企画

【京大新聞100周年特別企画】京大新聞の百冊

2025.04.01

京大新聞がいかにしてつくられてきたのかを振り返る視座のひとつとして、代々の編集員がどんな本に影響を受けてきたのかを調査した。京大新聞の歴代在籍者に、これまで(特に在学中)に読んで印象に残っている書籍を挙げてもらったところ、46冊が集まった。そこに、現役編集員の思い入れのある書籍17冊と、京大新聞で過去に書評した書籍から28冊、さらには京大新聞の歴史を語るうえで外せない書籍18冊を追加し、計100冊あまりの読書リストが完成した。好きでよく読む本から、なかには人生を決した一冊もある。(編集部)

歴代在籍者選書(順不同)

選者

入学年

タイトル

著者名

出版社

理由

原邦夫

1977

『都市の論理』

羽仁五郎

勁草書房

人が自由に生きることを都市が与えたことの深い洞察。

鹿

2015

舟を編む

三浦しをん

光文社

この書籍は辞書編纂の話なのですが、これを読んだ直後の一般教養科目で「実は今度辞書の編纂に関わることになりまして…」とタイムリーな話が出され、それが縁で最終的にその研究室に入ることになったからです。あのタイミングで読んでいなければ、全く別の専攻をとっていた可能性が高く、在学中に最も影響を受けた書籍と言えるでしょう。

松尾大樹

2012

日本語の作文技術

本多勝一

朝日文庫

文章を書く上で今でも度々めくるから。雰囲気で書いていた文章の構造に自覚的になれる名著。

松尾大樹

2012

実践の倫理

P.Singer

昭和堂

今自身の持っている倫理観のベースになった本だから。一貫性を持って物事を考えるということを教えてくれる。

橋本聡

1975

ちょっとピンぼけ

ロバート・キャパ

文春文庫

著名な戦争写真家の自伝。ジャーナリストとは何か、何ができるのか。堅苦しい議論はなく、現場を踏むことで「時代の証人」となる魅力を教えてくれた。

岩本(旧姓:進)敏朗

1988

人生20年説

森毅

イースト・プレス

森毅さんが「こどもは大人の社会に合わせるために育つのではない」と言われたのを聞き、そうだなあと思った。人生は長い。20年をひと区切りとして、80年を4つに区切ってそれぞれの時期に合った生き方をしようという内容の本。1991年ごろ、「複眼時評」に森毅さんがその自著が評判を呼んでいると書いておられた。そのころ就職や卒業後の人生を考えていたが、読んで楽になった。同書には京大新聞OPとみられる「N君」も登場し、ボックスで話題となった。そのエピソードは面白おかしく脚色されているのではとされ「ひどいよねえー。」と感想を語った佐藤さんの声がよみがえる。

野原明

1954

母親のための教育学

深谷鋿作

新日本出版社

子供を持つ親御さんにぜひ読んでいただきたいから。

野原明

1954

戦後教育五十年

野原明

丸善出版

同上

岸根正実

1972

資本論

カール・マルクス

岩波書店

ええカッコしすぎかもしれませんが、何といっても資本論です。学生時代に一度、社会人になってからもう一度読み返しました。資本論の真髄を独断でまとめると、資本主義とは人と人との関係が物と物との関係として現れる、そういう社会だと喝破した点にあると思っています。つまり社会の営なみは、人間たちが築きあげているにもかかわらず、逆に人が物に支配されるようになっている。そういう社会をマルクスは批判したのだと考えます。

向原祥隆

1976

国家と革命

レーニン

講談社

いい思い出。

1991

教授の部屋

山田稔

河出書房新社

大学闘争時代の京大の雰囲気を、ユーモアのある視点で描いた小説。京大新聞に何度も寄稿してくださった山田稔さん(元京大教養部教授、フランス語)の傑作

石川元

2013

生きがいについて

神谷美恵子

みすず書房

在学中何に自分の時間を使い、何に一生懸命になればよいかわからなくなった時に、気づきや大局的な見方を与えてくれました。また、読むと自分自身や周りの人々に対して、優しい眼差しを持つことができたと思います。

2019

志縁のおんな もろさわようことわたしたち

河原千春

一葉社

在学中何に自分の時間を使い、何に一生懸命になればよいかわからなくなった時に、気づきや大局的な見方を与えてくれました。また、読むと自分自身や周りの人々に対して、優しい眼差しを持つことができたと思います。

