し支えるということもありません。我々の分野には女性の研究者が多くいます。
―フィールドワークで印象深かった経験は。
霊長類の観察では、群れの社会を詳細に理解するために、1頭ずつ個体を識別し名前を付けます。現在私が調査している集団には約70頭のチンパンジーがおり、基本的には全頭の顔と名前を覚えています。そのため、私はチンパンジーを群れ全体として捉えるというより、それぞれ個性を持った個体として認識しています。
チンパンジーは寿命が長いため、私が30年ほど前に研究を開始した当初から生きている個体もいます。そういった個体への思い入れは特に強くなりがちです。
チンパンジーを個々で捉え、長く関わり続けているためか、ある個体が何度か夢の中に出てきたことがあったことがあり、それはとても印象深いです。
―研究のやりがいは。
チンパンジーの日々の行動は基本的には同じことの繰り返しで、頻繁に珍しいことが起きたり新しい発見をしたりするわけではありません。それでも観察を続けていると、まれに、初めて見る行動を目撃したり、疑問の解決につながるような発見をしたりする瞬間があります。その瞬間は非常に感動し、ワクワクもします。
―逆に、大変な点は。
研究費を取ることが大変ですね。我々の調査は、最先端の実験研究のように何億円の機材が必要といった規模ではなく、毎年数百万円程度がコンスタントにあれば良いのですが、「コンスタントに取る」というのが結構大変です。今の研究費システムは「短期的にどのような成果が上がるか」という基準でお金が出ることが多いのですが、フィールドワークは数年で確実に結果が出るという保証がしづらく、折り合いをつけるのに苦悩します。
―人類学の道に進まれたきっかけは。
私もかつて京大の理学部生で、生物学をやろうと思っていました。3回生のときに嵐山でニホンザルを観察する実習に参加し、霊長類を対象とするフィールドワークの面白さを知りました。院に進むに際して、生物学への興味と同時に人間のことも理解したいと思うようになり、人類進化論研究室を選びました。この研究室では絶対にチンパンジーを研究しなければならないというわけではないのですが、当時の教授から「チンパンジーやらんか」と言われ、無料でアフリカに行けるのなら、という気持ちからマハレでの調査を開始しました(笑)。
―人類学や霊長類に興味のある受験生にぜひやってほしいことは。
霊長類に関して書かれた一般向けの和書は比較的たくさんあるので、読んでみると良いと思います。もし大学に入る前からフィールドワークをしたいということであれば、中高生向けの自然観察会などに参加してみるのも良いでしょう。身近な植物や昆虫を観察することも後々役に立ちます。霊長類の行動に関心がある方は、動物園に行ってサルの個体識別をしてみてはいかがでしょう。個体識別ができるとそれぞれの性格や個体間の関係が見えるようになるので、非常に面白いと思います。
―受験生へのメッセージを。
京都大学の一番の魅力は自由の学風と言われています。残念ながら近年は様々な制約も増えてきていますが、学生にはやりたいことを自由にやらせたいと考えている教員はまだまだ多いと思います。自由に学問をやりたい方はぜひ京大を目指してほしいです。
私は、主に1回生が履修する全学共通科目の「自然人類学Ⅰ」の授業を担当しています。この講義は文系の学生も受講できます。文系科目だけしか勉強していない人は、「人間も生き物だ」ということをつい忘れてしまいがちです。ヒトと進化的に近いチンパンジーについて知ることで、新たな視点を得られると思います。
京大に来たら、全学共通科目は理系や文系を問わず、面白そうな授業を自由に取ってみると良いと思います。私としては、その中に自然人類学の授業が入っていたら嬉しいです。
―ありがとうございました。(聞き手:梅・晴)
―教育学とはどのような学問か。
教育や人間形成に関するテーマについて考える学問です。教育学の中には教育哲学、教育行政学、教育心理学などがあり、その1つが私が専門とする教育社会学です。それぞれアプローチは違えど、問題や関心は教育に共通しています。教育経験に人生を左右されてしまう場合があるように、現代では教育が大きな存在感をもって社会や人生に深く食い込んでいます。教育社会学ではそうした社会の編成を理解するために、教育という着眼点を用いています。教育学と社会学が重なり合う領域ですね。教育社会学には社会の格差や不平等という大きなテーマがあり、教育における建前や美しい理念の中に潜む実情や本音を分析することを目指しています。固有の理念や学問的基盤があるわけではなく、哲学や心理学、社会学など様々な分野を応用して、学校という人づくりのシステムを問い直すための問題設定をしています。教育社会学という学問を武器にすれば、「不平等が生まれるのは個人の資質の問題で、努力が足りなかったからだ」という、長い間通用してきた自己責任論を全部壊して、世界をもう少し正しく解釈できると考えています。
