文化

民衆主体の革命後にむけて 地球研市民セミナー〈アラブの春〉:地球環境から考える

2013.10.16

9月20日、総合地球環境学研究所で第53回地球研市民セミナー「〈アラブの春〉:地球環境から考える」が開催された。同研究所は大学が共同で利用できる研究機関として、地球環境学を総合的に研究することを目的に、2001年に創設された。地球環境学は生態学、文化人類学などの幅広い分野にまたがる学問領域であるため、同研究所の研究員は自然科学系だけでなく人文科学系からも構成されており、互いに連携して研究活動を進めている。また国内だけでなく海外の研究機関との連携も盛んである。地球研市民セミナーは、同研究所の研究成果を市民に情報提供することや、参加者からの問題提起をもとに地球環境問題を考えていくことを目的として、2004年からおよそ月1回のペースで開催されている。

今回は、近年着目されている「アラブの春」について、チュニジアとエジプト2カ国の研究成果を取扱い、民主主義や地球環境のこれからについて考察を進めた。講師として鷹木恵子氏(桜美林大学専任教授)と縄田浩志氏(地球研プロジェクトリーダー)が発表した後、エジプトからハーフィズ・クーラ氏(地球研プロジェクト研究推進支援員)とアルジェリアからアブドゥルラフマーン・ベンハリーファ氏(地球研プロジェクト研究推進支援員)を交えて、パネルディスカッションが行われた。

鷹木氏は「チュニジアの革命と農民蜂起」というテーマを取り扱った。まずチュニジアで起きた革命は「アラブの春」の発端となり、アラブ諸国へ大きな影響をもたらしたことを確認し、アラブ革命を人類学の理論から解釈した。フランスの家族人類学者E・トッドの説明を用いて、現在のチュニジアが伝統的価値観から離れて、男女平等などの西洋近代社会の価値観を受け入れつつあることが、女性の識字率の上昇、出生率低下、いとことの内婚率の低下といった観点から示されると語る。その上で、現在イスラム穏健派が勢力を広げているため、チュニジアの近代化が進んでいると分析を加えた。またインド生まれの文化人類学者A・アパドゥライの考察からは、革命及び革命後の状況を脊椎型システムと細胞型システムという2つのモデルのせめぎ合いである、つまり政権側の動向と市民・地方レベルの動向とのせめぎ合いであると引用をする。脊椎型システムが丈夫であることは重要だが、あまりに強すぎれば一つ一つの細胞を圧迫し、民衆のデモや暴動を誘発させかねないと語った。そして、革命後の現在のチュニジアで望ましい脊椎型システム、つまり民主的体制や国家統合とはどうあるべきかについての考察を促した。

また鷹木氏はオアシス農地での実地調査に基づいた分析を行う。調査地を始めとするオアシス農地では、革命以前に国営農場が民営化され、農民に土地が分配されなかったが、強大な独裁体制のため不満を抗議活動に変えられなかった。その不満は革命による独裁政権崩壊に伴って噴出し、農民の富者や国家に対する抗議活動が展開されたことに言及した。そしてこのような農民蜂起は、国営農場の民営化がもたらす利益について両者が異なった認識を抱いていたことが原因で起きた、つまり農民は農地の分譲を期待していたが、国家は赤字削減や輸出額の増加を念頭においていたため、一部の大地主に土地を払い下げたことによって生じたと語った。

最後に、今回の現地調査から民衆・農民の論理を読み解いていったように、人類学者としてミクロの視点からそういった「意味の網目」を読み解き、豊かな生活を紡いでいけるような支援につながると自身の研究の意義・展望を語った。

縄田氏は「『尊厳のあるパン』アイーシャ・カリーマ:エジプトの人々が求めているもの」というテーマでエジプト革命を扱った。まずこの革命が食料品の物価上昇や人口増加、高い失業率といった要因が複合的に結びついてもたらされたものであることを指摘する。またエジプト最大の外貨収入源である石油の国内消費量が生産量を上回ったことから、今後外貨収入に依存しない経済発展を政府は主導していくべきだと主張した。そしてアラブ庶民が求めているのは「アリーシャ・カリーマ」、生き生きとした個人の人生、生業であり、現在ある地球環境資源、水、食料、石油をそのような「生業」につなげていくことが政府に求められると指摘して講演を終えた。

パネルディスカッションでは参加者からの多様な視点による質問が相次ぎ、活発な討論が交わされた。アスワンハイダムの建設による洪水の管理の強化と穀物生産の不調との相関関係が指摘された他、ダム建設に際しての文化財の保護の現状など、民主化運動という観点にとどまらないエジプト・チュニジアにおける問題へのアプローチがなされた。最後に司会者から、「アラブの春」後の今、市民の立場を重視した民主化が中東諸国で実現されることが期待され、閉会した。(千)