2019

知の体力

永田和宏

新潮新書

京大入学直後の私にとって、道しるべとなった本だから。学問の場である大学は、学習の場である高校までとは本質的に異なるべきだと喝破している。

2019

近代文化史入門

高山宏

講談社

近代文化を縦横無尽に論じた一冊。自分がより英文学に惹き込まれるきっかけとなったから。

2019

遅いインターネット

宇野常寛

幻冬舎

対幻想という概念の中に、自分の幸せを置くようになったと思います。

2019

共同幻想論

吉本隆明

角川ソフィア文庫

同上

2020

輝ける闇

開高健

新潮文庫

ベトナムの戦場の湿度や匂いが立ちのぼる鮮烈な描写。同じ「文章」なのに、私の書くものとはかくも違う。その圧倒的な筆致にただ打ちのめされた。

西山雄大

2012

空と星と風と詩 

尹東柱

岩波文庫

京都での留学中に治安維持法違反容疑で逮捕され、福岡刑務所で獄死した青年詩人の遺稿集。もとは朝鮮語で書かれた清冽な言葉の一つひとつが、民族や国家を超えて孤独なやさしい心に響く。

仲摩朋葉

2003

決定版 ルポライター事始

竹中労

ちくま文庫

ものを書くことに確固とした覚悟をもつこと、構想を含めた具体的な書き方(他の本にはない技術)を学んだ本です。アナキズムについても学ぶところ大でした。

小谷稔

2010

ベンヤミン「歴史哲学テーゼ」精読

今村仁司

岩波現代文庫

歴史は誰のためにあるのか、誰のために、どのように書かれなければならないのか。ナチス・ファシズムに抗して思考を続けたヴァルター・ベンヤミンの断片的な遺稿から、著者はその可能性を最大限引き出した。本書は歴史学者として物を書く私にとっての指針となっており、本棚から取り出すたびに読者の私に新鮮味を与えてくれる。

2013

読書論

小泉信三

岩波新書

京大に入学してからしばらくはルネの書店で新刊コーナーに並ぶ新書を買って読むことで知的好奇心を満足させていたのですが、たまたま手に取ったこの本を読むと多読よりも良書を精読することの大切さが語られており、それ以降の読書習慣を見直すきっかけとなった思い出の本です。また慶應義塾と深い関わりを持つ筆者が漢文に触れていることも新鮮に感じられ、漢文学の講義を履修しようと思い立つきっかけにもなりました。これを書いていて最近の自分の行動を振り返ると、SNSやユーチューブばかり見ており、嘗てよりも読書(?)習慣は悪化しているのではないかと自省しております。定期的に読み直して自分の読書習慣を振り返るきっかけづくりにおすすめの一冊です。

吉澤潔

1968

憂鬱なる党派

高橋和巳

河出書房新社

1968年入学直後、ナカニシヤ書店で買った記憶があります。高橋和巳さんの本を読むのは、初めてでした。翌1969年、京大新聞社編『京大闘争』に3月に開催された高橋さんの講演・討論を収録し、6月には発行記念シンポジウムは、高橋さんと久野収さんを講師に開催しました。没後すぐに京大新聞は、追悼号1973年5月を発行しましたが、吉澤編集員(5回生)の最後の仕事です。京大闘争1968~は、この時終わった、と今でも思います。

高橋佳大

2015

樹に登る海鳥 奇鳥オオミズナギドリ 〈シリーズ日本の野生動物9〉

吉田直敏

汐文社

若狭湾の無人島、泊まり込みの鳥類生態調査に同行取材。色んな企画を許してもらった中でこれが一番印象に残っていて、人生への影響も大きかった。

典略健佑

2003

沈まぬ太陽

山崎豊子

新潮文庫

大学にいながら、企業での仕事への向き合い方や不条理、そして果たすべき社会責任について知ることができた。新聞記者出身である著者の文章力、説得力、表現力に影響され、同じ職業を志すきっかけになった。