―研究方法について。
フィールドワークや聞き取り調査、文献調査を行います。歴史学的な手法をとる研究では、学校を訪ね歩いて保管されている資料を見せてもらったり、地元の人と知り合って家に資料がないか聞いたりします。他には体験談を聞いたり、学校を訪問して観察者として教室の日常を内側から見つめたりもします。全学共通科目の授業では、学校や教師、生徒の姿を描いた映画や小説などのフィクション作品から、教育や人間形成に関する普遍的な問題を引き出す試みも行っています。スクールカーストや学校におけるジェンダー差別、部落差別など、教育現場の現実を直視している作品を取り上げて、背後にある歴史的状況、教育制度を詳しく分析するという手法です。
―研究のやりがいは。
私の研究テーマはニッチなので公的な資料が残っていないことも多く、資料を探し当てた時は宝さがしみたいに「やった」と思います。ほかの人が使ったことのない資料を使って論文を書いたときも嬉しくなりますね。また、以前「福祉教員」という昔の役職について自分の直感と関心だけを頼りに調査していたのですが、この制度が当時注目を集めていた「SSW(スクール・ソーシャル・ワーカー)」という役割と重なっていると気づいたときには、大きな充実感を得ました。
―逆に、大変な点は。
苦労したのは、私は工学部から転身したので教育を論じる「流儀」がなかなかわからなかったことです。また、博士論文を書くために小学校でフィールドワークをしたときに、人付き合いが苦手で、学校側との連携がうまくいかず小学校の先生から「迷惑だからもうこないでくれ」と言われたこともありました。
―教育社会学を志した理由は。
自分も含めた現代社会で生きている人間がどんなふうにして大人になっていくのか、大人にならされていくのかというカラクリに、興味があったからかもしれません。自分が関東の進学校である中高一貫校に通っていたというバックグラウンドもあり、自分とは縁遠くて知らなかった「異質な世界」の実情、例えば高知県の同和教育や関西の学校での在日朝鮮人教育などを知りたくなったのもあります。
―先生は14年間京大で学生生活を送られていた。京大で学ぶことの魅力は。
京大界隈は特殊な場で、良くも悪くも世間の色々な動きから隔絶されていて、社会的なニュースにすごく鈍感になる一面もあります。京大は少しアンビバレントな場所なので、功罪相半ばするところがあると思います。京大の研究も主流からは外れた、ある意味世間知らずな部分があって、でも、それが長い目でみたら学問として大事な役割を果たすことにも繋がっています。もちろん私自身はこの環境から切り離して現在の自分は考えられません。工学部から人間・環境学研究科に進んで教育社会学の道を選べたのも、自由に幅広く学べる環境があってこそです。とてもいい環境だし、上手に利用するのが一番いいのではないでしょうか。
―受験生へのメッセージを。
京大を目指せるというのはそれだけで、特権的な立場にあったり、気づかないところで大きなアドバンテージをもっていたりする場合がほとんどです。志望大学に入っても、普通に大学生活を送っている、同質の「エリート」的な人しか周りにいないから、最後まで世の中や社会の実情というものを感知しないまま卒業することになりかねない。しかし自分の近くにはない、見えない存在の方にこそ、社会的な意味があると思います。大学で出会う学問の中には、無意識の自明性に切り込むような学問があります。教育社会学ももちろんそうです。そこで聞かされる話が、これまでの自分の信念や信条に反する不愉快な言葉やノイズに聞こえたとしても、耳を塞がずにもう少し不愉快さに耐えてほしい。その時に今まで見えていなかったもの、出会えていなかった世界と出会えるチャンスがあると思います。それぞれの行先でいい出会いに恵まれることを祈っています。
―ありがとうございました。(聞き手:悠・郷)
京大には10の学部がある。この学部の選び方は、受験生が直面する難題の1つだ。
大前提として、自分の進みたい学問分野がどの学部に属するかを知っておこう。この際、文学部が歴史学など文学以外も、農学部が生物学など農業以外も勉強できるように、学部名は「体を表すわけではない」ことに注意が必要だ。
複数学部に似た学問分野の研究室が存在する場合は、各学部の特色を考慮する必要がある。例えば、京大では心理学の研究室が文・教育・総合人間の3学部に置かれている。しかし、文学部は実験心理学など基礎研究が、総合人間学部は神経心理学、また社会心理学や精神分析など社会や文化に絡めた研究が、教育学部ではカウンセリングなどの臨床研究が盛んである。理系学部でも、理学部は基礎研究の色彩が色濃い一方、工学部や農学部は社会への応用を中心的に研究しているので、好みの学部を選択した方がよいだろう。医学部・薬学部は専門職養成の側面が強く、研究ベースの他学部とは大きく異なる。逆に、教育学部は教員養成を目的としていない点も注意すべきだろう。
