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参照基準に反対の声多数 経済学教育の画一化を懸念

2013.12.16

日本学術会議経済学委員会が作成中の「大学教育の分野別質保障」のための「専門分野(経済学)の参照基準」に対して、一部の経済学者や経済学関係の学会が、参照基準原案の「是正」を求める署名活動や意見書の提出などを行っている。

同委員会が11月11日付で発表した「原案」では、経済学を、有限な資源に対する「選択(意思決定)の科学」であると定義し、その選択に際しては「人間は経済的なインセンティブに反応することが基本的な原理」と合理的選択論による人間観が前提とされる。また経済学はその各分野においても、ミクロ経済学、マクロ経済学が提供する「共通の経済学的なアプローチに基づいて法則を見出すことに意義が認められている」とする。こうした論に基づいて、基礎的な科目として「ミクロ経済学、マクロ経済学、統計学」が位置付けられ、経済史や経済制度に関する教育も、「できるだけミクロ経済学、マクロ経済学と関連」づけた「体系性を重んじた標準的なアプローチを念頭に置きつつ行われる」ことが望ましいとされている。

この参照基準「原案」に対して、社会経済学に携わる教員を中心に、是正を求める声があがっている。「原案」では、現在経済学で主流である新古典派的アプローチが重視されており、社会経済学など非主流派の理論については、極めて記述が少ない。そのため、現在の内容が確定してしまえば、大学において多様な経済学の教育、研究が妨げられるのではないか、との懸念があるからだ。参照基準反対の根拠としては、「経済学に関して、現在日本の大学教育では、諸外国と比べて多様な科目が用意されており、このような日本の経済学教育の現状と乖離しており、『原案』は基準の役割を果たさない」こと、さらに、「多様な経済学が教育、研究されなくなり、主流派経済学に依存するようになれば、複雑化する現実社会の問題に対処できなくなりかねない」ことがあげられると、署名活動をとりまとめている京都大学経済学研究科教授の宇仁宏幸氏は語る。

京都大学経済学研究科教授の岡田知弘氏ら研究者有志は、10月28日から「経済学分野の教育『参照基準』の是正を求める全国教員署名」を開始。11月30日の1次集約までに、社会経済学、社会政策、経済史を専門分野とする教員で構成される1061名の署名を集めた。学会では経済理論学会が原案発表前の10月5日付で要望書を提出しているほか、進化経済学会(11月5日)、経済教育学会(11月25日)、社会経済史学会(11月27日)、基礎経済科学研究所11月28日)、経済学史学会(12月1日)がそれぞれ意見書や要望書を発表している 。

それに対して、経済学分野の参照基準検討分科会は、「大学教育の内容は各大学の自主性に任せる。この参照基準はあくまでも参考として示されるにすぎず、具体的にカリキュラムを拘束するものではない」と主張している。また、「政治経済学などの非主流派経済学を教えているのは国立大学を中心とする少数の大学に限られる。よって、今回の参照基準は現状に即して作成しているにすぎない」と言及しており、学術会議と反対側で、現在の日本の大学における経済学教育の現状認識に齟齬が生じている。

分科会委員をつとめる京都大学経済学研究科教授の久本憲夫氏は、「参照基準はカリキュラムを束縛する意図はないが、それが公表された結果としてカリキュラムに影響を及ぼすことは十分にありうる」と語る。そのため分科会は、今後は反対教員、学会の批判を参考にしながら、具体的に特定の教育内容へ誘導することのないように注意を払いつつ、参照基準の見直しにあたっていく予定。最終案としてまとめられ、経済学部を持つ日本の各大学に出される期日については未定である。

日本学術会議は文部科学省から依頼を受けるかたちで、2008年5月から大学教育の分野別保証を目的に、各学術分野ごとに参照基準の作成を行っている。同事業の一つとして、学術会議経済学委員会は「経済学分野の参照基準検討分科会」を設置し、今年2月から「経済学分野の参照基準」の作成を進めている。「経済学を学ぶことで獲得することが望まれる知識、能力を提示し、その実現に向けての学習方法、評価方法の提案などを記す」ことを目標としている。

用語解説 【社会経済学】経済現象に対して、経済的な要因からの分析にとどまらず、政治的、社会的、文化的な要因とそれらの相互関連の中で分析する経済学。一例としては、以前にマルクス経済学が繁栄を極めた。政治経済学と呼ばれることもある。

【新古典派経済学】

経済主体が、与えられた制約の下に利潤を最大化する合理的な存在であること、市場が自動的に安定化されることなどを前提として、希少な資源をいかに効率的に用いるかを問題の中心にする経済学。近代経済学と呼ばれることもある。