蜻蛉

1979

京大闘争 京大神話の崩壊

京大新聞社編

三一書房

私が入学前の、1969年前後のの京大の学園紛争の実態を、ある程度客観的にまとめた本だったから。知らなかったことがたくさんあり、当時大変感銘を受けた。

村尾卓志

1990

偽装―調査報道・ミドリ十字事件

毎日新聞大阪本社編集局遊軍

毎日新聞社

学生の時はノンフィクションばかり読んでいた。一つ選ぶのは難しいが、今の仕事に就いた理由の一つはこれを読んだからだったような気がする。

村尾卓志

1990

人生20年説

森毅

イースト・プレス

森先生はいわずと知れた京大新聞にとって恩人の1人。「人生20年説」は書籍化より前に複眼時評のタイトルになった(ような気がする)。先生は思考を整理する場として京大新聞を活用されておられたのかもしれない。

村尾卓志

1990

四畳半神話大系

森見登美彦

角川文庫

卒業後に読み、その世界観があまりに自分が学生の時と重なっていて、何だか気恥ずかしくなった。

村尾卓志

1990

権力にアカンベエ! 京都大学新聞の六五年

京大新聞史編集委員会

草志社

ちょうど入学した時に出版された。京大新聞がどういう存在なのか、知ることができた。

BiBi

1971

失われた時を求めて

マルセル・プルースト/吉川一義訳

岩波文庫

いまさら紹介するのもはばかられる超大作。全14巻。各巻が出るたびに買って読みました。発行年月:第1巻2011年4月~第14巻2019年11月。読み終えると、人に自慢できる何か高級なものが自分にできたような気になります

三浦朋子

2003

日本語の作文技術

本多勝一

朝日新聞出版

入部時に先輩から、文章術はこれだけ読めばいい、と推挙された大ベストセラー。いまも時々読み返しています。

新森昭宏

1979

若き数学者のアメリカ

藤原正彦

新潮社刊

著者は数学者で、小説家の新田次郎氏の次男。1970年代初めに研究者、大学教員としてミシガン大学とコロラド大学に滞在したときの経験をエッセイとして記述したもの。当時のアメリカ社会と大学事情がよくわかる本である。ユーモアあふれる文体で記述されており、楽しく読むことができる。日本エッセイストクラブ賞受賞。

1984

一つのことに一流になれ!

水野彌一

毎日新聞出版

当時のギャングスターズ躍進の理由が、精神論でなく、与えられた環境でいかに結果を出すかという視点で書かれていて、管理職として人材を育てる立場になった今でも、参考になる内容です。

ヒディング・アドリアナ

2006

THE LONELY CENTURYなぜ私たちは「孤独」なのか

ノリーナ・ハーツ/藤原朝子訳

ダイヤモンド社

本書は孤独というテーマを探求し、現代社会において人々のつながりが失われつつあることを示している。その結果、孤立が進み、「孤独のパンデミック」が生じ、幸福感の低下を招くだけでなく、フェイクニュースや特定のリーダーが台頭する余地を生み出している。

椎名健人

2009

漱石とその時代

江藤淳

新潮社刊

私が漱石研究の道に進んだ主因。作家を批評するとはいかなる営為であるか学びました。

松本卓也

2006

『裸のサル―動物学的人間像―』

デズモンド・モリス/日高敏隆訳

角川文庫

鏡に映る自分が、なぜ裸の身体を備えているか—。私の人生を狂わせた本です。この本が投げかける、「人間とは何か」という問いの魅力にあてられて、私は進化人類学者になりました。この本の原著が書かれたのは1967年です。内容が古いだなんて、ご心配には及びません。なぜなら、かつても今も人間は、「裸のサル」のままなのですから。

梶宏

1954

『人間の条件』

五味川純平

岩波書店

当時、満州で現地労務者を酷使する会社の労務担当者として、人間的に苦しみをもったインテリの物語に、自分を重ね合わせ、涙をこらえて読んだ。

2001

『日本語の作文技術』

本多勝一

朝日文庫

新入生として、はじめて記事をかく際、BOXの中で、上回生に勧められた本。

片岡優

1964

『花の詩画集』

星野富弘

偕成社

「鈴の鳴る道」(偕成社)、「風の旅」(立風書房)などの多数の書籍があり、どの書籍からも心の安らぎを感じさせてもらえます。詩画を完成させるまでのプロセスも感動的です。