教員の研究内容にも注目しておいた方がよい。仮に日本近代文学を研究しようとした場合、総合人間学部には専門の教員がいるが、文学部には近世国文学までしか教員が所属していない。
出願までに、自分の勉強したい学問分野をある程度固めておこう。その分野の教員の所属学部も、パンフレットなどで調べておくのが賢明だ。(晴)
進路に悩む受験生のため、本紙では6名の先生方の研究室を訪ね、専門分野について語っていただいた。インタビューを実施したのは、今年京大新聞に入ったばかりの編集員。受験生諸賢のやりたいこと探しの一助となれば幸いだ。(編集部)
目次
地球科学 地球の過去から未来を考える 石村豊穂 人間・環境学研究科教授言語学 言葉の裏の仕組みを捉える 大竹昌巳 文学研究科准教授
歴史学 人々の語りから歴史を編む 太田出 人間・環境学研究科教授
人類学 野に出て人類の謎を解く 中村美知夫 理学研究科准教授
日本文学 文学が歩んだ時間と向き合う 須田千里 人間・環境学研究科教授
教育学 教育の実態を見つめる 倉石一郎 人間・環境学研究科教授
〈コラム〉学部はどう選ぶべきか
地球科学 地球の過去から未来を考える 石村豊穂 人間・環境学研究科教授
―地球科学はどのような学問か。
今の地球そのものを知ろうとする学問です。地球だけでなく、宇宙のことも扱っています。宇宙ができてから今に至るまでの一連の歴史と、私たちが生きている今起きていることを明らかにして、生命の進化の過程や今後の変化を推測しています。
私は現在、専門の古生物学に加えて、海洋生物(イカや魚類)の耳石を用いた水産学の研究も行っています。1㍉にも満たない耳石に含まれる酸素同位体分析から水温の記録を辿ることで、個体がどの時期にどこに生息したかを調べています。今後の温暖化の進行の中で、生息域がどう変化していくかの予測を立てることが最終目標です。
―研究方法について。
地球科学全体で見ると、研究方法は多岐にわたります。例えば宇宙と水産では全く違います。宇宙だと、光の波長を見たり、観測値の解析をしたりする一方、水産だと魚などを実際に扱います。地球科学はとにかく横断的な学問です。分野としては物理もあるし、化学もあるし、生物もある。宇宙はどちらかというと物理よりになりますし、水産や古生物であれば化学や生物よりになります。一言で表せるような答えはないですね。
―地球科学と他の自然科学との違いは。
大きな違いは、時間軸があることです。他の自然科学は今あるものを扱うことが多いですが、地球科学は宇宙が生まれてから現在までの歴史を扱い、さらにその先に広がる未来のことまでを意識して考えます。そこが大きな視点の違いかなと思います。
また、地球科学には専門にとらわれない視点が必要です。というのも、1つの事象だけでは地球全体を語れないんです。例えば私は元々有孔虫や化石の研究をしていましたが、その分野を生物学の研究者が扱っていなければ、自分が生物学の観点を持って検討しなければいけない。その他にも生物のライフサイクルや、子孫の残し方、環境への適応法、環境の変化や海洋のメカニズムなど……というふうにどんどん扱う対象が広がっていきます。さらに、データを取りまとめて社会に提言をする必要もあります。例えば温暖化が叫ばれている中で、その結果どうなるかということを答えていかなければなりません。より強く俯瞰する力が必要かなと思います。
―現在の研究に至った経緯は。
学生の頃専門を途中で変えたり、1人で研究したりしていた時期がありました。そのときに、世界最高水準の安定同位体分析装置を作りました。その後高等専門学校の教員に採用されて、今度は教育に向き合おうと思いました。その時々で、できない理由を探すのではなく、今ここで何ができるかを考えていました。現在の水産学の研究は、分析装置のことを発信したら多くの研究者が活用してくれるようになって、やり始めたというところですね。
―研究のやりがいや大変なことは。
誰もやったことがない道を歩むことは大変です。私の分析装置で出すデータは全部世界で初めてなので、そのデータの持つ意味を試行錯誤するところからスタートします。想定した結果とは全然違う値が出ることもある。それを失敗だと言って棄却することもできますが、自分で機械を作って間違いがない状況を作り上げているから、出た値を信じるしかありません。だから異常値が真実で、それに出会った時はやっぱり大変ですね。
でもその異常値は、誰も知らなかった新しい現象とか、過去の事実が初めて明らかにしてくれる事も多いです。すぐには理由は見つからないのがほとんどですが、未知の事実を明らかにした時には大きな喜びがあります。また、自分の技術が信頼され、必要とされてそれに応えられたときもやりがいを感じます。
