諸富徹 経済学研究科教授「『パナマ文書』の衝撃」(2016.5.16)

Filed under: 複眼時評
????????????????????
今月3日、「パナマ文書」と題されたファイルが国際的に公開され、この文書の内容を各国主要メディアが一斉に報じ始めた。各国首脳級の租税回避スキャンダルが次々と明らかになり、アイスランドでは首相が辞任するなど、大きな衝撃が走っている。

これは、パナマに本拠を置く法律事務所のモサック・フォンセカのデータベースから流出した大量の文書情報のことだ。文書件数にして1150万件、2.6テラバイトに及ぶ膨大な量のデータで、スノーデンが2010年にウィキリークスを通じて流出させた情報量のさらに1500倍という、史上最大の情報流出事件である。この情報は当初、南ドイツ新聞に匿名でもたらされ、その量、質、国際的広がりを理解した同新聞が「国際調査報道ジャーナリスト連合」とデータを共有した。80か国以上にまたがる約400名のジャーナリストの国際協力で分析が進められ、その結果が現在、次々と記事化されている。

そこからは、中国の習近平国家主席や英国のキャメロン首相の親族、ロシアのプーチン大統領周辺人物が、モサック・フォンセカを通じてタックスヘイブンに法人を設立し、租税回避や資金秘匿に手を染めていた疑いがあることが、次々と明らかにされている。各国の政治的指導者は、国民に納税を求め、租税回避に厳しく対処する立場だ。しかし、自ら率先して租税回避に努めていたとあっては、政治家としての国民の信頼が地に堕ちるのは自明だ。

では、法律事務所のモサック・フォンセカとはいったい何を手がけていたのだろうか。このビジネスモデルの核となるのは、その守秘性である。つまり、何かを隠したい顧客に対して、それを実現するサービスを提供するのが、この法律事務所の仕事だ。典型的には、顧客がタックスヘイブンに架空の会社と銀行口座を設立するのを手伝い、必要があれば、その会社の架空の経営者を用意するが、登記上は顧客の名前が表に出ないようにする。タックスヘイブンに架空の会社設立を行うこと自体は不法行為ではないが、それが租税回避だけでなく、薬物や武器の取引、そして資金洗浄に使われることが問題なのだ。モサック・フォンセカは1977年に創設されたが、いまや世界42か国で約600人のスタッフを抱えるまでに成長し、こうしたサービスを提供する法律事務所の中で、世界第4位の規模を誇る。ただし、その本拠がパナマに置かれていることが、業務遂行上、大きなポイントだ。

パナマは、租税回避ビジネスにとって、天国のような環境を提供してくれる国だといってよい。OECDは、リーマンショック後の2009年以来、G20と協力しつつ租税回避防止の国際枠組みを形成し、課税情報に関する国際的自動情報交換システムを構築しようとしてきた。そして、国際課税に関する透明性の基準を設定し、加盟国に準拠を求めてきた。しかしパナマは、透明性向上にも、国際的な自動情報交換にも、最も頑強に抵抗し、非協力を貫いてきた。パナマ文書が明らかになったことで、パナマが国家として抱えている問題が誰の目にも明らかになった。それによってパナマが何を守ろうとしてきたのかも、白日の下に晒された。先週、ワシントンで開催されたG20財務相・中央銀行総裁会議では、非協力国リスト作成の基準作成と、非協力国に対する制裁導入で合意がなされた。パナマおよび同様のタックスヘイブン国に対する国際的圧力が、一層強まることは間違いない。

これまでは、アップル、グーグル、スターバックスなどのアメリカ企業が租税回避では槍玉にあがってきたが、これまでのところ、アメリカの著名企業や政治家の名前は挙がっていない。とはいえ、アメリカにもパナマ文書の影響は及んでいる。なぜなら、アメリカの複数のメディアによれば、大統領候補のヒラリー・クリントンにきわめて近い複数の人物の名前が、パナマ文書に挙がっていると報道されているからだ。民主党の指名獲得をほぼ手中に収めたといえるクリントン候補だが、このタイミングでこの問題が報じられることは、本選に悪影響を及ぼす可能性がある。なぜなら、クリントン候補のイスタブリッシュメントとしてのイメージや、ウォール街との近さを、有権者に改めて喚起し(これは、大統領選でマイナス要因として働く)、そしてビッグマネーの彼女への影響力の大きさを想起させるからである。

日本に関しても、これまでのところ著名な政治家の名前がリスト上に見つかるといった事態になっていない。しかし、日本が無関係というわけでは決してない。それどころか、パナマ文書には400人以上の日本人と、40以上の有名企業の名前が記載されている。この点は、著者自身も確かめてみたが、「国際調査報道ジャーナリスト連合」のHPからアクセスすれば、だれでも無料で簡単に個人名と企業名、そして彼らの住所を知ることができる。しかも、リストに記載された個人・企業同士のネットワークがHP上に図示される点が、きわめて興味深い。これらが直ちに不法行為を意味するわけではないが、文書に記載されている情報に基づいて、関係者が何を行っていたのかを調査し、報道することで、パナマ文書と日本のつながりを解明することは、報道機関の責任ではないだろうか。それをきっかけに、租税回避問題を他人ごとではなく、自国の問題として議論を深めるべきだと思う。富裕層や企業によって回避された税金は結局、消費税などの形で我々に跳ね返ってくるのだから。

トップページお問い合わせサイトポリシー著作権について個人情報の取り扱いについて
京都大学新聞社 〒606-8317 京都市左京区吉田本町 京都大学構内 TEL:075-761-2054(直通) 075-753-7531(内線2571) FAX:075-761-6095