井波律子 国際日本文化研究センター教授 「翻訳者にきく 三国志の読み方」(2008.02.16)

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今もむかしも日本人は三国志が大好きだ。かたちや規模は違っても三国志ブームの火は消えることはなかった。現代においては三国志ほど人気のある中国文学は他に類を見ない。歴史書たる『三国志』、歴史小説の傑作『三国志演義』をはじめとして、非常に多くの作品が世に生み出され、受け入れられてきた。

何がそこまで我々を惹きつけるのだろうか。演義の全訳を個人で完遂し、関連書籍を数多く手がけるなど、『三国志』だけでも『三国志演義』だけでもない、「三国志」について知り抜いた、最高の語り部たる井波律子さんに、その魅力を話してもらった。(秀)

〈翻訳という仕事について〉


―井波さんは数年前に『三国志演義』個人全訳という偉業を成し遂げられました。これは作業量だけでも相当大変だったのではないですか?

それはもう。トータルで6年くらいかかった事業です。毎日毎日少しずつ、積立貯金みたいに少しずつ進めていきました。一気に進める日もあれば、難しくてなかなか進まない日もあった。ですが終始一貫、なんて面白いのだろうと楽しみながら翻訳できました。

30年も前ですが、私はもともと正史『三国志』を共訳したことがあったんです。大学で六朝文学を専門にしていた流れで、先輩から話があって。それから曹操父子の詩に着目して論文を書いたこともあったし、三国志関連の本も何冊か書きました。今はどうかわかりませんが、当時は三国志といえば『三国志演義』のことだった。そうした中で史実としての『三国志』を取り上げることで、いわば虚構をそぎ落とすようなことをしていました。

すると今度は、歴史がいかに物語化されていったのかに興味を持つようになって演義全訳を志すようになりました。もちろん大変なことはよくわかっていました。正史『三国志』は三人で分担して、私は蜀書だけを訳したんですね。こうした共訳ができたのは『三国志』が三部構成をとっており、魏書・蜀書・呉書がそれぞれ独立しているからです。けれども『三国志演義』は物語ですからね。全体で一つの流れを持つ物語だから、言語感覚も文体も異なってはいけない、やるなら一人でやらねば、ということで個人全訳してみようとなったのです。

―『三国志演義』は『三国志』をベースに『世説新語』などたくさんの書物の影響を受けてつくられた講釈をまとめたものとされています。非常に複雑な経緯を経て成立しています。翻訳される際に多くのレファレンスが求められたのではないですか?

先述の通りもともと正史の訳をしたから。そののちも周辺の文学作品や歴史資料を読んでいたから翻訳に当たって新たに勉強しなおすことはなかったですね。なにしろ30年間も三国志と向き合ってきたわけですから(笑)。2世紀から3世紀の間、約100年間に起こった歴史事実がその後1000年以上かけてどう物語化されていったか、その流れは自然に意識できていたような気がします。

―読者もやはりそうした「物語化」の流れに思いを馳せながら読むのがいいのでしょうか?

そうは思いません。物語なのですから難しいことをいちいち考えなくてもいいと思いますよ。楽しんで読まないと。まあ正史と演義を読み比べてみるという楽しみももちろんありますが。演義は本当に面白いですよ。人物の葛藤だとかダイナミックな勢力の盛衰などなど。もともとが「語りもの」ですから耳で聞いて理解できなくてはいけない。だから言葉も平明でリズムがある。私も翻訳するときには単なる歴史の記述をするのではなくて語りの調子を出そうと努力しました。