―高校と大学の学びの違いは。
指針があるかないかです。高校までは指針があります。特に意識しなくても道がきちんと引かれていて、選ぶことはできても逸脱することはほとんどありません。ある程度決められたことをやればいいです。でも大学に入った途端に、特に総合人間学部や理学部のように入ってから専門を決める学部では、結構みんな道に迷います。そこでは自分自身をプロデュースしていく必要があり、それが大変である反面,面白みでもあるように思います。
―受験生へのメッセージを。
やはり、出会いを楽しんでほしいです。大学は新しい世界なので、基本的には誰も進むべき道を示してくれない。それまではほとんどの人が同じ道を行っていたのが、大学になると文系や理系、専門分野の違いが生まれます。様々な価値観をもった人たちとも出会います。良くも悪くも、新たな出会いに向き合って楽しんでほしいです。
高校に入った頃はまだみんな真っ白いキャンバスみたいなもので、色々な経験をしながら自分で少しずつ色を塗っていきます。でもそこに鮮やかな色が乗り始めるのは大学以降のことが多いでしょう。汚れる時もあるし、真っ白のままの場合もある。でもそうした出会いが、最終的に自分だけの絵を作っていきます。
そして、信念を持ってチャレンジしてほしいです。私の研究室では「取り返しのつく失敗をたくさんしよう」「前例は自分で作るもの」ということをポリシーにしています。皆さんにも、新しい前例を作ることに躊躇なく取り組んでほしいなと思います。
―ありがとうございました。(聞き手:林・晴)
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言語学 言葉の裏の仕組みを捉える 大竹昌巳 文学研究科准教授
―言語学はどのような学問か。
言葉を研究する学問です。 特に、言葉の仕組みの解明が中心となります。話者が暗黙の知識として持っている、言葉を使う上での規則を明示することを目指します。
言葉自体の持つ「誰かに何かを伝える」という機能は、伝え方と内容の2つの要素からなります。伝え方は音声や文字があり、それによって内容、つまり意味を伝えるので、言語学では、伝える仕組みや、音声や文字と意味の結びつき方を研究します。
私は文献言語学という、古い文献に残された言語を対象とした研究をしています。専門は千年ほど前に今の中国東北部で使われていた契丹語で、契丹文字の解読をしています。
―研究方法について。
まずは言葉のデータを手に入れます。現代で広く使われている言語については簡単に調査できますが、話者がほとんど残っていない危機言語の場合は、現地に行って話者から言葉を引き出す必要があります。昔の文献を読み解いたり、話者の認知方法について実験したりする場合もあります。次に、入手したデータを分析します。言葉を見てパターンを探し、そのパターンが存在する理由を説明します。
話し手は少ない労力で意図したメッセージを伝えようとするので、効率的に言葉を使おうとする一方で、聞き手に内容を確実に伝えることのできる正確性も求めます。そうしたせめぎ合いの中で、言語には様々な差異が生まれます。その差異を、言葉に特有の性質から導かれる仮説を用いて説明していきます。
―言語学の研究を始めたきっかけは。
元々歴史が好きで、古代日本史を独学で勉強していた際に出会った「魏志」倭人伝が、最初のきっかけです。「魏志」倭人伝には、当時の日本語を漢字で音訳した地名や人名が記載されており、それらが邪馬台国の所在地を解明する手がかりになっています。しかし、漢字の発音は時代によって異なるので、研究者によって解釈が割れていました。私は、実際には当時も特定の発音があったはずなので、それがわかれば所在地を決定できるのではないかと思い、調べていきました。その中で、ある先生がされていた、『日本書紀』に関する言語的な研究の鮮やかさに感動して、言葉の研究は過去を知る上で大きな手がかりになると考えるようになり、言葉の研究をしようと思いました。
1回生のとき暗号解読のゼミを受講したことも、文献言語学に進んだきっかけです。テキストの中に古代文字の解読があり、自分でもやってみたいと思いました。
―研究のやりがいは。
私の専門である古代言語は、今は話者がいません。文字資料だけが残っており、読み方も内容もわからない状態です。しかし文献を見ると、同じ文字が同じ順番で何度も出てくるといった手がかりがあります。それらを分析すると、活用や構造について仮説が見えてきて、それを1つずつ組み立てていくと仮説が確信に変わっていきます。
言葉は相手にわかるように発されているはずですから、過去の言語資料であっても、手がかりを拾っていけば、何が書いてあるのか復元できるでしょう。バラバラのピースを組み立てていくようなものです。今までうまくはまらなかったピースがひらめきでうまくはまったときに、やりがいを感じます。