2012

『インディアスの破壊についての簡潔な報告』

ラス・カサス/染田秀藤訳

岩波文庫

淡々とした筆致で描かれる凄惨な光景に衝撃を受けた。多くの人に読んでほしい。

雑賀恵子

1983

『ドイツ語の本』

池田浩士・好村冨士彦・野村修

三一書房

池田浩士・好村冨士彦・野村修という京大新聞にも縁の深い方々が作った「ドイツ語教科書」。初級独語入門テクストでありながら、マルクス/エンゲルス、ブレヒト、新左翼パンフレットなどを例文に多数用い、それ自体が言語を学ぶ意味を問いかけ、ひとつの「思想書」となっている画期的な本。

上田実

1981

『〈子供〉の誕生』

フィリップ・アリエス

みすず書房

歴史を文化史としてとらえる、フランスのアナール学派の金字塔の書籍。京大新聞は前年、1983年は構造主義に偏っていたが、それを修正。上田自身も、本著を参考文献にして日本の農村の明治期の「子供概念の誕生」をフィールドワークをして卒論として書いたので、趣き深い一冊。

橋本優

2009

『美学への招待』

佐々木健一

中公新書

著者のインタビュー記事を京大新聞に掲載させて頂きました。

JR

1987

『純粋戦争』

ポーリ・ヴィリリオ

UPU

在籍中はバブル景気のまっさかりで、卒業アルバムやサクセスブック、就職雑誌などなど経営が安定していて、私は書評しか書かない編集員でした。昭和天皇の死去号外の版下を自宅で保管していて、死亡当日の朝、電話でたたき起こされ、タクシーで大学に向かった事を覚えています。ポール・ヴィリリオ(1932-2018)は、雑誌「GS・たのしい知識 Vol.4」(1986年、冬樹社刊)の特集「戦争機械」で、ドゥルーズ=ガタリの論功とともに、大きくフィーチャーされた思想家です。京大新聞では、当時日本語で読めた彼の書籍と雑誌の論考をまとめて紹介しました。


現役編集員選書

選者

入学年

タイトル

著者名

出版社

理由

2018

『論理トレーニング101題』

野矢茂樹

産業図書

先輩から真っ赤な原稿と一緒にこの本を渡された。文章を書くにあたって、いかに基本的なことができていないか自覚するきっかけになった。

2024

『神戸在住』

木村紺

講談社

この漫画の中には、本当に多様な人々が登場する。在日2世、難聴、視覚障害者、話が上手い人、モデル、腎不全患者、絵描き、イタリア人、神戸人、東京人、姫路人、etc…。それぞれがごく普通にそれぞれの些細であたりまえの日常を生きていて、肩書きや立場、思想や肌の色で人間を区別することのバカらしさを芯から理解した。

2024

『三四郎』

夏目漱石

岩波書店

大学に入って読み直した際、大学進学で上京し下宿を始めた三四郎と自分が重なった。三四郎の友人・与次郎の「生きてる頭を、死んだ講義で封じ込めちゃ、助からない。外へ出て風を入れるさ。」というセリフや、「下宿がきたなければきたないほど尊敬しなくってはならない。」という文になぜか励まされた。

2024

『竜馬がゆく』

司馬遼太郎

文春文庫

私は他人と同じように、同じやり方で何かをするのがすごく苦手だ。学校の課題なんかも、本当に効果があるのかをまず疑ってかかり、ないと判断してしまったものはどうしてもこなせなかった。当たり前ができない自分がすごく嫌いだったが、どれだけ馬鹿にされようと海から日本を変えるという独自の道を進む竜馬に触発されて、愚かな自分を少しは信じてやろうと思えた。

2024

『ライトマップル 全日本道路地図』

昭文社地図編集部

昭文社

1本の交通路の周縁に幾多もの都市が連なっていたり、遠く離れた都市同士が思わぬ交通路で結ばれていたり……。そうした日本中の都市の繋がりを、交通網(特に道路網)を強調して明快に表した地図帳。まだ見ぬ地の存在を次々と教えてくれ、地理への興味や旅好きな性格を育んだ点でも、今の自分の原点といえる1冊。

2023

『食べること考えること』

藤原辰史

共和国

人間は食べないと生きていけない。食は個人的な領域である一方、社会の様々な場所と深いつながりを持っている。食をめぐる歴史や、技術的な革新など目の前の食卓からは想像できないほど遠くへ誘ってくれる一冊。

