再受験体験者座談会 「学生じゃん、いっぱい失敗しよう」「一分の魂で勉強」「とても豊かな時間」
2025.02.16
京都大学では多種多様な学生が学問に励んでいる。性別、国籍、信仰、そして年齢。一度社会経験を積んでから再び大学・大学院に入り勉強をしている方も。本企画ではそうした再受験を体験した3人に話を聞いた。(=京大構内多目的スペース・ぶんこもにて。燕)
海外旅行に行ったと思えば…
学生に触発されることも
一乗寺のラーメン店でも学割
「再受験」という制度について
家族からの応援 友人からは好評
エピローグ
――京大を再受験するまでの経歴について。
S 僕は京大医学部を卒業して医師免許を取り、初期研修を経て精神科医として8年間働いていました。その中で、日々多くの新規患者に多くの医療者で応需していましたが、受診ニーズはそれ以上に増大し、受診待機が長期化していました。いち医療者や1つの医療機関が解決できる問題ではなく、医療のシステムや社会そのものに課題があるのではと考えました。特にコロナ禍では、政策が人々の健康と医療の現場に直接影響する様を目の当たりにしました。制度や政策、社会のシステムの観点からメンタルヘルスの問題に取り組みたいと考え、公衆衛生について学ぶことにしました。京大を選んだ大きな理由に、京大のSPH(School of Public Health)は歴史が深くカリキュラムも非常に充実していることがあります。
M 私は高校生の時から古典が好きでした。進路として文学部と教育学部で迷いましたが、手に職をつけようと、他大学の教育学部に入りました。卒業後、塾講師として国語を教える中で、教え子が文学部に入学していく様子を見て羨ましく思っていました。そんな中、コロナ禍に「死」への強い意識から自分の生き方について真剣に考えた際、「文学部で古典を学びたい」という気持ちが再燃し、京大に入学して日本古典文学の専門性を身につけようと思いました。そのために基礎的な学力をつけようと通信制の大学に2年間通い、卒論を書きました。昨年度は聴講生として京大に来て授業を受けていました。大学院入学前は平安時代の貴族文化や、平安末期から鎌倉時代までの文学を勉強したかったため、「その時代を勉強するんだったら京大でしょ」と思い京大を目指すことにしました。加えて、文学研究科の先生の公開講座をお聞きして、すごく面白いと思ったことも志望理由の1つです。「どっぷり文学に浸ろう」と決意し、仕事を辞めて京大に来ました。
K 私は他大学の経済学部を卒業して、保険業界に就職しました。商品開発や営業などを40年ほど経験し、引退後には、以前からの夢だった長編小説を4年ほどかけて書きました。執筆後、そのご褒美のつもりで、昔から望んでいた「京都暮らし」を叶えようと決めました。ただ、京都に住んでいてもやることが無いとダレてしまうので、ペースメーカーとして大学を選びました。大正解だったと思います。
――入試はどのような形式だったか。
M 科目等履修生や聴講生は、他大学だと書類選考だけで入れることが多いですが、京大は試験があります。過去問は出回っていませんでした。聴講生の試験を受ける時、ネット情報だと英文和訳が出題されるとのことだったので英語の準備をしていました。しかし実際に受けてみると英語の出題はなく、国語国文学の知識を問われる問題で焦りました。志望理由を記入する欄に、聴講したい先生への熱い想いや、京大での学びを教育活動に還元したい旨を書いたので、その気持ちが伝わって合格したのかもしれません。
K 私の場合は1時間の英文和訳と聞いていました。科学哲学史に関する出題と聞いていたので、日本語で書かれた解説書を一生懸命読んで、「何が出てもこれを書く」と決めて受けました。
S 僕は『臨床研究の教科書』を何度も読み込んで院試対策をしました。
――どのような授業を取っているか。
K 近現代史やメディア文化学の授業を取っています。歴史を扱う授業では、すぐ近くの地名が出てきます。「じゃあ行ってみよう」とすぐに行けるのでより歴史をリアルに感じられます。それと、半世紀ほど前と比べて通説が変わっている点も面白いです。また、メディア文化学は半世紀前には学問分野として独立していなかった気がするのですが、その話を体系立てて聞けるのは幸せなことだと思っています。