―逆に、大変な点は。
実は、考えている時間は楽しいので、研究をしていて大変だと思うことはまずありません。しいて言えば、時間が足りないことが大変です。
―京大の言語学研究の特色は。
京大の言語学研究室は「死んだ言語」を研究できる日本で数少ない研究室です。また、学生がやりたい言葉に関連するテーマなら、何でも研究対象にできるのも特徴です。大学や研究室によっては、指導の関係で先生の分野に近いことをしなければならないという制約があるなか、京大の言語は、かつては「先生と同じことはさせてくれない」といわれたほど、学生自身のしたいことの追究を重視しています。
―受験生へのメッセージを。
京大文学部のよい点は、扱う学問領域が幅広いことだと思います。私自身、元々歴史学をしようと思って文学部に入り、結局は言語学の道に進みました。歴史学も言語学も同じ学部の中にあったおかげです。知的好奇心、自分が知りたいという欲求を満たすのには、京大はとてもよいところだと思います。大学を選ぶとき、この学問をすることに将来何の意味があるのか、どのような役に立つのかということを考えがちだと思います。しかし、学問は必ずしも何かの役に立つかどうかという基準から選ぶものではないので、そうした考えからは自由になって、自分の知りたいという気持ちを追求してほしいと思います。言葉に興味のある人は、ぜひ言語学の授業を受けてみてください。
―ありがとうございました。(聞き手:轍・燕)
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歴史学 人々の語りから歴史を編む 太田出 人間・環境学研究科教授
―歴史学とはどのような学問か。
人間の歩みを明らかにする学問です。歴史学は、過去を振り返った上で現在を把握し、そして未来を考えるための最低限のツールだと考えています。
私はその中でも東洋史学が専門です。特に18世紀後半から日中戦争終結に至るまで、列強諸国の侵略により中国全体が動揺していた激動の時代において、従来の枠組みに閉じ込められていた中国の人々がどのように殻を破って新たな時代を切り開こうとしてきたのかに関心があります。王朝の興亡など支配者側の歴史ではなく、民衆レベルでの変化を解き明かしたいと考えています。
―研究方法について。
一般的な歴史学では、文献史料の信頼性や有効性を見極めるという史料批判の手法を取ることが多いです。この手法は政治史や官僚史など支配者側の歴史を研究する際には有用である一方、一般の民衆に着目する場合はこれだけでは不十分です。一般の民衆は文献史料の中ではあまり描かれないからです。そこで私はフィールドワークを取り入れて、実際に人々にインタビューし、その語りから歴史の残滓を汲み取っています。まず文献を読み、誰にインタビューすべきかを考える。そしてインタビュー後には、史料を読み直して、その証言を様々な立場の文献から裏を取る。さらにそこから生じた疑問をもとに再度インタビューする。このように文献史料とフィールドワークの往還を心がけています。
―具体的な研究テーマは。
博士後期課程在籍中に広東省の農村を訪れて以来、社会科学院という研究機関と共同して主に農村で聞き取り調査を行い、日中戦争・戦後の土地改革・人民公社などの話を尋ねました。
近年残念ながら中国での調査が難しいため、日本でインタビューを行っています。最近は日中戦争期のこと、特に「宣撫官」に関心があります。宣撫官は中国の占領地で民心の安定のために懐柔政策を行う一方で、紙芝居などで日本の統治の正当性を宣伝していました。宣撫官となったのは、20代前後の若者です。私は日本中を回り、その宣撫官の生存者や家族を取材しました。一連の取材を通して見えてきたのは、宣撫官の二面性です。彼ら自身は中国の民衆を「助ける」目的で働いていたのに、中国側からは結局日本の侵略の手先とみなされてしまったのです。一方で宣撫官には中国人もいて、戦後の裁判を恐れて日本に逃れてきた元宣撫官に話を聞いたこともあります。そこで現在私は、戦後間もない頃の中国の新聞記事や関係者へのインタビューを通して、そうした裁判の全貌を捉えようとしています。
―研究のやりがいは。
文献史料とフィールドワークが繋がったと実感できることです。先述の宣撫官の中には、戦後、戦犯として中国の収容所に収監された人もいました。彼らが釈放され帰国した時の雑誌の対談の中で、収監中「養鶏が上手になった」という記述を見つけました。読んだ当時は気に留めていませんでしたが、後のインタビューで、元宣撫官からも養鶏の際に歌を唱った話を聞きました。「皆で力を合わせれば、良い卵を産む鶏が育つ」とする歌には、実は共産主義思想が反映されています。共産党政権が養鶏を通じて元宣撫官の思想を「再教育」しようとしていたことが読み取れるのです。このように、史料とフィールドワークの往復の中で、何気なく見過ごしていたものから重大な発見が出てくることがあります。
