〈生協ベストセラー〉大澤真幸『夢よりも深い覚醒へ―3・11後の哲学』(岩波新書)(2012.05.16)

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独創的な原発批評には一読の価値ありだが・・・


先日、日本で稼働している原発としては最後の泊原発三号機が発電を止め、日本は 42 年ぶりに「原発ゼロ」の時代へと突入した。国民は、原発とどう向き合っていくのか、今まさに選択を迫られている。私達は3.11から何を学び、何を判断の拠り所とすればよいのだろうか。

本書において、大澤は、3.11という原発事故の背景を宗教的、哲学的な形式で考察する。さらに、その考察を踏まえ、原発のような圧倒的なリスクを内在する社会における新しい意思決定のあり方を模索する。

さて、この3.11の原発事故の影響は欧州にまで及んだ。ドイツ政府は 2012 年までに、原発を全面停止する事を決定している。一方、当の日本政府はどうか。電力不足に尻込みし、未だ脱原発の方針を強く打ち立てる事が出来ていないというのが実情だろう。

なぜ、原発の全面停止をドイツには打ち立てる事が出来て、日本には出来ないのか。大澤は、キリスト教圏に浸透する終末論に起因すると言う。終末論とは、世界の歴史が終末へと向かっているという世界観であり、来るべき最後の日に、試練によって清められた民は、神の国へ迎え入れられる。こうした世界観は欧米人に「必然的に、歴史の終点とも言うべき、究極の未来から現在を評する視点を要請する」。未来に対しての想像力が豊かな欧米人だからこそ、十万年先 の将来世代に廃棄物を残す原発の全面停止を表明出来たのだと、大澤は考察する。

さらに、日本人の原発に対する意識についても分析を加える。唯一の被爆国である日本が、原爆に技術的に転用可能な原発を推進してきた背景には、非核三原則や憲法九条に守られているという安心感がある、と大澤は指摘する。こうした安心感が、日本人の原発に対する危機意識を鈍らせているという。

本書には、政府や電力会社に対する陰謀説を唱える様な最近の原発批評の枠を越えた、オリジナリティーがあると思う。しかし、一方で、恣意的なこじつけだと感じるような言説も散見され、説得力や現実味に欠ける印象を抱いた。例えば、先の終末論にしてもそうだが、すべてのキリスト教圏で脱原発の志向が強まっている訳では無い。現実には、宗教的な世界観より原発の経済的なメリットの方が優先される事もある。さらには、原発事故は「神の国」の到来の啓示で、人々は脱原発社会の創造へ駆立てられる、とまで大澤は言い切る。しかし、キリスト教に造詣の深い大澤ならともかく、一般的な日本人にとって、原発事故は、そこまで実践的な命令となり得るのであろうか。

本書は、脱原発という観点から書かれている。先にも述べた理由から、これを原発停止の根拠とするのは危険だと思うのだが、読み物としては大変面白い。脱原発の参考材料というよりも、ラフに小説を味わう様な感覚で読むのが良いと思う。原発の是非をめぐる議論は、事故から一年経った今日でも、平行線をたどっている。専門家の、百人百様の意見にそろそろ疲れてきたなと感じた時、本書を手に取り、原発の将来について今までとは違う切り口で、考えてみてはどうだろうか。(羊)

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