〈生協ベストセラー〉内田樹『映画の構造分析―ハリウッド映画で学べる現代思想』文春文庫(2011.06.01)

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「これは映画批評(のような)本ですが、映画批評の本ではありません」。こういったただし書きで始まる本書、『映画の構造分析』は筆者の言葉通り映画分析の書ではなく、「映画を素材にした現代思想の入門書」である。

物語、構造、テクストの何たるかの簡潔な説明から始まり、『エイリアン』、『大脱走』、『北北西に進路を取れ』などを題材に据えた現代思想の解説にまで至る語りは、読者のおおかたの予想を裏切って映画論にも思想論にも深くは潜っていかない。『エイリアン』の背後にあるフェミニズム、『大脱走』に隠された父性の否定というモチーフなど、本書は映画の紹介と作品のストーリーラインから見えてくる構造の説明にのみ終始している。

しかし一見薄味なだけに思えるこの本の平坦な構成は、それ自体少なくない示唆を孕んでいるといっていいだろう。多くの映画評論や哲学書がそうであるような、自分の好きなもの擁護とその理由づけ、ないしは自説の声高な主張とそれを守るための周到な理論武装の連続、というお定まりの流れを周到に回避しようとする本書の独特な姿勢には、己の作り出した解釈(=物語)に決してよりかかろうとしない筆者の強い倫理性が現われているのだ。

実際、筆者は本書の中ほどで次のように指摘している「謎解きとか解釈とか推理というのは、要するに『お話』を一つ作ることです。その解釈はおのれの欲望が生み出した『お話』です。そして、自分が作り出した『お話』を私たちは簡単に現実と錯認してしまうのです」。さらに筆者は「物語の最終的な真理」を発見できると思いこむことの無益さを説き、解釈者の役割を、次なる解釈者への「パス」であると述べる。

あらゆる「解釈」や「理解」には、語り手の欲望が混じる。それゆえにどのような「解釈」、「理解」も常に相対的なものでしかありえない。映画や思想を「解釈する」ことに関する筆者の考え方の根底がここにある。「解釈」の恣意性に自覚的な筆者は、我々読者に自分の「物語」を認めさせたいという欲望ではなく、我々読者ひとりひとりの解釈をより豊かなものにするためのパスの供給を念頭において文章を綴っているのである。

「この映画はこういうものですといった類の講釈や説教ではなく、我々が独自の解釈へと漕ぎ出すための補助線の役割を担ってくれる本書。内容をしっかり読んで学識を深めようなどと思わず、映画鑑賞を楽しむためのお供くらいのつもりで手元に置くのがいいだろう。(47)

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