複眼時評

諸富徹 経済学研究科准教授 「環境への価格づけとしての環境税」

2008.05.01

環境税とは、環境問題の原因となる汚染物質の排出に対してかけられる租税のことである。このような税がかかってくると、企業としてはその負担を回避するために合理的な水準までCO2の排出を削減せざるをえなくなる。しかし他方で、排出削減には費用がかかる。両者はトレードオフの関係にあり、CO2の削減を進めれば進めるほど環境税の負担は減るが、反対にその削減にかかる費用は増大していく。したがって企業にとっては、環境税の負担と排出削減費用を比較衡量し、トータルとしての企業負担を最小化するような排出水準を見出すことが最適な戦略となる。

環境税は、それまでは無料であった環境という希少財に価格をつけることで、その効率的な利用を促すだけでなく、CO2の発生者に、その排出量に応じて負担を課すという点で「原因者負担原則」にかなった費用負担制度を実現することにも資する。環境税の組み込まれた市場では、環境負荷の高い企業の税負担が重くなって競争力を失うが、逆に環境負荷を最小化している企業の環境税負担は小さく、このような企業は、市場におけるマーケット・シェアを伸ばしていくであろう。こうして産業構造は徐々に「環境保全型」に転換していき、経済システム全体がやがて「グリーン化」されていくであろう。

環境税の導入が注目されるようになってきた背景には、公正競争とは何かという観念が変化してきているという事情がある。つまり、環境負荷を最小化する生産を行ってこそ、公正競争であり、環境負荷を大量に放出するような生産活動は一種の「ダンピング」とみなされるようになってきた。これは、環境保全が公正競争の前提条件であり、また市場における共通ルールとなりつつあることを意味している。

◆ 欧州諸国はどう対応したか ◆

1990年代初頭から、北欧を先頭にして欧州諸国で炭素・エネルギー税の導入が活発になっていく。その税収はそれまで導入されていた小規模な排水課徴金などと比べても格段に大きく、したがってその導入がもたらす経済的影響も極めて大きくなる可能性が出てきた。そこで、環境税がもたらす負の経済的インパクトを緩和するため、炭素・エネルギー税の導入に際しては、各国でさまざまな工夫がなされることになった。その1つが、「環境税制改革」と呼ばれる税制改革の実施である。

環境税制改革とは、環境税を導入すると同時に、既存税の一部を減税する税収中立的な改革を指す。これは、政府に入る純収入をゼロにすることで、環境税導入がもたらすマクロ経済上のインパクトを和らげ、企業の国際競争力を弱めないよう配慮するためであった。環境税と相殺される減税対象として選択されたのは、企業が負担する社会保険料であった。それにしても、なぜ社会保険料が減税対象として選ばれるのかという疑問が生じる。一見、社会保険料は環境と何の関係もないようにみえるからである。

実は、これらの国々が社会保険料負担の軽減を選択したのは、環境保全と雇用拡大を両立させようとしたからであった。環境税の導入は、経済成長を阻害し、企業の国際競争力を弱めることによって失業を生み出すという批判が数多く行われてきた。とりわけ、この批判は潜在的に大きな税収を生み出し、マクロ経済的に大きな影響を与える可能性のある炭素・エネルギー税に対して当てはまるように思えた。そこで、この批判に応える中から、環境を保全しながら雇用も拡大する方途として、税収中立的な枠組みの中で環境税を導入し、それと引き換えに社会保険料負担を削減する環境税制改革のアイディアが生み出されたのである。

社会保険料は、企業が労働者を雇用するにあたって給与に加えて負担しなければならない点で、労働コストを構成する。逆に言えば、社会保険料負担を削減することで、企業が負担する労働コストを引き下げることができる。仮に環境税が導入されても、他方で社会保険料負担を削減して労働コストを引き下げることができれば、逆に雇用を拡大する効果が生み出される可能性がある。こうして、1つの税制改革から2つの望ましい効果(①環境税導入による環境改善効果、および、②社会保険料負担の軽減による雇用拡大効果)が生み出されるという利点を環境税制改革は発揮する可能性があり、このことを「二重の配当」と呼ぶ。

◆ 日本の環境税導入に向けて ◆

さて、今後日本で環境税の導入を議論する際に視野に入れなければならないのが、エネルギー関連税との関係である。折しも道路特定財源の暫定税率の可否が国会で問題となっている。エネルギー関連税は、いずれも石油対策及びエネルギー需給構造高度化対策、空港整備等、電源立地対策・電源利用対策など、特定支出目的と結びついている。現在、道路特定財源の暫定税率を維持する根拠として、それがガソリン消費を抑制し、環境税的な効果を持っているからだという説明がなされている。

しかし、本当に揮発油税に環境税的な効果を発揮させるならば、暫定税率部分に関わる揮発油税の課税ベースを「化石燃料の炭素含有量」に切り替え、その「炭素税化」を図るべきであろう。揮発油税の税率は現在、揮発油1キロリットル当たり48.600円に設定されており、CO2排出量に比例する炭素含有量とはなっていない。もし揮発油税だけでなく、他のエネルギー関連税も含めて、課税ベースの一部、あるいはその全部を化石燃料の炭素含有量に応じた課税に切り替えれば、それは事実上の炭素税導入を意味する。こうすれば、エネルギーに対して従量制で課税してきたこれまでと比べて、石炭や重油などのCO2排出の多いエネルギーは重課され、天然ガスなどCO2排出の比較的少ない化石燃料は軽課されることになる。つまり、新たに環境税を導入しなくても、既存のエネルギー税の課税ベースをその炭素含有量に切り替えるだけで、現在よりもCO2排出削減効果を発揮できるのである。

さらにいえば、既存エネルギー税を炭素税に衣替えするだけでなく、その税収を一旦は一般財源化した後に社会保障財源に充てることができれば、事実上、それは欧州における環境税制改革と同等の効果を発揮する。また、このように特別会計制度改革と連動した環境税制改革の実施は、財政資源を道路などの公共投資から社会保障へと転換させるという点で、「持続可能な福祉社会」を構築するという理念にも合致した改革となるであろう。

環境税はもちろん、日本が京都議定書で定められた温室効果ガスの排出削減目標を達成するための国内政策手段としての位置づけを持っている。しかし、環境税の意義を単にそれだけにとどめるのではなく、「持続可能な福祉社会」の構築というより広範な、そして新しい社会構想の観点から位置づけていくことも必要であろう。そのために我々には、現在国会で議論されているような、「暫定税率の維持か撤廃か」という二項対立的で単純な議論に陥るのではなく、エネルギー関連税総体を、「持続可能な福祉社会」への移行という理念に沿ってその課税面と支出面の両方から総合的に改革する構想力が求められているのである。


もろとみ・とおる 京都大学大学院経済学研究科准教授
専門は財政学・環境経済学。