〈生協ベストセラー〉 毎日新聞科学環境部『理系白書3 迫るアジアどうする日本の研究者』(2009.02.16)

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理系の嘆き酒の味がする人気シリーズ『理系白書』も3冊目ということで、ルネベストにも4位に食い込む健闘ぶりには、やはり理系の深い「ため息」が聞こえてくるようだ。

本の趣旨は、ただでさえ理系待遇の悪い日本が、アジア各国の研究の質の向上で、従来の世界トップクラスの地位が脅かされている、というもの。いわく、「井の中の蛙」とも言える視野の狭さ、日本特有の硬直化した制度と、それに伴う判断の遅さ、世界レベルの人材争奪戦への出遅れ―など、看過できない課題の数々」、「世界的な大競争を迎えたいま、現状のままで損をするのは、研究者だけではなく日本という国そのもの」とあって、毎日新聞社の「憂国の情」がにじみ出ている様だ。

そういった理系待遇をめぐる問題の最先端として本書が力点を置いたテーマに、山中伸弥教授のiPS細胞の発見がある。第1章に定置されることで強調されたこの項目では、山中教授の患者への思いから、院生の協力によって奇跡的な発見を遂げた経緯など、ドラマティックな研究展開に始まり、その帰結としての特許問題に至る、一連の「iPS物語」が詳述される。山中教授が臨床で出会った重病患者の苦境とiPS細胞への期待、それに答えたい山中教授の思いには思わず涙しかかり、幼い頃に読んだ野口英世の伝記などを思い出してしまった。一方で、奇跡的な発見を遂げた後のiPS細胞の応用にまつわる話は、どれも政治的・経済的なもので、もどかしさを感じてしまう。著者は日本の対応の良点・悪点から対応の改善を訴える。

上記に始まる本書の論点で私が一番欠けていると思ったのは、基礎研究に対する精神的・学究的な観点だ。本書及びこのシリーズで徹底して追及されるのは、理系の「待遇」である。日本の良質とは言えない研究者待遇のせいで、良質な研究者が外国に逃げてしまう。だから、もっと研究費を戦略的に充実・充当させて、国内研究環境を整えるべきだ。この主張には大方賛成できないわけではない。しかし、それ以上に必要なのが研究者の社会に対する参画の在り方だと主張したい。というのも、「ノーベル症」などと揶揄される韓国の論文捏造事件に見るように、数値的な観点だけで見た研究の質というものが、どれだけ無為なものかは明らかであるからだ。

「ノーベル症」のたちの悪いところは、韓国国民が、論文捏造が正式に決定されたあとでも当該教授への支持の念を失わないところだ。「科学の発展」が全く科学的でない発想によって維持されてしまうところに現代科学の最も大きなねじれが存している気がする。

そもそも金銭的な側面だけで議論される理系待遇においては、個々の個性に基づいているからこそ価値のある研究者が、まるで金で取引できる物のように扱われているように見えて仕方がない。これはまさに未来の研究を担う読者諸志の方が強い違和感を持っておられるのではないか。金だけやれば良い研究が出るというのでは、「いい参考書を買い与えれば大学に受かる」という、京大生諸志が一番真偽を理解している命題を言っているに等しいだろう。

長きにわたり京大で学生部長を務めた益川・京大名誉教授や理科教育について積極的な提言を繰り返す小柴・東大名誉教授など、業績を成した学者は社会の構成員としての仕事を立派に行っている。『理系白書』が、「ノーベル症」の国々との比較を通じてそういった「中身」の部分での議論がいかに必要かを見る上でも役立つことを期待しつつ、本書掲載の山中教授講演録で本稿を締めたいと思う。
「この研究は、多くの若い研究者、学生が一生懸命努力をして成し遂げました。多くの人に役立ちたいのだという純粋な気持ちです。お金もうけのために転用されることはふせがなければならないと決意しています」(麒)

《本紙に写真掲載》

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