―むかしの中国の人が話していた、語っていた言葉を現代の日本語に直すのはとても大変なことと思いますが…。

そこに翻訳の難しさがあります。やっぱり現代の日本に生きる私が読み、訳すのだから、言語感覚をそのまま引き出すのは無理であって、今の時代に現在的な時間として動く演義世界がえがけたらいいな、と。「いま、ここに」描かれる三国志世界、「歴史的現在」みたいな感じで。
海外の歴史物語を翻訳するときに「ござ候」みたいな日本の時代小説風の訳をする人がいるけれど、あれはよくないと思います。言葉のにおいがぜんぜん違いますから。だって私が中国語の原文を読んでいるとき、たとえば関羽がそんな言葉遣いをしているとは読んでいませんからね。誰でもそうだと思うけど外国語を読むときは自動的に日本語化して今の自分の言語感覚で捉えていると思う。だからもしかしたら、三国志の人物が今っぽいしゃべり方してるな、というところはあるかもしれませんね。

ああ、ひとつ気をつけたのはカタカナはやめとこうということですね。三国志の時代の人がカタカナ語を話していたら可笑しいでしょう(笑)。

〈「物語」を内包した「歴史」〉


―三国志は日本で非常に人気がありますが、どんなところに魅力があるとお考えでしょうか?

まず正史の話ですが、『三国志』は陳寿という歴史家が書きました。蜀に生まれ蜀滅亡後には晋に仕えたというほぼ同時代の人物です。後代の正史は王朝に任命された複数の史官が、前の王朝についての歴史を編纂したものですが、『三国志』それから『史記』『漢書』『後漢書』までは一人の歴史家が個人の立場で書き上げたものです。だから、それぞれの歴史家の視点が反映されていて、その人の歴史観・時間認識が濃厚に現れています。その点でこれら4つは正史というジャンルの中では特に傑作だとされます。

―主観の入った歴史書が傑作とはどういうことでしょうか?

歴史書としてだけ見るならば客観的記述で事足ります。何年何月に何があったということを列挙すればいい。ですが作品としてみたとき、『三国志』のようにフィルターがかかったものは逆にすぐれたものになる。陳寿は晋王朝のもとで書くわけですから、当然晋に禅譲した魏王朝を正統として書かねばなりません。けれど先ほど述べたように彼は蜀の人です。魏を正統としたうえで客観的に歴史を記そうとする姿勢も感じられますが、同時に蜀を称揚したい、という意識も随所で感じられるんですよ。魏や晋の人物に関しても「読む人が読めば批判しているとわかる」程度に批判している部分があったりする。そこが面白い。

だから、のち演義が描かれるとき蜀正統論で物語が進みますけど、その萌芽はすでに正史にあったわけです。演義をまとめたのは明代の羅貫中という人物だとされていますが、彼自身の歴史観みたいなものはさほど感じられない。陳寿の歴史認識を下地に、その後の時代、たとえば異民族の圧迫感を感じていた南宋時代などの判官贔屓的な感情を羅貫中は採用しているだけです。その意味でいえば、すでに『三国志』という歴史書が『三国志演義』という物語に変身していく可能性を持っていたのでしょうね。

演義がすぐれている点には三国志世界を時系列順に組みなおしたことが挙げられます。『三国志』は紀伝体で書かれているため、時間の、歴史の流れは非常につかみにくくなっています。陳寿自身非常にしっかりした時間認識は持っているのですが、紀伝体というスタイルを採用している以上それは読者にはわからない。赤壁の戦いについて読もうと思っても、曹操の伝(武帝紀)では原文でたったの22字、あっさりしたものです。彼は大負けしているのだけれど、魏を正統とする以上、負け戦について大々的には書けない。

対して呉の人物や諸葛亮の伝では詳細に記述されている。これらの記述を総合して読まないと一事件の全体的経緯や歴史の全体的なダイナミズムはつかめない。それぞれ空間的に「離れた」ところに掲載されているから同じ時間軸上に事件を並べるのは難しい。

演義はそうしたばらばらの場所に記された事件をおおむね正しい時間軸に乗せて構成しなおしている。また、100年の歴史を全120回に分け、それぞれの話に対句の見事なタイトルをつけています。すごい構成力ですよ。この羅貫中と目される演義の作者は相当な教養の持ち主だったに違いありません。