2024

『謎の独立国家ソマリランド』

高野秀行

本の雑誌社

著者のアフリカ・ソマリランドでのがむしゃらな探検に惹かれた。彼の行き当たりばったりな調査が徐々に繋がり線となり、謎の国家の全貌と言わないまでも、一部を解き明かしていくのが見事。現地での当たり前の会話にまでその筆致は及び、私をアフリカ沼に引き込んだ。

2024

「狐」(『野上弥生子短篇集』に収録)

野上弥生子

岩波文庫

受験時代に模試で出会った作品。その静謐な筆致に、試験時間を忘れてしまった。

2024

『美味しんぼ』

雁屋哲 作/花咲アキラ 画

ビッグコミックス

新聞記者を主人公としたグルメ漫画で、全111巻の大作。人情話から社会問題まで取り扱うテーマは幅広く、特に反捕鯨問題の欺瞞を暴いた「激闘鯨合戦」が秀逸。作者の誤った認識や過激な台詞回しなど問題点も多いが、時折この作品が持つ「毒」を摂取したくなる。

2022

『日本の民家』

今和次郎

岩波文庫

日本の農村風景を彩る民家。その態様が驚くほど多様であることを教えてくれた一冊。本書と出会ってからというもの、旅の車窓から片時も目を離せなくなった。

2022

『忘れられた日本人』

宮本常一

岩波文庫

かつて、人々がいかに豊かであったか。交通や通信の発達する前から、人々はよく人と交わり、旅をし、信じがたいほどたくさんのことを知っていた。今では触れることのできない古老の知恵と記憶が詰まった、宝箱のような文庫本。

2022

『自動車の社会的費用』

宇沢弘文

岩波新書

手にしたものに移動の自由を保障し、生活を豊かにすると思われた自動車。しかし、自動車がもたらす公害や交通の危険は、かえって豊かな生活を毀損してきたかもしれない。半世紀以上前に書かれた議論が今でも成り立つことこそ、本書が現代にならす警鐘だろう。

2024

『心の王者』

太宰治

ちくま文庫

「学生としてのあるべき姿」について考えさせられた話。

2022

『なめらかな世界と、その敵』

伴名練

早川書房

京大SF研出身の作家・伴名練による短編集。並行世界をなめらかに移動する少女の青春を描いた表題作は、視点もみずみずしさもピカイチ。現代日本SFを代表する作品と言って差し支えないだろう。

2022

『深夜特急』

沢木耕太郎

新潮文庫

1990年代のバックパッカーブームを引き起こした一冊。(当然だが)スマホはおろかインターネットもない時代の旅を描いている。「聖地巡礼」も楽しい作品で、評者も香港のスターフェリーで、イスタンブールの広場で、本書を手に夢を膨らませた。

2023

『カタニア先生は、キモい生きものに夢中!』

ケネス・カタニア

化学同人

音で魚を騙して捕食するヘビ、跳躍して電気ショックをお見舞いするデンキウナギなど、進化が生み出した奇妙かつ巧妙な適応形質をもつ動物がいる。著者の鋭い観察と地道な実験によって、仕組みと進化の謎が鮮やかに解かれていくのに強い知的興奮を覚え、課題を放り出して読みふけった記憶がある。

2024

『音楽』

岡野大嗣

ナナロク社

大学に入ってできた、短歌が好きな友人に影響されて手に取った歌集。ありふれた日常の中で確かに存在するささやかで大切な一瞬が切り取られ、ぎっしり詰め込まれている。忙しい日々の中でふとした瞬間を大事にしたいと決意させてくれた一冊。


過去の書評より

評者

タイトル

著者名

出版社

評中の一節

京大変人講座』

酒井敏編著

三笠書房

私はあえて言う。この本は読まなくていいし、「変人講座」に足を運ぶ必要はない。どうやったら自由を認めてもらうか、ということに思考を巡らすヒマがあったら、どのように自由は勝ち取られてきたのか学び、その自由の排他性や特権性に向き合いながら自分にできることを考えた方がよっぽどマシだ。

47

京大・学術語彙データベース基本英単語1110』

京都大学英語学術語彙研究グループ+研究社編

研究社

『京大基本英単語』を買うだけで語学の単位が確定する。これほどの好条件を提示されていながらあえて『京大基本英単語』を買わない理由があろうか。あるわけがない。私は喜び勇んで『京大基本英単語』を買った。講義中の暇な時間に英英辞典で調べて適当にそのへんの紙に書き写した。提出した。単位がきた。

