複眼時評

坂梨健太 農学研究科准教授「食や農について考えなおす」

2025.07.01

日々、米の価格がニュースになっています。下宿をしている学生たちからは、これまで買っていた値段の3倍以上になり、麺の方が安いので最近は麺ばかり食べているという声も聞きます。本来は災害時などに支給される備蓄米を市場に放出し、5㌔3千円代を目指して鼻息を荒くしている農相がいますが、実際にはスーパーに並んだ備蓄米はすぐに売り切れて、銘柄米ばかりを目にします。農協が米を溜め込んでいるからだという話も聞きますが、京都府のある農協関係の方の話によると、近年、管内で生産される米の7割は農協を通さずに販売されているとのことで、農協のみを敵視することはできません。そもそも農政に問題があったことは論をまたないでしょう。戦前から続いてきた食糧管理法が1995年に廃止されて以降、米の流通が自由化され、低価格競争が続いてきましたし、1971年から2017年まで続いた減反政策の影響によって、間違いなく米の生産基盤は弱体化してきました。

わたしの地元の熊本でも、友人の農家は米だけでは赤字になるが、自ら米を買うのは情けないから稲作をやめられないと語っていました。また、別の農家は畑地化促進事業を受けて、水田を畑地にすれば補助金がもらえるので、家族が食べていけるだけの水田を残して、畑に転換していると言います。このように農家たちは米価の低迷のなかでも必死に対応してきたわけですが、今日の米価格高騰を受けて政府は、再び流通の管理や所得保障を議論し、米の増産を模索しようとしています。違和感を覚えるのは、こうした対応が農業を工業のように捉えている点です。何かのスイッチを押せば、自動的に米の生産量と生産性が向上すると想定していないでしょうか。

しかし、わたし自身も調査をおこなってきた熱帯アフリカ(おもにカメルーン南部)における農業や農民にたいして、調査の当初は同じようなまなざしを向けていたのではないかと、ふと思い返すことがあります。赤道直下のコンゴ盆地の熱帯雨林は世界第2位の森林面積をほこり、多種多様な動植物が見られます。この地域でおこなわれている農法は数年ごとに畑の場所を移していく焼畑農耕です(森林破壊の原因と見なされがちですが、そうでないことが多いです。この件はまた別の機会に)。現地では乾季に二次林を切り開き、火を入れて、主食となるキャッサバ、タロイモ、プランテインバナナなどを植えます。それぞれの作物の収穫時期になると、その日に消費する分だけが収穫され、また、親戚や友人が訪ねてきたときには土産として提供されます。まるで畑が食料庫のように扱われ、人びとは食べ物に困らない豊かな生活を送っている印象をわたしは持ちました。焼畑には農薬や肥料を用いませんが、熱帯の環境のおかげもあって作物は植えたらすぐに育ち、誰でも簡単に農業をできるという認識につながってしまったのです。しかし、この誰でもできるという認識は、農業は単純であるという誤解を生み、このような粗放的な農業は発展しない、農民が怠惰だから生産性が向上しないのだ、などといった言説と結びつくのです。それは、かつて近代化の名のもとに進められた植民地支配や現在の一方的な開発介入と表裏一体となって現れます。

現地にしばらく生活してみれば容易にわかるのですが、焼畑農耕をおこなうことは簡単ではありません。畑をつくる前に木を切り倒す作業は重労働です。しばしば近隣の村の男性たちを集めて大勢でおこなうこともあります。収穫されたキャッサバは早めに調理をするか、貯蔵用に粉末にする必要があり、女性の労働が欠かせません。もちろん過酷な日々ばかりではなく、日常的に村の友人や知人とおしゃべりをしたり、労働後に一緒に食事をしたり、酒を飲んだりと、楽しみもあります。このような社会関係こそが焼畑農耕をおこなうにあたって不可欠なのです。たとえば、長年、都市で暮らしていた人が自分の村に戻ってきても、すぐに畑をつくることはできません。しかし、村には家族や友人がいる場合が多く、かれらから農作物をわけてもらうなどの生活の支援を受けることはできます。村に滞在しながら社会関係をつくりなおし、次第に農耕をおこなうことができるようになるのです。農業は教科書で言うような土地、資本、労働力さえあればスムーズに始められるわけではなく、それらの要素をつなげる基盤、つまり血縁や地縁にもとづいた社会関係が必要なのです。

さて、日本の話に戻りましょう。現場では農業を始めたり、継続したりするために必要な社会関係が脆弱になってしまっています。しかし、農業を工業のように見ている現状は現場への想像力、つまり農業を成り立たせている社会関係にまで目が向いていないといえるでしょう。今回の米価の問題は、誤解を恐れずに言えば、食や農について考えなおすよい機会です。まずは現場に足を向けてみませんか。

(ルネ前で月末水曜日に無農薬野菜を学生有志が販売しています。食べることから始めてみるのもありでしょう)

さかなし・けんた 農学研究科准教授。専門は農業経済学・アフリカ地域研究