―逆に、大変な点は。
インタビューする際に気を配る必要があることですね。例えば文化大革命など政治的に敏感なことは尋ねないようにしています。答え方によっては、調査に協力してくれる人々の今後の生活に影響が出る可能性もあるので、予め中国人研究者に質問内容に問題ないか意見を求めています。質問の仕方にも注意が必要です。単に歴史用語を一問一答形式で投げかけても、答えてはくれません。「あなたの祖先はどこから来ましたか?」といったように、相手が日常的に慣れ親しんだ言葉を使い、語りやすい工夫をする。そうすれば彼らは自発的に話してくれます。常に相手の立場から考えて、彼らの言葉を引き出すということですね。
―高校と大学の世界史の相違点は。
私自身も博士後期課程の頃、大阪の某予備校で世界史の講師として、センター試験や私大対策の授業を担当していました。高校の世界史は国家の成立・変遷過程など支配者側の歴史を自明なものとして「暗記」することが中心となります。これは基礎として重要で、私も講義の際に、学生に高校の歴史の知識を聞くこともあります。
一方で大学の歴史学というのは、「定説」を新たな視点から描き直すという創造的な作業です。ある歴史的事象と同時代の当事者が記した「一次史料」(日記、書簡など)や人々の生の声からどんなものを紡ぎだすかが研究者の関心や人生により様々であることも醍醐味の1つでしょう。
―受験生へのメッセージを。
京大では非常に幅広い研究ができます。皆さんの知的好奇心に対応できる場所だと思います。皆さんの研ぎ澄まされた感覚で日々興味や関心を蓄えて、ぜひそれを京大で爆発させてください。世界のトップランナーとなっている研究者とともに走ることができるのも京大の魅力です。私たちと一緒に走りましょう。
―ありがとうございました。(聞き手:鳥・郷)
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人類学 野に出て人類の謎を解く 中村美知夫 理学研究科准教授
―人類学とはどのような学問か。
人類を対象とする総合的な学問です。大きくは人類の社会的・文化的側面について研究する「文化人類学」と、人類の進化や生物学的側面を研究する「自然人類学」に分けられます。
私はヒト以外の霊長類の行動・社会・文化を観察し、ヒトと比較することで、我々人類の行動や社会がどのように進化してきたかを研究しています。霊長類を対象とした研究は生物学をベースにしているため、自然人類学の下位分野に位置づけられます。ただし、私自身は、文化人類学の知見も重視しているため、自らの専門を「自然」人類学と言わずに、たんに「人類学」と言うことが多いです。
―研究方法について。
いわゆるフィールドワークがベースです。具体的には、アフリカ・タンザニアのマハレ山塊国立公園で、野生のチンパンジー集団の行動や社会を観察しています。私の場合、観察には「個体追跡法」を用い、特定の個体を一日中追いかけることが多いです。坂を駆け上ったり藪の中をほふく前進で進んだりしながらチンパンジーを追跡し、何をしたか、何を食べたか、誰と毛づくろいしたかなどを記録します。
―山の中での個体追跡は体力が必要そうに思える。
最低限の体力は必要ですが、桁違いの体力がないとできないというわけではありません。私も年齢が上がってきて若いころのような体力はありませんが、研究を継続できています。過去の経験から適切なペース配分や適度な力の抜き方を考えつつ、限られたエネルギーでどう動くかが重要ですね。体力的な性差が研究に差し支えるということもありません。我々の分野には女性の研究者が多くいます。
―フィールドワークで印象深かった経験は。
霊長類の観察では、群れの社会を詳細に理解するために、1頭ずつ個体を識別し名前を付けます。現在私が調査している集団には約70頭のチンパンジーがおり、基本的には全頭の顔と名前を覚えています。そのため、私はチンパンジーを群れ全体として捉えるというより、それぞれ個性を持った個体として認識しています。
チンパンジーは寿命が長いため、私が30年ほど前に研究を開始した当初から生きている個体もいます。そういった個体への思い入れは特に強くなりがちです。
チンパンジーを個々で捉え、長く関わり続けているためか、ある個体が何度か夢の中に出てきたことがあったことがあり、それはとても印象深いです。
―研究のやりがいは。
チンパンジーの日々の行動は基本的には同じことの繰り返しで、頻繁に珍しいことが起きたり新しい発見をしたりするわけではありません。それでも観察を続けていると、まれに、初めて見る行動を目撃したり、疑問の解決につながるような発見をしたりする瞬間があります。その瞬間は非常に感動し、ワクワクもします。
―逆に、大変な点は。
