【特集】追悼・森毅 池内紀 ドイツ文学者「森さんのこと」(2010.10.01)

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はじめから「森さん」「池内さん」の仲だった。齢はひとまわりちがったが、森さんはそんなことは意に介さなかった。あくまでも対等であって、この世のひとしい同僚である。

たいてい挨拶は一切抜きにして、今一番話したい事を口にした。

森さんの三十代のころの著書に『数学的思考』(講談社学術文庫)がある。ずっとのちのテレビやマスコミで引っ張り凧だった森毅しか知らない人は、とまどうかもしれない。数学の歴史、また数学教育が正面から、とともに自分の体験と思索のハカリにかけながらねばり強く語られている。京大に赴任してきた少壮助教授には、自分が立ち会うことになった大学の教育体制に解せないものが多々あったのだろう。終わりちかくに、こんな言葉が見える。「繰り返すまでもないだろうが、教育は人間の生活の上に成立している」

生活と別個の、独立した、非人間的なものであるわけがない。もとより自明のこと。それはまた教育というものが「生活に附加されるものではなくて、人間が成長していくいとなみとしてある、ということをも意味している」。

まさに森さんのよって立つ基盤だった。しばらくして全国に大学紛争が起きたとき、「造反教官」として学生と連帯をとなえたタイプとは大ちがいだったが、森さんは大学側にクミしない一人だった。「所得倍増」を合い言葉にすべてが経済に集約されさまざまなひずみが一挙にふき出したなかで、旧態依然とした大学がどうして無風地帯でいられよう。「別個の独立した、非人間的なもの」であっていいはずがない。それに対する異議申し立てを学生側からつきつけられ、「人間が成長していくいとなみ」を見つけ、森さんはたのしげに応じながら、同時に新しく「権威化」していく学生側と、それにすり寄る造反教官の姿もきちんと見ていた。

わたしがこの人を知り合ったのは、それから十数年後のこと、千九百八十六年に筑摩書房が「文学の森」というシリーズ物を企画して、いっしょに編集することになった。くわしくいうと画家安野光雅、数学者森毅、作家劇作家井上ひさし、ドイツ文学者池内紀の四人。

どうしてこんなへんなメンバーになったのか。編集者は松田哲男という人で、その人選によったのかもしれない。月に一度集まって収録作の選定をする。場所は東京・お茶の水の山の上ホテル会議室。定刻一時。それから三時間、四時間と本やコピーを前に感想や意見を述べる。ときには夕方までつづけた。あいまにコーヒーを飲み、ケーキを食べた。筑摩書房は一度倒産して、そのころは管財人の管理のもとに再建中だった。そのことへの心づかいもあったのだろうが、誰もとりたててゴチソウを食べたいとは思わなかった。この上なくぜいたくな文学の饗宴にあずかっていたからである。

森さんは京都からの遠出だったが欠かさず出席して楽しそうだった。かつての異色俳優伊藤雄之助に似た長い顔で、髪が長く、口が大きい。京大では「一刀斎」のあだ名がついていると聞いたが、この顔が目を据えてニランだら剣客を思わせただろう。灯が小さな会議室の一刀斎の口からは白い刃がこぼれていた。眼鏡の奥の目がやさしげで笑い声は誰よりも大きかった。なぜか戦前のイタリア文学のマイナーな作品にやたらとくわしく、ボンテンペルリとかペチグリリとか、フシギな名前が出てきた。あとでしらべると、たしかに実在していて、古い翻訳を通してもおもしろさがあふれていた。

「文学の森」は予想に反してよく売れて、筑摩書房の再建に貢献した。そのゴホービに新しく鶴見俊輔さんに加わってもらい「哲学の森」を編集した。さらに余勢をかって「ちくま日本文学全集」全五十巻を実現した。そのせいで私は八年ばかりも、森さんと月に一度の出会いに浴することができた。井上さん、森さんがあいついで亡くなった直後のことだが、安野さんとふと言葉をかわした。

「あのころが人生で一番幸せなときだったねぇ」

森さんのよく読まれた著書の1つに『悩んでなんぼの青春よ』(筑摩書房)がある。コラム集のつくりだが、あとがきにあるように森さんが某出版社の応接室で語ったところをまとめたもの。編集者が月一度の遠出の再利用をはかったらしい。

「頭が悪いのはなおらないか」「正しいおカネの使い方とは」「この道ひとすじに生くべきか」「踏まれたものの痛みがわかるか」「ラクでおトクな生き方は」…テーマの出し方が、いかにも森さんらしいのだ。

はたして頭の悪いのはなおるのか、そもそも頭がいいとか悪いとかは、どういうことなのか。「かしこいというのは、本当は〈頭が器用〉というほうが、正しいと思う」いつも考え方の手がかりがはっきり明示されている。器用で、ものわかりがいいのは、上っすべりにすべりがちで理解が表面的になる。反対に「ニブいやつ」はわかるまで手間がかかるぶん、「わかり方にコクが出てくる」。器用なタイプはいつもスッとわかるくせがついているから「わからんままにかかえておくのがヘタになる」。気がつくとテーマの深層がさりげなくえぐり出してあるだろう。

では才能とは何か。森さんによると、それは十年くらいしないとわからない。といって十年あれば必ず花ひらくともかぎらない。二十年ひらかないと、まずひらかない。しかし、二年や三年ではわからない。「才能というのが決まってて、それではじめからわかってるとかいうのは、うそ。人間変わるしね」

最後の一言に注意してほしい。森さんは悠然として「人間が成長していくいとなみ」を見つづけた。ただし変わるのは変わり得る自分をたえず変えていくからであって、それこそ人間という奇妙な、愛すべきイキモノのあるべき姿なのだ。限りなく寛容で同時に厳しい人間の見方がひそんでいた。もしこの人がヨーロッパ近世に生きていたら必ずや花も実もある第一級の「フマニスト」に列せられたにちがいない。


いけうち・おさむ ドイツ文学者

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