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大局的見地から客観的に見よ 坂東昌子氏、未来フォーラムで

2010.07.15

6月14日、京都大学百周年時計台記念館の百周年記念館にて第43回京都大学未来フォーラムが開催された。「物理の冒険―複雑をよみとく」という表題で理学部を卒業し、愛知大学名誉教授である坂東昌子氏が講演を行った。

坂東氏はまずクライメイトゲート事件について触れた。クライメイトゲート事件とは地球温暖化研究の世界的権威のCRU(気象研究所)所長であるフィリップ・ジョーンズ教授の研究データ・プログラムが流出してしまい、世界各地の気象観測データをあるトリックを使い、データを不正に操作し地球温暖化を演出していることが発覚したという事件だ。この事件は日本でも遅ればせながら今年の3月頃に話題になり、坂東氏もこの問題に関する気象学会に出席した。その会議である気象学者が「地球のシステムの観測は難しい。我々は一回限りのデータしか取れないのだから」と発言したのを聞き、坂東氏は科学者としてこの発言を許せなかったという。宇宙の歴史ですら1回限りであるが現在では宇宙の初期の状態をかなり詳細に知る段階まできている。それなのにこの気象学者は限られたデータの中からできるだけ普遍的な法則を見つけ出すという科学者の姿勢を忘れ去っているのが腹立たしかったのだ。

この次に坂東氏は科学者が自然現象からいかにしてその本質を見抜き、普遍法則を見つけ出すかについての具体的な方法論を語った。ユークリッド幾何、アフィン幾何、位相幾何の3つの幾何学はこの順に図形をより大局的にみるようになっている。このようにまず対象を分類して整理するとき、より本質的にみてその物のエッセンスを抽出することで一見異なる物同士の間に共通性が見出され、普遍的な法則を発見できるのである。

続けて、坂東氏はフェルミ推定について話した。フェルミ推定とはシカゴ大学の物理学の教授であるフェルミが授業中に出題した「シカゴには何人のピアノ調律師がいるのか」という問題に由来している.この問題にはシカゴの人口やピアノ調律師が年に働く日数などの問題を解くヒントが挙げられている。このように得られる最低限のデータを基にしてある程度の答えを概算するのも普遍法則を導く助けになる。この手法が実際に活かされた例としてブロードストリート事件を挙げて、コレラ菌の存在が知られていない当時にいかにしてコレラの感染源を突き止めてコレラ患者の蔓延を防いだかについて話した。

最後は坂東氏の専門分野である素粒子についての話に移り、湯川秀樹や南部陽一郎がいかにして科学史に残る発見をなしえたかについて語った。湯川は陽子と中性子の間に働く力は、当時存在がまだ確認されていなかったが、力の到達距離から理論的に計算すると核子間には光子より重く、核子よりも軽いπ中間子という粒子が関わっていると提唱した。欧米では確認もされていない粒子を仮定し理論を構築することはあまり好まれていなかった。しかし、湯川は所与のデータを基に理論をうちたて、実際に後に観測されることになるπ中間子をもとに中間子論を発表し、ノーベル賞を受賞した。南部は湯川の提唱した中間子論が、ゲージ理論の枠組みを参考にしながらもゲージ対称性がないのはなぜかと不思議に思った。そのことと南部自身が研究していた超伝導の理論であるBCS理論においてもゲージ対称性が成り立たないことの関係性を模索することで、ゲージ対称性についての謎に取り組んだ。南部はゲージ対称にこだわり研究することで、多数の粒子は全体としては対称性が崩れているが、局所では対称性が成り立っていることを示し、湯川の理論を一歩も二歩も前に進めた。

編集員の視点

大局的見地にたって客観的にものをみるという姿勢は複雑な自然現象にメスをいれる科学に限らず、複雑怪奇な現代社会と向き合ううえでも役に立つ姿勢である。坂東氏の講演は「困難は分割せよ」などで有名なデカルトの方法序説のように複雑な現代を生きる我々にとって格好の方法論を提示する講演であった。(丼)