〈そして、語られつづける〉


―正史、演義ともに翻訳された井波さんですが、実感としてこれらのいわゆる「原典」に触れる日本人の読者というのはあまり多くないのではないでしょうか? 日本人作家による小説やマンガ、あるいはゲームなどで三国志世界を知る人が多いような気がしますが。

まあ絶対数としては少ないでしょうが…。でもゲームとか何かで三国志にディープにはまった人には演義や正史の原作も読んでみようとする人も結構いるようです。私としてはどんな入り方でもいいと思いますよ。マンガやゲームで三国志世界に触れて、もうちょっと知りたい、と思ってもらえたらいいと思います。もともとはもっと面白いんだよってね。

私も吉川英治版は読んだことあります。横山光輝のマンガ版もパラパラとめくってみたりしました。作家の書いた三国志ものは、今度はその作家の視点から書かれている。それはそれでとても面白いものです。それでもやっぱり、「原作はいい」って思いますよ(笑)。

―日本人作家による三国志ものは、ほとんどが演義のほうを典拠にしていますね。考えてみればそれは三国志という歴史事実の「虚構化の虚構化」になります。そうした文学的な動きについてどう思いますか?

本当は正史に立ち戻ってそこから虚構化する姿勢のほうが正しいのかも知れませんけどね。ちょっと前に作家の陳舜臣さんと対談したときに聞いた話ですが、作家は『三国志演義』みたいな物語を読むと「自分も書きたい」と思うようです。自分の三国志世界を構築したいってね。正直なところ私はそうした意欲はなぜ湧いてくるのか、よくわかりません。私の場合、原文を読んでこれをそのまま日本語化して紹介したいと思った。その点作家さんの意欲に通じる部分はあるかもしれませんけれどね。究極的には翻訳だって原作を移し変えることですからね。

自分がどう読むかっていう問題なのでしょう。私の場合、テキスト化された講釈のあの中国語の流動感をなんとか日本語にして伝えたい、と思った。作家さんは『三国志演義』を読んで、「もしここであいつがこう動いたら」、「もしこの場面にあいつがいれば」とかいう想像力を働かせながら読んで、その想像を活字化したいと思ってしまう。そういうことなのでしょう。

だから、私の翻訳や他の作品でも、読んだ人が今度は自分の視点で三国志世界を構築していくのがいいのではないですか。

―三国志に取材したゲームやマンガを見ていて感じることなのですが、人物のビジュアル化が甚だしく進んでいる気がします。なんとなく納得できるビジュアルもあれば、違和感を覚えるものもあります。井波さんはお感じになることはありませんか?

たしかにありますね。ビジュアルのことですが、『三国志演義』には非常に風貌に関する記述が多いですね。関羽の見事なひげとか眉目秀麗な周瑜とか。馬超なんか「玉のような顔、流星のような眼、虎の体に猿の腕…」とかなんとかって、非常に詳しい描写ですが、そんな気持ち悪い人間がいるかしらって思いますけどね(笑)。ひげとか体格とか本当に見た目の話が多い。シンボルマークがはっきりしているんですね。それももともとが講釈という形なので、耳で聞いてイメージしていたからだんだん強調されていったのでしょうね。正史のほうは、演義ほどは書いてありませんが、劉備の大きな耳の描写がすでにありますよ。そうした記述をさらに強調していった先に今日の絵や人形などに描かれる人物像があるのでしょう。

―ビジュアル化と並行してキャラクターの独立を感じます。マンガやゲームで描かれるイメージを元に三国志の登場人物にファンがつくような状況にまでなっている。こうしたキャラクターの一人歩きに関して思うところはありませんか?

見た目だけでなく描かれる人物それぞれがすごく個性的ですからね。あらゆる人物類型が三国志の中にはある。「誰々が好き」という読み方だって構わないと思うけど、その人一人だけが三国志世界を生きていたわけではないですからね。一人じゃ乱世を戦えませんから。物語の本当の面白さは、色んなタイプの人間がいて、それらの人間が織り成す関係性にあると思います。関羽の魅力は一騎当千の武勇であり、一途に貫いた忠義であるけれど、その上に劉備や張飛、敵方であるはずの曹操との微妙な関係性が加わるから絶大な人気を獲得したのではないでしょうか。

―日本と中国の読者では三国志の物語や人物イメージの受け入れられ方には違いがあったりしますか?