成瀬は信じた道を行く』

宮島未奈

新潮社

読者を引きつけてやまない最大の理由は、登場人物たちの「ふつう」と「変」のバランスである。成瀬は、バカ正直に「ふつう」に生きる少女だが、あまりにまっすぐなその生き様は、側から見るとだいぶん「変」だ。しかし、我々の人生も多かれ少なかれ同じだろう。「ふつう」に生きようとしても「変」になり、そして同時に、自分にしかない特別な「変」を求めている。自分にとってのふつうを貫いて、日々スペシャルな道を邁進する成瀬は、我々の永遠の憧れである。

『22歳の扉』

青羽悠

集英社

本作の舞台は左京区を中心とした京都。そのまま現実世界が描かれているわけではなく、作中の一個の世界として「京都」が存在している。一つの独自の世界観を打ち立てることに成功していると言える。いつかこの学生生活のかけがえなさに本当の意味で気づいたとき、またページをめくりたい一冊。

『京都ぎらい』

井上章一

朝日新聞出版

京都の人は嵯峨や伏見、山科を京都とは見なさない、という話はいかにも京都らしい印象を与える。本書では舞妓・芸妓と僧侶の関係や、京都の寺社仏閣の歴史などにも言及しているが、いずれも京都を代表するものとしてよく取り上げられる。そういう意味ではこの本も一般的な「京都」のイメージに沿っているのかもしれない。

このようなやり方で300年の人生を生きていく』

小川てつオ

キョートット出版

本書を貫く「あたい」の人生への向き合い方は、時に規範と対立する「やりたいこと」にとことん寄り添い、やりたいことをして生きていく人生のあり方を肯定する。だからこそ、読者を規範意識から解き放ち、元気づけてくれるのだ。

『氷菓』

米澤穂信

角川文庫

「きっと十年後、この毎日のことを惜しまない」。わたしたちは今、こんな風に胸を張って言える生活を送っているだろうか。コロナ禍で未だ多くの制限の残る大学生活は、想像とまったく違っているかもしれない。しかし、この作品の中で生きる彼らのように、人と向き合い、考え、少しでも後悔のない日々を過ごしていきたいものだ。

『Self-Reference ENGINE』

円城塔

早川書房

言葉遊びも実験要素も小説の本質に迫るお話も、すべてごちゃまぜにした本作は、読者を広大な文字の海に引きずり込んでくれるだろう。

『学問、楽しくなくちゃ』

益川敏英

新日本出版社

最も印象的なのは、益川氏が学問をする喜びについて語る部分である。益川氏自身は、過去の偉人達への憧れや新しいことを知る喜びが駆動力となって、努力しているという感覚無しに学問や研究に打ち込んできたという。学生にも、無理矢理努力するのではなく、自然に打ち込めるようなものを見つけてほしいと述べている。

『文系と理系はなぜ分かれたのか』

隠岐さや香

星海社新書

情報技術の発展により協働するコミュニティが巨大化し、個々人がその一部となる時、私たちに何ができるのか。文系の人も理系の人も考えてゆかねばならない。「違いが活かせてこそ、補うことができる」と著者は言う。本書はその第一歩になるだろう。

『キリスト教の精髄』

C・S・ルイス

新教出版社

本著はキリスト教の宗派には特に言及せず、信者ではない者にもシンプルに語りかける。時代は違っていても、混沌とした情勢を生きる人、あるいはうまくいかない人生に絶望している人は現に多くいるだろう。若い頃の著者のように、世の中のあまりの不正の多さに絶望した時には、自分自身を見つめ直す機会としてこの本を読むことをお勧めする。

『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』

川上和人

新潮社

本書はこういった深刻なテーマを易しい言葉と笑いによって中和しつつ紹介し、問題意識をそれとなく読者に植え付けるという、いわば専門家と大衆との橋渡し役だ。ユーモラスな文で多くの読者を楽しませるとともに、それだけ多くの人々に鳥たちの現状を知らせる役割をも果たしているのだ。もっとも、著者はただ大好きな鳥のことを書ければそれで良かったのかもしれない。そう思えてしまうくらいに活き活きとした筆勢である。