研究費を取ることが大変ですね。我々の調査は、最先端の実験研究のように何億円の機材が必要といった規模ではなく、毎年数百万円程度がコンスタントにあれば良いのですが、「コンスタントに取る」というのが結構大変です。今の研究費システムは「短期的にどのような成果が上がるか」という基準でお金が出ることが多いのですが、フィールドワークは数年で確実に結果が出るという保証がしづらく、折り合いをつけるのに苦悩します。
―人類学の道に進まれたきっかけは。
私もかつて京大の理学部生で、生物学をやろうと思っていました。3回生のときに嵐山でニホンザルを観察する実習に参加し、霊長類を対象とするフィールドワークの面白さを知りました。院に進むに際して、生物学への興味と同時に人間のことも理解したいと思うようになり、人類進化論研究室を選びました。この研究室では絶対にチンパンジーを研究しなければならないというわけではないのですが、当時の教授から「チンパンジーやらんか」と言われ、無料でアフリカに行けるのなら、という気持ちからマハレでの調査を開始しました(笑)。
―人類学や霊長類に興味のある受験生にぜひやってほしいことは。
霊長類に関して書かれた一般向けの和書は比較的たくさんあるので、読んでみると良いと思います。もし大学に入る前からフィールドワークをしたいということであれば、中高生向けの自然観察会などに参加してみるのも良いでしょう。身近な植物や昆虫を観察することも後々役に立ちます。霊長類の行動に関心がある方は、動物園に行ってサルの個体識別をしてみてはいかがでしょう。個体識別ができるとそれぞれの性格や個体間の関係が見えるようになるので、非常に面白いと思います。
―受験生へのメッセージを。
京都大学の一番の魅力は自由の学風と言われています。残念ながら近年は様々な制約も増えてきていますが、学生にはやりたいことを自由にやらせたいと考えている教員はまだまだ多いと思います。自由に学問をやりたい方はぜひ京大を目指してほしいです。
私は、主に1回生が履修する全学共通科目の「自然人類学Ⅰ」の授業を担当しています。この講義は文系の学生も受講できます。文系科目だけしか勉強していない人は、「人間も生き物だ」ということをつい忘れてしまいがちです。ヒトと進化的に近いチンパンジーについて知ることで、新たな視点を得られると思います。
京大に来たら、全学共通科目は理系や文系を問わず、面白そうな授業を自由に取ってみると良いと思います。私としては、その中に自然人類学の授業が入っていたら嬉しいです。
―ありがとうございました。(聞き手:梅・晴)
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日本文学 文学が歩んだ時間と向き合う 須田千里 人間・環境学研究科教授
※本記事は、紙面のみの掲載とさせていただきます。紙面をお買い求めの上お読みください
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教育学 教育の実態を見つめる 倉石一郎 人間・環境学研究科教授
―教育学とはどのような学問か。
教育や人間形成に関するテーマについて考える学問です。教育学の中には教育哲学、教育行政学、教育心理学などがあり、その1つが私が専門とする教育社会学です。それぞれアプローチは違えど、問題や関心は教育に共通しています。教育経験に人生を左右されてしまう場合があるように、現代では教育が大きな存在感をもって社会や人生に深く食い込んでいます。教育社会学ではそうした社会の編成を理解するために、教育という着眼点を用いています。教育学と社会学が重なり合う領域ですね。教育社会学には社会の格差や不平等という大きなテーマがあり、教育における建前や美しい理念の中に潜む実情や本音を分析することを目指しています。固有の理念や学問的基盤があるわけではなく、哲学や心理学、社会学など様々な分野を応用して、学校という人づくりのシステムを問い直すための問題設定をしています。教育社会学という学問を武器にすれば、「不平等が生まれるのは個人の資質の問題で、努力が足りなかったからだ」という、長い間通用してきた自己責任論を全部壊して、世界をもう少し正しく解釈できると考えています。
―研究方法について。
フィールドワークや聞き取り調査、文献調査を行います。歴史学的な手法をとる研究では、学校を訪ね歩いて保管されている資料を見せてもらったり、地元の人と知り合って家に資料がないか聞いたりします。他には体験談を聞いたり、学校を訪問して観察者として教室の日常を内側から見つめたりもします。全学共通科目の授業では、学校や教師、生徒の姿を描いた映画や小説などのフィクション作品から、教育や人間形成に関する普遍的な問題を引き出す試みも行っています。スクールカーストや学校におけるジェンダー差別、部落差別など、教育現場の現実を直視している作品を取り上げて、背後にある歴史的状況、教育制度を詳しく分析するという手法です。
