水原啓暁 情報学研究科講師「コミュニケーションする脳」(2016.6.16)

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「コミュニケーションは難しい」「コミュニケーションは苦手だ」と、多くの人が感じたことがあるだろう。かく言う私もコミュニケーションは苦手である。コミュニケーションがうまくいかないことにより、これまでの人生において周囲に不愉快な思いをさせたことが幾度となくあったろうことは想像に難くない。では、どうするか? 開き直るのも一案である。苦手なのだから仕方ない。ただ私は脳の研究者でもある。苦手ならばその原因を究明すれば、これからの人生において無用なトラブルは避けられるのかもしれない。

脳の研究者は自らに足らない脳機能を研究すると、まことしやかにささやかれている。ある研究プロジェクトに参加することでコミュニケーションの脳メカニズムの研究に引き込まれていったことは必然であったのかもしれない。

脳の中では異なる部位で異なる機能を担っている。たとえば、脳の一番後ろのほうでは眼から入ってきた映像を処理し、真ん中あたりには身体の動きをつかさどっている脳部位が存在する。ただこれらの脳部位が単独で働くことはない。状況に応じて必要な脳部位を時々刻々とつなぎ替えることで脳の柔軟な知を実現している。このために脳の活動リズムがシンクロする。複数の脳部位での活動リズムを互いに引き込むことで、脳の活動タイミングがそろう。あたかもホタルの明滅のタイミングが集団でそろうがごとくである。脳のリズムがシンクロすることで、脳の異なる部位で処理された情報を融合する。シンクロする脳部位を状況に応じて切り替えることで、複数の脳部位が協働して必要な知を創り出すのである。

一見、コミュニケーションとは無関係にみえる脳の中のシンクロ現象が、人と人のコミュニケーションにも共通することが最新の脳研究によりあきらかにされつつある。たとえば言葉によるコミュニケーションの場面においては、聞き手の脳活動のリズムが話し手の声のリズムに引き込まれてシンクロする。このことで聞き手はより鮮明に話し手の言葉を受け取ることができるのである。さらにはふたりで協力して作業する場面においては、ふたりの脳の活動リズムが互いに引き込まれてシンクロする。あたかも脳の中の複数の部位で活動リズムがシンクロするがごとくである。コミュニケーションによる脳活動のシンクロを通じて他人との間で必要な情報を融合する。このことで状況に応じた知が創り出されるのであろう。

翻って現実世界に目を転じてみる。たとえば、学びの場におけるコミュニケーションである。大学の講義をつまらなく感じることが少なからずあるだろう。最先端の知を探究する一線級の学者からの情報の伝達である。楽しくないはずがない。では、なぜつまらなく感じてしまうのか?

私は400名を超える学生が受講する講義を担当している。大教室である。大教室においては教壇と学生の距離が離れており、受講生とのコミュニケーションは難しい。コミュニケーションが図れない状況においては、教師と受講生との間で脳の活動リズムを互いに引き込むことが難しくなる。一方通行の情報の伝達が行われる。受講生のコミュニケーションの窓が開かれていないタイミングで無理やり情報を押し込む。知を創り出せない。かくして学生にとって講義がつまらないものになっていく。

大教室におけるコミュニケーションの試みとして、講義資料を映し出すスクリーン上に受講生からのコメントをリアルタイムで表示させている。ある動画配信サービスにおけるコメント機能のようなシステムである。受講生の反応により教師のリズムが引き込まれる。スクリーンに映し出されるコメントにより受講生同士のリズムも互いに引き込まれていく。大教室はあたかも現実世界が織り成す脳となり、教師から伝達される情報のみならず、受講生が発した疑問やコメントも含めて融合していく。あらたな知が創り出されていくことが期待できるかもしれない。

コミュニケーションの脳メカニズムの研究は緒に就いたところである。リズムのシンクロによる理解は、コミュニケーションの脳メカニズムのある側面にしかすぎないであろう。コミュニケーションの脳メカニズムのすべてを解明したというにはほど遠い。真に円滑なコミュニケーションを実現する方法が見つかるのは、まだ先のことになるであろう。では、どうするか?それまでは、やはり、コミュニケーションは苦手なので仕方ないと開き直ることも必要かもしれない。

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