複眼時評

曽我部真裕 法学研究科教授「政治改革2.0」

2015.12.01

2015年9月、安保法制をなんとか成立させた安倍晋三政権は、アベノミクス「新・3本の矢」を発表して軸足を再び経済に移し、来年の参院選に向けて態勢の立て直しを図っている。安保法制に対しては強く反対する国民が多く、また、違憲であるとの強い批判もあり、さらに、国会審議は明らかに丁寧さを欠いていたにもかかわらず、与党内から表立った反対がなく、野党の足並みの乱れもあって、法案は修正を受けることなく成立した。

これは、巷間糾弾されているような、安倍政権の独裁的な体質によるものなのだろうか。

もちろん、安倍首相の思想や人格によるところも少なくないだろう。しかし、現実は複雑であり、もっぱらこうした観点から説明することは過度の単純化のそしりを免れず、別の問題を見逃すことになる。そこで、今回は、憲法の観点からこの問題を考えたい。憲法と言ってもこの間様々に議論された9条の話ではなく、首相の権力を支える制度的な要因について考える。

端的に言って、安倍首相個人の思想を色濃く反映する安保法制が成立したのは、制度的な要因も大いに関係している。1990年代半ばから2000年前後にかけて、統治機構に関する憲法の条文はもちろん変わっていないが、それを肉付けする法律は一連の政治改革によって大きく変わり、政治を取り巻く制度の枠組みは新たな様相を呈している。具体的には、衆院選における小選挙区制、政党助成制度、内閣機能および内閣における総理大臣の地位の強化、等であり、これらはすべて党首=首相の権力を強化するよう機能する。

これらの制度にはそれぞれ強い批判があるが、それにもかかわらず導入されたのは、①小選挙区制によって二大政党制を確立し、衆院総選挙を政権選択選挙とし、実質的に首相を国民が直接選出できるようにすること、②首相のリーダーシップと責任のもと、縦割り行政を排し、国民から直接付託を受けた政策を推進できること、等が期待されたことによる。それまでの自民党一党優位体制は、政権交代がないことによって様々な弊害が生じていたことや、党内の権力構造が複雑で、決定の責任の所在が不明確であったことの改革を狙ったのである。

このような政治改革は、実際の政治の有り様を大きく変えた。安保法制の成立を支えた制度的背景は、このようなものである。安倍首相=自民党総裁は、この強い権力を用いて内閣法制局の憲法解釈を変更させ、与党内の異論も抑えこんだ。憲法解釈の変更も含めた安保法制あるいはアベノミクスの成否について安倍首相が政治責任を負うべきことは極めて明らかである。これらの政策に対する評価は別として、政治改革は、首相のリーダーシップの確立と責任の明確化には成功したといえるのではないか。

他方で、期待された効果のうち、未だ実現していないものもあり、いびつな形になっている。とりわけ、政権交代が定着していないことは、官僚や各種業界団体と与党との距離の近さのほか、最高裁の違憲審査が十分機能していないことの原因の1つにもなっていると思われる。政権交代の定着は民主政にとって死活的に重要であり、死票が多く非民主的な選挙制度であるとさえ非難された小選挙区制が導入された大きな理由の1つは、政権交代を可能にするためであった。

このほか、首相のリーダーシップが実現したことによって見えてきた課題もある。紙幅の関係もあり、ここでは3点を簡潔に指摘したい。1つは、ねじれ国会の問題である。衆参の多数派が異なると、容易に政権は行き詰まることが、2006年から2012年にかけての内閣がいずれも1年内外で退陣したことによって示された。衆参の多数派が異なることを評価する考え方もあるが、政治改革の論理からすれば問題であると捉えられることになる。ただ、これは憲法の規定に由来する現象である。

2つめは、首相権力の統制の問題である。首相のリーダーシップが強化されれば、その反面として統制(責任追及)の要請も高まるはずである。最大の責任追及の方法は、総選挙での敗北(政権交代)であるが、前述のように定着していない。これには一票の較差のような制度的な要因もあるのかもしれない。国会による統制にも制度的な問題がある。政権批判を担うマスメディアのうち、特に公共放送の制度的な脆弱性解消は急務である。

最後に、と言ってもある意味ではもっとも重要な点であるが、安保法制審議のプロセスで文字通り可視化された代表制の危機の問題である。全国でデモに参加した個人や団体は多数に上るが、与党はもちろん、野党各党も彼らの声をすくい上げられていなかった。社会に広く根を張るための各党の努力に加え、選挙制度規制や政党助成制度など、制度的な要因もないのか、吟味が必要だろう。

以上、要するに、政治改革はまだ途上にあり、所期されたが実現していない点や新しい問題点に対応するための、いわば政治改革2.0が求められている。

(そがべ・まさひろ 京都大学大学院法学研究科教授)