M 私は、国文学の授業を多く取っていますが、ファッション論についても学びました。個人が表現する点で、文学とファッションは意外に繋がる点があります。国文学に限らず、歴史などの様々な分野を勉強したいと思っています。
S まさに、文学にどっぷり浸かっている状態なんですね。
M そうですね。「なんでもやってみよう」という思いです。入学した時に研究室の先生に、「失敗していいから」と言われました。仕事をしていると、どうしても失敗できない場面がありますが、「学生じゃん。いっぱい失敗しよう」と考えるようになり、今では色々挑戦しています。
S 僕は主に公衆衛生と経済学の2つを柱として授業を取っています。SNS等において、コロナ禍前から「医療費が多すぎるから無駄を削らなきゃいけない」という議論がありました。中には「高齢者やお金を稼げない人たちを税金で助けるのは非生産的なのでやめるべきだ」とまで言う人もいました。自分はその発言に反論したいと感じましたが、生産性や効率性を重視しているようにみえる彼らに対して、倫理や理想、感情論で反論しても届かないと思いました。彼らの論理に基づいて、それがどこまでが事実でどこがそうでないかを反論したいと考えたとき、自分には経済に関する知識が欠けていると気がつきました。改めて経済について学ぶため、公衆衛生のカリキュラムに加えて、経済学部1回生が取るような入門的な授業も履修しています。
――再受験に際して大変だったことは。
M 私は仕事を辞めたので経済的に大打撃を受けました。奨学金を借りることで何とか凌いでいる状況です。一方で、お金以外のことではあまり困難さを感じていません。
S 大きな生活の変化もあり、体調を崩すことがありました。学生だと経緯によっては傷病手当や失業保険の対象にならないことがあるので、体調が悪い中で生活費を稼ぎつつ学問を続けるのは、それなりの苦労がありました。
K 私は会社を引退したのがコロナ禍で、今は円安なので海外旅行に行きにくい状況です。そのため家族には「海外旅行に行ったと思えば安いもんだ」とマインドコントロールをかけています(笑)。アパートでの1人暮らしは不便ですが、会社勤めの頃に経験した単身赴任のノウハウが今になって活きています。この時のために単身赴任していたみたいです(笑)。
――周囲の大学生たちについてどう思っているのか。
S 直接話す機会がない世代の人たちと一緒に学んだり、話したりできる場所は、本当に貴重でありがたいです。考えていることを聞くと新鮮で、触発されることもあって面白い。自分が学部生だった時に周りの大人たちが嬉しそうに面倒を見てくれた理由が分かりました。色々な可能性があって輝いている人に何かを教えたり話したりすることの楽しさを改めて感じています。
M 正直なところ、良い意味で何とも思いません。研究室の学生が年齢に関係なく親切に接してくれるからだと思います。気軽に食事や研究会に誘ってくれることもあります。年齢の違いも多様性の1つぐらいにしか見られていないようで、気にせずに勉強できるのは京大の良さだと思います。
K MさんやSさんは学生さんたちと年齢が近いので少し羨ましいです。私はすごく年齢が上なので孤立感はあります。学部生と話せる機会があるといいなと思っています。サークルなどについても、どのような団体が活動しているのか分かりにくいのが難点です。
――学部入学すると「サークル大百科」が送られて来るが。
S 院生にはそれが無いので、冊子でなくダウンロード可能なリンクでもよいのでできれば欲しかったですね。社会人でも心身の健康のために参加できるサークルがあると嬉しいです。11月祭で見かけた「庭満喫サークル」に興味があります。大会を目指すわけでもないけど、関心分野を一途に楽しめるようなサークルがたくさんあるのは、大きな大学のメリットだと思います。
――大学の制度や施設などについては。