―研究のやりがいは。
私の研究テーマはニッチなので公的な資料が残っていないことも多く、資料を探し当てた時は宝さがしみたいに「やった」と思います。ほかの人が使ったことのない資料を使って論文を書いたときも嬉しくなりますね。また、以前「福祉教員」という昔の役職について自分の直感と関心だけを頼りに調査していたのですが、この制度が当時注目を集めていた「SSW(スクール・ソーシャル・ワーカー)」という役割と重なっていると気づいたときには、大きな充実感を得ました。
―逆に、大変な点は。
苦労したのは、私は工学部から転身したので教育を論じる「流儀」がなかなかわからなかったことです。また、博士論文を書くために小学校でフィールドワークをしたときに、人付き合いが苦手で、学校側との連携がうまくいかず小学校の先生から「迷惑だからもうこないでくれ」と言われたこともありました。
―教育社会学を志した理由は。
自分も含めた現代社会で生きている人間がどんなふうにして大人になっていくのか、大人にならされていくのかというカラクリに、興味があったからかもしれません。自分が関東の進学校である中高一貫校に通っていたというバックグラウンドもあり、自分とは縁遠くて知らなかった「異質な世界」の実情、例えば高知県の同和教育や関西の学校での在日朝鮮人教育などを知りたくなったのもあります。
―先生は14年間京大で学生生活を送られていた。京大で学ぶことの魅力は。
京大界隈は特殊な場で、良くも悪くも世間の色々な動きから隔絶されていて、社会的なニュースにすごく鈍感になる一面もあります。京大は少しアンビバレントな場所なので、功罪相半ばするところがあると思います。京大の研究も主流からは外れた、ある意味世間知らずな部分があって、でも、それが長い目でみたら学問として大事な役割を果たすことにも繋がっています。もちろん私自身はこの環境から切り離して現在の自分は考えられません。工学部から人間・環境学研究科に進んで教育社会学の道を選べたのも、自由に幅広く学べる環境があってこそです。とてもいい環境だし、上手に利用するのが一番いいのではないでしょうか。
―受験生へのメッセージを。
京大を目指せるというのはそれだけで、特権的な立場にあったり、気づかないところで大きなアドバンテージをもっていたりする場合がほとんどです。志望大学に入っても、普通に大学生活を送っている、同質の「エリート」的な人しか周りにいないから、最後まで世の中や社会の実情というものを感知しないまま卒業することになりかねない。しかし自分の近くにはない、見えない存在の方にこそ、社会的な意味があると思います。大学で出会う学問の中には、無意識の自明性に切り込むような学問があります。教育社会学ももちろんそうです。そこで聞かされる話が、これまでの自分の信念や信条に反する不愉快な言葉やノイズに聞こえたとしても、耳を塞がずにもう少し不愉快さに耐えてほしい。その時に今まで見えていなかったもの、出会えていなかった世界と出会えるチャンスがあると思います。それぞれの行先でいい出会いに恵まれることを祈っています。
―ありがとうございました。(聞き手:悠・郷)
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〈コラム〉学部はどう選ぶべきか
京大には10の学部がある。この学部の選び方は、受験生が直面する難題の1つだ。
大前提として、自分の進みたい学問分野がどの学部に属するかを知っておこう。この際、文学部が歴史学など文学以外も、農学部が生物学など農業以外も勉強できるように、学部名は「体を表すわけではない」ことに注意が必要だ。
複数学部に似た学問分野の研究室が存在する場合は、各学部の特色を考慮する必要がある。例えば、京大では心理学の研究室が文・教育・総合人間の3学部に置かれている。しかし、文学部は実験心理学など基礎研究が、総合人間学部は神経心理学、また社会心理学や精神分析など社会や文化に絡めた研究が、教育学部ではカウンセリングなどの臨床研究が盛んである。理系学部でも、理学部は基礎研究の色彩が色濃い一方、工学部や農学部は社会への応用を中心的に研究しているので、好みの学部を選択した方がよいだろう。医学部・薬学部は専門職養成の側面が強く、研究ベースの他学部とは大きく異なる。逆に、教育学部は教員養成を目的としていない点も注意すべきだろう。
教員の研究内容にも注目しておいた方がよい。仮に日本近代文学を研究しようとした場合、総合人間学部には専門の教員がいるが、文学部には近世国文学までしか教員が所属していない。
出願までに、自分の勉強したい学問分野をある程度固めておこう。その分野の教員の所属学部も、パンフレットなどで調べておくのが賢明だ。(晴)