『反貞女大学』

三島由紀夫

筑摩書房

彼は『反貞女大学』の中で、「男の世界の英雄的闘争」の存在を説いた。男性は常に英雄であるために競い合っている。三島も例に漏れず、英雄になることを夢見ていたのだろう。そして彼の割腹自殺は、自衛隊を救う英雄としての、確固たる意志を持った行動だった。そう考えると、本作で説かれる男性論は、三島自身の自己分析、そして一種の諦観の表れであったのかもしれない。

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』

三宅香帆

集英社新書

近現代労働史や読書史をさかのぼるボリューミーな内容は、ポップで親しみやすいタイトルとは対照的だ。情報量の多さにはじめは面食らうかもしれないが、本書が肯定する偶然性や他者性を十分に味わえる豊かな内容に仕上がっている。

『改革は実行 私の履歴書』

松本紘

日本経済新聞出版

教員組織の改革は、実は人員削減を主眼に置くものだった。人を減らすために、新しく学域・学系を設けて教育研究組織の再編を促すというのは、松本氏ならではの独創的な発想だと思う。要素還元論的な手法を批判する松本氏の実践が、全体から部分へ向かう方法、つまり大学のあり方を変えてしまうことにより人員削減に対応するという形で結実したのだと言える。

『ヴァイマル憲法とヒトラー―戦後民主主義からファシズムへ』

池田浩士

岩波書店

ファシズムの形態は一つではない。新しいファシズムは、ナチズムとは異なった様相を示すだろう。ファシズムに抗う感性は、ファシズムを批判する思考との相互作用のなかで培われる。ナチズムの下に生きる人々を追体験した私たちは、今度は私たち自身の日常を絶えず問いなさなければならない。私の中に、あるいは私たちの中にひそむファシズムの萌芽を、感性ですくい上げ思考で批判する、そうした日常的な実践こそが、ファシズムを阻止するための鍵となるはずだ。

『メディア社会―現代を読み解く視点』

佐藤卓己

岩波新書

インターネットが隆盛を極める時代のオールドメディア、ひいてはジャーナリズムのあり方が正面から論じられているわけではない。しかし、情報化と匿名化のすすむ社会において「裏付けのとれた事実だけ」を報道する新聞に期待を寄せるとともに、現在の新聞等の問題点として瑣末な対立点をことさら際立たせ扇情的に伝えることを挙げる。このままでは人権擁護を旗印として国家による情報統制を求める「善意」の声があがることに警鐘を鳴らしている。

47

『新聞・TVが消える日』

猪熊建夫

集英社新書

よく考えてみると、ネットでは自分の欲しい情報しか受け取らないのではいつまでたっても知識や視野を広げることなどできない。新聞やテレビに触れず、ネットにばかり頼っているというのは極めて有害な習慣であるように思う。ネットに触れずに生きていくことなどできないのだ。吹き荒れるネットの暴風の中に立ちすくむ新聞、テレビの未来はどうなるのか。そして我々はネット社会をどのような態度で生きていくべきなのか。本書を開けば、自ずと考えが深まることだろう。

『Google』

佐々木俊尚

文春新書

現代では、検索エンジンがインターネット利用者の「入り口」となっている場合が多い。つまり新たな企業観として、どれだけ利益を上げるかはもちろん重要なのだが、それに加えてどれだけ注目を浴びるかが価値判断における一つの尺度と化している。いかなる技術の進歩に越した事はないが、その功罪にうまく折り合わなければ問題が浮上するという点は、個人の倫理観でしか何ともならないのかと思ってしまう。

『功利主義入門―はじめての倫理学』

児玉聡

ちくま新書

著者は、「倫理的に生きるにはどうしたらよいか」という問いには、明確な答えを提示していない。功利主義という指針を、読者が無批判に受け容れるのではなく、その問題について自ら考えるように促す狙いがあったのかもしれない。倫理学を学ぶことで得られるのは、現実の問題について批判的に検討する能力だ。この能力を用いて、問題に対処していくことが大事だと筆者は語っている。

『ダーウィンの呪い』

千葉聡

講談社現代新書

生物の進化を語るうえで、ダーウィン(とウォレス)が唱えた自然選択説は必須の理論だ。しかしこの「生物」という項に「人間」を代入してみると、事態はすこし複雑になる。本書は、ダーウィンが進化論を着想するところから、その思想がいくらか形を変えて欧米における優生思想と合流していくさまを、当時の科学者/優生学者の著述などをひもときながら活写する。人類史にたびたび影を落とす優生思想と、私たちはつねに隣り合わせであることについて否が応でも考えさせられる。