S 図書館ってすごいなと改めて思います。本をたくさん借りられる生活はとても豊かなものです。
M 私も本には困らないです。古典の研究をしていると、「京大本」と呼ばれる貴重書があるので、京大の蔵書はありがたいです。
S あとは食堂ですね。学部生の頃より栄養バランスが気になるので、ありがたさに改めて気づきます。
K 全く賛成です。野菜も食べられるし、安価なのでありがたいです。京大に来たばかりの頃はライス中でしたが、今では食欲が増してライス大を選んでいます。東京の自宅に帰った時、普通の量のご飯では物足りなくなってしまいました。
M 美術館や博物館を安く利用できるのも便利です。学割を使うと「自分は学生なんだ」と改めて実感します。
K 私は一乗寺のラーメン屋さんでも学割を使います。学生証を店員さんに見せるとちょっとびっくりした後で味玉を載せてくれます。他には、公開講座があり、その一環で能楽を観たりAIの話を聞いたりできます。学生として講座の情報を得たり申し込んだりできる機会は、京大に来なければ得られなかったので、とてもありがたいです。
S 専門とは異なる学部、ジャンルの授業や公開講座も同じキャンパスで受けられるのは、総合大学の良さだと思います。
M 文学研究科の女性トイレに無料のナプキンが置いてあることに驚きました。「女性のこともちゃんと考えられているんだ」と感じて嬉しかったです。
――京大には再受験者は多いか。
M 多分、他大学に比べたら多いとは思いますが、少ないですかね。
――もっと増えた方がいいと思うか。
M 私はどっちでもいいかな。ただ、学びたいと思った人が学べる環境を維持しておくことが大学の使命だと思います。こういう環境はずっと残しておいてほしいです。
K 科目等履修生や聴講生を受け付けていない大学もあるので、京大のように門戸を開いているのはとても良いことだと思います。
S 医学部生の頃は、医師免許を取るための勉強が多く、能動的に学ぶ姿勢が足りない時もあり、僕もそうでした。しかし、社会人経験を踏まえて「これが勉強したい」と明確な目的を持って入って来る学生には切実さがあります。それまでのキャリアを中断したり家族との時間を削ってまでも勉強したいとの意欲があるので、学部生の頃とはモチベーションが違います。再び社会に戻って大学での最新の知見を活かすことも、社会に良い影響を与えるので、もっと再受験生が増えてほしいと思います。そのためにも、経済的な不安もあるので、奨学金などのサポートはもっと充実してほしいです。
――京大に行くことについて、家族・友人などの反応は。
S 1番大事なのが配偶者の理解でした。医師の場合、一般的には博士号を取っても収入が上がらず、むしろ何年か大学院生である分、生涯年収は下がります。配偶者からすると生活水準が一定期間下がることになるので、説明と理解は本当に大事だと思っています。
K 私はリタイアしてから家事を積極的に請け負いました。しかし、家族は「こんな生活は楽しいのかしら」と思っていたようです。京大に行きたいと家族に伝えると、みんな嬉しそうに「いってらっしゃい」と言う。なぜかなと思ったら、宿があるからと早速京都に遊びに来るわけです。少しは家族の役に立っているのかなと思います。
M いいですね。素敵です。私は夫以外には内緒で京大を受けました。夫は大変応援してくれました。親には合格後に報告したので「決まってしまったなら仕方がない」と送り出してくれました。帰省して高校時代の先生に会った時、偏差値が高い高校ではなかったのでかなり驚かれました。「後輩に向けて話してくれよ」と言われ、偉そうに高校生に体験談を話しました(笑)。
K 去年の11月に以前卒業した大学のクラス会がありました。みんな仕事をリタイアする年代で、今後の生活について考えている人が多い中、「いいね」と言われました。クラス会の半分以上は私の話を真剣に聞いていて、リタイア後のヒントを得たようでした。
――学部生時代と現在の、心持ちの共通点や相違点は。