人物のイメージはそう違わないと思いますよ。人気に関しても、関羽は人気があって曹操は嫌われる。違いよりも共通性のほうが見られて面白いですよ。

物語の受け入れられ方の点で言えば、中国では権謀術数の物語として読まれている気がします。子どもの読み物じゃないんですよ。欺いたり騙したりの世界ですから。日本では群像活劇として読まれることが多いのではないですか。なんか三国志の話をビジネスの話に結びつけているような本もあるようですね(笑)。いいと思いますよ、自分の読み方というか、必要度合いに応じた読み方で。ただ歴史文学として、とても楽しいものなんだ、感動的な物語なんだってことは知っていて欲しいと思いますね。

日中の違いというより、本当に読む人それぞれによって違う、といえると思います。

―井波さんは中国文学の世界を縦横に往来し、その世界を『中国の隠者たち』『奇人と異才の中国史』など独特の切り口で紹介する本をたくさん書かれています。こうした著述スタンスをとるのは何故ですか?

人や物語を紹介するときには具体的なイメージが浮かんでくるのがいいと思うんです。それで私はできるだけたくさん、具体的に、中国の文人や文学作品に関するエピソードを取り上げます。そうすることで、その人やその作品のコンセプトが浮かび上がってくる。論理の言葉でいくら言っても「あなたはそういうけど」ってなってしまう。

『三国志演義』翻訳の際に、「歴史的現在」を顕現させたいと言いましたが、三国志に限らずどんな歴史でも、新たな光を浴び、新たな文脈でとらえかえされるたび、いきいきと蘇ってくるものです。詩や小説にしても原書に脈打つ情動やリズム、汲めど尽くせぬ魅力を伝えられたらいいなと思っています。

私自身、おもしろくて楽しいものを求めて、古代から近世・近代に至るまで中国文学の世界を探求しています。楽しくないことを無理にやってもしかたありません。私自身の驚きと快楽に満ちた読書体験が反映されていればこれに勝る喜びはないと思います。

―ありがとうございました。

『三国志』と『三国志演義』

『三国志』は後漢末以降の戦乱期を魏・呉・蜀漢の三国を中心にまとめた歴史書。陳寿の作。中国の「正史」の一つに数えられる。「紀伝体」を採用している。紀伝体は皇帝の一代記「本紀」とそれ以外の人物の伝記「列伝」が独立してまとめられ、それらを並べて構成する歴史書のスタイル。『史記』の著者司馬遷の発明。のちの中国文学作品にも大きな影響を与える。

『三国志演義』は元末明初に、それまで講釈として語り継がれた三国志の物語を文章の形でまとめられたもの。羅貫中と目される士大夫層の作者によりつくられた物語(フィクション)である。正史の記述をベースにしながら小説的脚色が加えられている。個々の伝記に記述された歴史的事件を一つの時間軸に構成しなおしている。蜀漢(劉備や諸葛亮など)の視点を中心にして物語が進む。

《本紙に写真掲載》



いなみ・りつこ 1944年富山県生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。国際日本文化研究センター教授。専門は中国文学。『三国志』(ちくま学芸文庫、共訳)『三国志演義』(ちくま文庫)の翻訳を手がける。著書に『三国志名言集』『中国文学の愉しき世界』(以上岩波書店)『奇人と異才の中国史』(岩波新書)『裏切り者の中国史』(講談社選書メチエ)『トリックスター群像』(筑摩書房、07年桑原武夫学芸賞受賞)などがある。平明な文章で中国の文人や作品を全時代的に紹介し、中国文学の魅力を縦横無尽に語る。

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