『トラクターの世界史 人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』

藤原辰史

中央公論新社

トラクターが持つ多義性が、本書を読む鍵だと思われる。確かにトラクターは農業をある意味では効率化し、農村に「夢」をもたらした。しかし、トラクター購入のための負債や化学肥料との抱き合わせにより、農民は新たな問題を抱えることになった。技術は単なるロマン以上のものである。誰が、何のために、どのように使うのか。その結果、何が起きるのか……。常にそのような問いに晒され続けなければ、人々は思わぬところで、技術に足を掬われてしまうのではないか。日本、そして京大でも軍学共同が取り沙汰される今、私たちと技術との関係を足下の「土」から考えるために、本書はぜひ読まれなければならない一冊だと思う。

『昭和史発掘』

松本清張

文藝春秋

本作は教訓を垂れるものではないが、国立大学と国の関係について根本に立ち返って考えるきっかけを与える。ちなみに本作では、本紙の前身の「京都帝国大学新聞」が少しだけ登場する。

『本心』

平野啓一郎

文藝春秋

意図せず、朔也は母の死をきっかけに他者と交流し、自らの生と向き合うきっかけを持つことになった。死との向き合い方を、他者との関係から見つめ直す一作である。

転生したらスプレッドシートだった件』

ミネムラコーヒー

技術評論社

この本は読み物としても解説書としても良作な、一石二鳥の便利な本であるが、私たちが普段、エクセルやスプレッドシートを使って作業している時、裏側で彼らが頑張っていると想像すると、作業が少し楽しくなる。そんなことが、この本最大の魅力かもしれない。

アイドルについて葛藤しながら考えてみた ジェンダー/パーソナリティ/〈推し〉』

香月孝史/上岡磨奈/中村香住編著

青弓社

「偶像(idol)」という職能を果たす彼らが生身の人間であること、ファンダムを含めた文化的実践のあり方が実社会に少なからぬ影響を与えることを考えれば、私たちファンはその歪さに批判的視線を向け続けなければならないだろう。

クチュクチュバーン』

吉村萬壱

文春文庫

1997年、本紙初の試みとして京都大学新聞新人文学賞を開催した。本書には最優秀賞を受賞した短編「国営巨大浴場の午後」が収められている。表題作はマジックリアリズムをも思わせる、矢継ぎ早の空想的な描写が楽しい。

近現代史教育の改革―善玉、悪玉史観を超えて』

藤岡信勝

技術評論社

概論的にならざるを得ない教科書は、逆にその特性を生かし歴史解釈へのイントロダクションとしての性格を強めるべきと私などは思うのだが、読者(生徒)不在の教科書論が当分続くことになるだろう。


京大新聞の歴史に関わる書籍

タイトル

著者名

出版社

『口笛と軍靴』

京都大学新聞社

社会評論社

『京都市にこんな職員がいた』

梶宏

『ぼちぼち墓めぐり』

アリカ

光村推古書院

『ジャーナリストを生きる』

長沼節夫

南信州新聞社

『京大的文化事典』

杉本恭子

フィルムアート社

『決戰下學生に與ふ』

京都帝國大學新聞部編

教育国書株式会社

『理科系の作文技術』

木下是雄

中公新書

『クルド人とクルディスタン』

中川喜与志

南方新社

『京大史記』

都大学創立九十周年記念協力出版委員会

京都大学創立九十周年記念協力出版委員会

『戦後帝大新聞の歴史』

河内光治

不二出版

『TECHNICAL MASTER はじめてのTypeScript エンジニア入門編』

西山雄大

秀和システム

京大・矢野事件 キャンパス・セクハラ裁判の問うたもの』

小野和子

インパクト出版会

京大を受ける人のために』

京都大学新聞社

進学研究社

タイトル

著者名

出版社

医者になるとは:対話構成 医学を学ぶ一人として』

早川洋

ゆみる出版

幻の法案23・26・37・44 大学管理法闘争史』

京都大学新聞社

京大新聞縮刷版発行委員会

学界の事典』

京都大学新聞社

養徳社

京都大学を知る本』

京都大学新聞社

六甲出版販売

統一教会 マインドコントロールのすべて』

郷路征記

花伝社