K 共通点はありません。それぐらい時間が経っちゃったのかなと。ただ、前は卒業するために通っていましたが、今では「一分の魂で勉強してみよう」という気持ちがあるので、授業が楽しいです。新しいことを知ったり、昔習ったことは間違っていたと知ったりする楽しみがあります。
M キャリアなどを犠牲にして京大に来ているので、「やってやろう」という気持ちは強くあります。読んでいる文献の量は確実に今の方が多いです。
S オンデマンドの授業もあり、昔より時間を有効に使えています。テクノロジーの発達により、学びやすさは向上していますね。
――卒業後の予定は。
S 僕は医師として、公衆衛生に関係する分野に携わりたいです。
M 私は塾に戻って、より専門性の高い指導をしたいです。また、修了後1年間ぐらいは旅をしたいとも思っています。
K 私は自宅に帰って家事中心の暮らしに戻ります。ただ、せっかくなので京都を舞台にした中編小説を書き、今回の大学生活で得たことを盛り込みながら、京都にまつわる楽しい思い出を上手に伝えたいと考えています。
――受験生に一言。
M 結果に納得がいかないと、成功か失敗かによらず後悔が残ります。悔いのないように思いっきり挑んでほしいと思います。
K 「自分の人生の1ページ、思いっきり描いたらいいよ」っていう感じだな。京大は60歳を過ぎても楽しく学べる大学です(笑)。
S 受験の前後は、プレッシャーやショックといった心理的な変化や、1人暮らしを始めるなど環境の変化も大きい時期だと思います。心身の健康を第一に過ごしてほしいと思います。
――ありがとうございました。
座談会の参加者(学年・年齢は取材時)
Sさん 医学研究科社会健康医学系専攻博士後期2回生。35歳。
Mさん 文学研究科国語学国文学専修修士1回生。32歳。
Kさん 文学部科目等履修生。現代史学専修。60歳代後半。
Sさん 医学研究科社会健康医学系専攻博士後期2回生。35歳。
Mさん 文学研究科国語学国文学専修修士1回生。32歳。
Kさん 文学部科目等履修生。現代史学専修。60歳代後半。
目次
プロローグ海外旅行に行ったと思えば…
学生に触発されることも
一乗寺のラーメン店でも学割
「再受験」という制度について
家族からの応援 友人からは好評
エピローグ
プロローグ
――京大を再受験するまでの経歴について。
S 僕は京大医学部を卒業して医師免許を取り、初期研修を経て精神科医として8年間働いていました。その中で、日々多くの新規患者に多くの医療者で応需していましたが、受診ニーズはそれ以上に増大し、受診待機が長期化していました。いち医療者や1つの医療機関が解決できる問題ではなく、医療のシステムや社会そのものに課題があるのではと考えました。特にコロナ禍では、政策が人々の健康と医療の現場に直接影響する様を目の当たりにしました。制度や政策、社会のシステムの観点からメンタルヘルスの問題に取り組みたいと考え、公衆衛生について学ぶことにしました。京大を選んだ大きな理由に、京大のSPH(School of Public Health)は歴史が深くカリキュラムも非常に充実していることがあります。
M 私は高校生の時から古典が好きでした。進路として文学部と教育学部で迷いましたが、手に職をつけようと、他大学の教育学部に入りました。卒業後、塾講師として国語を教える中で、教え子が文学部に入学していく様子を見て羨ましく思っていました。そんな中、コロナ禍に「死」への強い意識から自分の生き方について真剣に考えた際、「文学部で古典を学びたい」という気持ちが再燃し、京大に入学して日本古典文学の専門性を身につけようと思いました。そのために基礎的な学力をつけようと通信制の大学に2年間通い、卒論を書きました。昨年度は聴講生として京大に来て授業を受けていました。大学院入学前は平安時代の貴族文化や、平安末期から鎌倉時代までの文学を勉強したかったため、「その時代を勉強するんだったら京大でしょ」と思い京大を目指すことにしました。加えて、文学研究科の先生の公開講座をお聞きして、すごく面白いと思ったことも志望理由の1つです。「どっぷり文学に浸ろう」と決意し、仕事を辞めて京大に来ました。
