文化

〈書評〉あなたの青春は何色? 米澤穂信『氷菓』

2022.12.16

「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に」

そんなモットーを掲げ、何事にも積極的には関わろうとしない「省エネ」高校生こそが、本作の主人公・折木奉太郎(おれきほうたろう)である。灰色の高校生活を粛々と送ろうとしていた彼の日常を一変させたのは、インドのベナレスから届いた一通の手紙だった。姉の命令で入部した古典部で、奉太郎は様々な謎に直面する。いつの間にか密室になった教室、毎週必ず借り出される本、あるはずの文集をないと言い張る少年、そして『氷菓』という題名の文集に秘められた33年前の真実に。謎解きという「やらなくてもいいこと」を彼にさせるのは、古典部部長・千反田(ちたんだ)えるのこの言葉だ。

「わたし、気になります」

廃部寸前、部員はたった4人。そんな古典部で過ごしていくうちに、奉太郎の心境にも変化が芽生える。灰色じみた自分のモットーへの疑問。薔薇色の高校生活への憧れに似た感情。そして33年前の真実を知り、改めて自分のスタイルと向き合って――。

『氷菓』に始まる〈古典部〉シリーズの魅力はなんと言っても、古典部員4人のキャラクターだろう。本作の語り部でありどこか達観した省エネ少年の折木奉太郎、その旧友であり「データベースは結論を出せない」とうそぶく、何事にも拘らない福部里志(ふくべさとし)。そんな里志に恋心を抱く伊原摩耶花(いばらまやか)は完璧主義で、腐れ縁の奉太郎には冷たい態度を取るが、それにはとあるきっかけがあった。古典部部長の千反田えるは豪農千反田家のひとり娘で、普段はそれに相応しい楚々とした立ち居振る舞いだけれど、ひとたび好奇心を刺激されるとほかのことには目がいかなくなってしまう。彼らは仲良しこよしの4人組、というわけではないが、お互いを尊重し、時に助け合い、時に溝が生まれても最終的には誠実に向き合おうとする。仲の良い友達でも嫉妬をするし、男女が揃ったからといってすぐに恋愛関係に発展するわけでもない。口では散々に言ってもひどく険悪になることもない。安易にカテゴライズされた感情だけでない人間関係が垣間見える彼らのやり取りは、大層魅力的だ。

本作で描かれる青春は高校生活だが、大学生活だって長い人生の中では青春のうちだろう。世界を旅する奉太郎の姉は、弟への手紙でこんなことを言っている。

「きっと十年後、この毎日のことを惜しまない」

わたしたちは今、こんな風に胸を張って言える生活を送っているだろうか。コロナ禍で未だ多くの制限の残る大学生活は、想像とまったく違っているかもしれない。しかし、この作品の中で生きる彼らのように、人と向き合い、考え、少しでも後悔のない日々を過ごしていきたいものだ。

ところで、先日ついに最高気温が一桁台となった寒さの厳しい京都で、大学も休みの年末年始ともなれば、家から出ずに過ごしたい人も多いのではなかろうか。『氷菓』に始まる〈古典部〉シリーズは全6巻、最新巻では奉太郎が省エネ主義をモットーに掲げるようになった経緯も描かれる。書籍は手を出しにくいと感じる人にはアニメやコミックもある。冬休みのお供に、是非手に取ってみてほしい。(楽)

書誌情報
『氷菓』米澤穂信
角川文庫
2001年10月

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