K 私は他大学の経済学部を卒業して、保険業界に就職しました。商品開発や営業などを40年ほど経験し、引退後には、以前からの夢だった長編小説を4年ほどかけて書きました。執筆後、そのご褒美のつもりで、昔から望んでいた「京都暮らし」を叶えようと決めました。ただ、京都に住んでいてもやることが無いとダレてしまうので、ペースメーカーとして大学を選びました。大正解だったと思います。
――入試はどのような形式だったか。
M 科目等履修生や聴講生は、他大学だと書類選考だけで入れることが多いですが、京大は試験があります。過去問は出回っていませんでした。聴講生の試験を受ける時、ネット情報だと英文和訳が出題されるとのことだったので英語の準備をしていました。しかし実際に受けてみると英語の出題はなく、国語国文学の知識を問われる問題で焦りました。志望理由を記入する欄に、聴講したい先生への熱い想いや、京大での学びを教育活動に還元したい旨を書いたので、その気持ちが伝わって合格したのかもしれません。
K 私の場合は1時間の英文和訳と聞いていました。科学哲学史に関する出題と聞いていたので、日本語で書かれた解説書を一生懸命読んで、「何が出てもこれを書く」と決めて受けました。
S 僕は『臨床研究の教科書』を何度も読み込んで院試対策をしました。
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海外旅行に行ったと思えば…
――どのような授業を取っているか。
K 近現代史やメディア文化学の授業を取っています。歴史を扱う授業では、すぐ近くの地名が出てきます。「じゃあ行ってみよう」とすぐに行けるのでより歴史をリアルに感じられます。それと、半世紀ほど前と比べて通説が変わっている点も面白いです。また、メディア文化学は半世紀前には学問分野として独立していなかった気がするのですが、その話を体系立てて聞けるのは幸せなことだと思っています。
M 私は、国文学の授業を多く取っていますが、ファッション論についても学びました。個人が表現する点で、文学とファッションは意外に繋がる点があります。国文学に限らず、歴史などの様々な分野を勉強したいと思っています。
S まさに、文学にどっぷり浸かっている状態なんですね。
M そうですね。「なんでもやってみよう」という思いです。入学した時に研究室の先生に、「失敗していいから」と言われました。仕事をしていると、どうしても失敗できない場面がありますが、「学生じゃん。いっぱい失敗しよう」と考えるようになり、今では色々挑戦しています。
S 僕は主に公衆衛生と経済学の2つを柱として授業を取っています。SNS等において、コロナ禍前から「医療費が多すぎるから無駄を削らなきゃいけない」という議論がありました。中には「高齢者やお金を稼げない人たちを税金で助けるのは非生産的なのでやめるべきだ」とまで言う人もいました。自分はその発言に反論したいと感じましたが、生産性や効率性を重視しているようにみえる彼らに対して、倫理や理想、感情論で反論しても届かないと思いました。彼らの論理に基づいて、それがどこまでが事実でどこがそうでないかを反論したいと考えたとき、自分には経済に関する知識が欠けていると気がつきました。改めて経済について学ぶため、公衆衛生のカリキュラムに加えて、経済学部1回生が取るような入門的な授業も履修しています。
――再受験に際して大変だったことは。
M 私は仕事を辞めたので経済的に大打撃を受けました。奨学金を借りることで何とか凌いでいる状況です。一方で、お金以外のことではあまり困難さを感じていません。
S 大きな生活の変化もあり、体調を崩すことがありました。学生だと経緯によっては傷病手当や失業保険の対象にならないことがあるので、体調が悪い中で生活費を稼ぎつつ学問を続けるのは、それなりの苦労がありました。
K 私は会社を引退したのがコロナ禍で、今は円安なので海外旅行に行きにくい状況です。そのため家族には「海外旅行に行ったと思えば安いもんだ」とマインドコントロールをかけています(笑)。アパートでの1人暮らしは不便ですが、会社勤めの頃に経験した単身赴任のノウハウが今になって活きています。この時のために単身赴任していたみたいです(笑)。
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学生に触発されることも
――周囲の大学生たちについてどう思っているのか。
S 直接話す機会がない世代の人たちと一緒に学んだり、話したりできる場所は、本当に貴重でありがたいです。考えていることを聞くと新鮮で、触発されることもあって面白い。自分が学部生だった時に周りの大人たちが嬉しそうに面倒を見てくれた理由が分かりました。色々な可能性があって輝いている人に何かを教えたり話したりすることの楽しさを改めて感じています。
M 正直なところ、良い意味で何とも思いません。研究室の学生が年齢に関係なく親切に接してくれるからだと思います。気軽に食事や研究会に誘ってくれることもあります。年齢の違いも多様性の1つぐらいにしか見られていないようで、気にせずに勉強できるのは京大の良さだと思います。
K MさんやSさんは学生さんたちと年齢が近いので少し羨ましいです。私はすごく年齢が上なので孤立感はあります。学部生と話せる機会があるといいなと思っています。サークルなどについても、どのような団体が活動しているのか分かりにくいのが難点です。
――学部入学すると「サークル大百科」が送られて来るが。
S 院生にはそれが無いので、冊子でなくダウンロード可能なリンクでもよいのでできれば欲しかったですね。社会人でも心身の健康のために参加できるサークルがあると嬉しいです。11月祭で見かけた「庭満喫サークル」に興味があります。大会を目指すわけでもないけど、関心分野を一途に楽しめるようなサークルがたくさんあるのは、大きな大学のメリットだと思います。
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一乗寺のラーメン店でも学割
――大学の制度や施設などについては。
S 図書館ってすごいなと改めて思います。本をたくさん借りられる生活はとても豊かなものです。
M 私も本には困らないです。古典の研究をしていると、「京大本」と呼ばれる貴重書があるので、京大の蔵書はありがたいです。
S あとは食堂ですね。学部生の頃より栄養バランスが気になるので、ありがたさに改めて気づきます。
K 全く賛成です。野菜も食べられるし、安価なのでありがたいです。京大に来たばかりの頃はライス中でしたが、今では食欲が増してライス大を選んでいます。東京の自宅に帰った時、普通の量のご飯では物足りなくなってしまいました。
M 美術館や博物館を安く利用できるのも便利です。学割を使うと「自分は学生なんだ」と改めて実感します。
K 私は一乗寺のラーメン屋さんでも学割を使います。学生証を店員さんに見せるとちょっとびっくりした後で味玉を載せてくれます。他には、公開講座があり、その一環で能楽を観たりAIの話を聞いたりできます。学生として講座の情報を得たり申し込んだりできる機会は、京大に来なければ得られなかったので、とてもありがたいです。
S 専門とは異なる学部、ジャンルの授業や公開講座も同じキャンパスで受けられるのは、総合大学の良さだと思います。
M 文学研究科の女性トイレに無料のナプキンが置いてあることに驚きました。「女性のこともちゃんと考えられているんだ」と感じて嬉しかったです。
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「再受験」という制度について
――京大には再受験者は多いか。
M 多分、他大学に比べたら多いとは思いますが、少ないですかね。
――もっと増えた方がいいと思うか。
M 私はどっちでもいいかな。ただ、学びたいと思った人が学べる環境を維持しておくことが大学の使命だと思います。こういう環境はずっと残しておいてほしいです。
K 科目等履修生や聴講生を受け付けていない大学もあるので、京大のように門戸を開いているのはとても良いことだと思います。
S 医学部生の頃は、医師免許を取るための勉強が多く、能動的に学ぶ姿勢が足りない時もあり、僕もそうでした。しかし、社会人経験を踏まえて「これが勉強したい」と明確な目的を持って入って来る学生には切実さがあります。それまでのキャリアを中断したり家族との時間を削ってまでも勉強したいとの意欲があるので、学部生の頃とはモチベーションが違います。再び社会に戻って大学での最新の知見を活かすことも、社会に良い影響を与えるので、もっと再受験生が増えてほしいと思います。そのためにも、経済的な不安もあるので、奨学金などのサポートはもっと充実してほしいです。
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家族からの応援 友人からは好評
――京大に行くことについて、家族・友人などの反応は。
S 1番大事なのが配偶者の理解でした。医師の場合、一般的には博士号を取っても収入が上がらず、むしろ何年か大学院生である分、生涯年収は下がります。配偶者からすると生活水準が一定期間下がることになるので、説明と理解は本当に大事だと思っています。
K 私はリタイアしてから家事を積極的に請け負いました。しかし、家族は「こんな生活は楽しいのかしら」と思っていたようです。京大に行きたいと家族に伝えると、みんな嬉しそうに「いってらっしゃい」と言う。なぜかなと思ったら、宿があるからと早速京都に遊びに来るわけです。少しは家族の役に立っているのかなと思います。
M いいですね。素敵です。私は夫以外には内緒で京大を受けました。夫は大変応援してくれました。親には合格後に報告したので「決まってしまったなら仕方がない」と送り出してくれました。帰省して高校時代の先生に会った時、偏差値が高い高校ではなかったのでかなり驚かれました。「後輩に向けて話してくれよ」と言われ、偉そうに高校生に体験談を話しました(笑)。
K 去年の11月に以前卒業した大学のクラス会がありました。みんな仕事をリタイアする年代で、今後の生活について考えている人が多い中、「いいね」と言われました。クラス会の半分以上は私の話を真剣に聞いていて、リタイア後のヒントを得たようでした。
――学部生時代と現在の、心持ちの共通点や相違点は。
K 共通点はありません。それぐらい時間が経っちゃったのかなと。ただ、前は卒業するために通っていましたが、今では「一分の魂で勉強してみよう」という気持ちがあるので、授業が楽しいです。新しいことを知ったり、昔習ったことは間違っていたと知ったりする楽しみがあります。
M キャリアなどを犠牲にして京大に来ているので、「やってやろう」という気持ちは強くあります。読んでいる文献の量は確実に今の方が多いです。
S オンデマンドの授業もあり、昔より時間を有効に使えています。テクノロジーの発達により、学びやすさは向上していますね。
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エピローグ
――卒業後の予定は。
S 僕は医師として、公衆衛生に関係する分野に携わりたいです。
M 私は塾に戻って、より専門性の高い指導をしたいです。また、修了後1年間ぐらいは旅をしたいとも思っています。
K 私は自宅に帰って家事中心の暮らしに戻ります。ただ、せっかくなので京都を舞台にした中編小説を書き、今回の大学生活で得たことを盛り込みながら、京都にまつわる楽しい思い出を上手に伝えたいと考えています。
――受験生に一言。
M 結果に納得がいかないと、成功か失敗かによらず後悔が残ります。悔いのないように思いっきり挑んでほしいと思います。
K 「自分の人生の1ページ、思いっきり描いたらいいよ」っていう感じだな。京大は60歳を過ぎても楽しく学べる大学です(笑)。
S 受験の前後は、プレッシャーやショックといった心理的な変化や、1人暮らしを始めるなど環境の変化も大きい時期だと思います。心身の健康を第一に過ごしてほしいと思います。
――ありがとうございました。