企画

〈特集〉都心に造る古都の自然、その役割 梅小路公園「いのちの森」

2017.10.01

京都駅からほど近い梅小路公園にある「いのちの森」は、0.6haほどの広さをもつ人工の森だ。足を踏み入れると街の景色は視界から消え、樹や草花、鳥や虫たちの気配が辺りに満ちる。それらの生きものたちの生活を脅かさないようにと、林内で自由に歩き回ることは禁じられており、来園者は樹々の間を縫って走る高床式の回廊を歩くしかない。人々が遊んでくつろぐ一般的な都市公園とは趣を異にする場所のようだ。
人の多い都心部にありながらあえて他の生きものを主役とする、いのちの森とはいったい何のための場所なのか。いのちの森の管理や調査に携わる近畿大学農学部非常勤講師の田端敬三氏、および京都大学名誉教授・京都学園大学バイオ環境学部教授の森本幸裕氏に尋ねた。(賀)

都心に森を造るわけ

1995年、それまで貨物列車の操車場跡地だった11haもの土地に梅小路公園が開園し、その翌年にいのちの森ができた。そこには小川や湿地、小高い丘など様々な地形が設けられ、複雑多様な自然風景が造り出されている。また、初期に樹や土が運び込まれた以外には基本的に人の手が加えられることはなく、その中で森がどのような成長過程を辿るか、定期的に調査されてきた。調査で確認される生きものの種類は年ごとに移り変わっており、美しいカワセミの一家が見られた時があれば、どこから入って来たのか、イシガメがいた時もあるという。

いのちの森を都心に設ける事業は、京都市が平安京遷都1200周年を祝して進めたもので、その理念を記したパネルが今も森の中に佇んでいる。

「現代の都市づくりは、経済効率を重視する方向から、生きものとしての人間の生活環境を大切にする方向に変わりつつあります。都会の中で、小さな生命が生まれ育つ豊かな森をつくることにより、私たちの生活の中になくてはならない緑や、その環境を守り育てることの大切さを認識していただきたいと考えています」(一部抜粋)。

これによると、お金を生み出すばかりではなく、多様な生きものが身近に見られるような都市環境が大切であり、それを訴えていくことがいのちの森の担う役割らしい。では、ここで言われているような生きもの豊かな環境を守り育てることの大切さとは、どういった所にあるのか。

いのちの森の管理や調査に精力的に携わってきた植物学者の田端敬三氏は「(豊かな生態系の大切さは)理屈では説明できない所がある」と話した。氏は幼少期を近所の田んぼでよく生きものに触れながら育ったといい、どうやらその頃の体験が、氏がいのちの森に注いでいる情熱の源となっているようだ。

氏のように、幼少期を自然豊かな環境で過ごすうちに自ずと愛情が湧き、そこから生物学者の道を志したり、自然環境の保護に携わったりするケースはよく見られる。しかし、そうした豊かな自然を大切に思う姿勢は実体験ありきのものであり、人工物に囲まれた都会に暮らす人々には伝えられない。伝えられないから、そこに森を造って、自分の肌で理解してもらう――それが氏の思い描くいのちの森のあり方だ。

とはいえ、来園者数が毎年7000人ほどという現状に氏は少し厳しさを感じている。いくら営利目的でないとはいえ、来園者があまりに少なくなれば環境教育の場としての役割を果たせなくなる。いのちの森では定期的に一般向けの自然観察会が開かれているが、人を呼び込むための手を他にも打っていきたいという。

保つことと伝えることの矛盾

いのちの森には「樹冠回廊」という高床式の回廊が通されており、樹々の梢を間近に見ながら歩くことができる。また、回廊から降りて地面を歩ける場所も一部にある。しかし、これらの通路から外れて植え込みに入ることは許されていない。

いのちの森は、かつて京都盆地の各所にあった種々の自然風景をひと所に詰め込んだような場所だ。中世の絵巻などによく描かれているアカマツの林、盆地南部を占めていた西日本最大級の湿地「巨椋池」の豊かな水生生物群、そして世界遺産にもなっている下鴨神社の「糺の森」などがモデルという。しかしこうした多様な風景は、多様な生きものの存在なくしてはありえない。いのちの森では人が森を騒がしくしたり踏み荒らしたりすることを防ぐことで、他の生きものたちが過ごしやすい環境を保っているのだ。生物多様性を確保するためには、来園者に多少の制限を加えることもやむを得ないということだろう。

ここにいのちの森のジレンマがあるようだ。より多くの人々に豊かな自然を知ってもらいたいが、門戸を開放しすぎることはその豊かさを壊しかねない。いかにバランスを取っていくかが問われている。来園者もまた、生きものに対する知識と節度を持つよう努めなければならないのかもしれない。

新たな役割――和の文化を守る

巨椋池や糺の森といった京都ゆかりの景勝地がいのちの森のモデルになっていると述べた。これらは古来より歌人や画人に愛され、作品の題材となったことも多い場所だ。言い換えれば、京都が誇りとしている和の文化は、豊かな自然によって育まれた側面を持つ。

いのちの森では、そうした和の文化に縁深い草花を見ることができる。秋の七草のオミナエシ、厄を祓うとされるヒオウギ、葵祭のフタバアオイなどだ。和歌に詠みこまれたり伝統行事で用いられたりと文化に深く関わっているのだが、京都の街では実物が生えている姿を見ることはほとんど無く、田畑や小川や湿地といった住環境とともに人々の前から姿を消してきた。

このままでは和の文化を支えてきた草花が失われ、ひいては文化そのものが生活から遠い存在になってしまうのではないか。そう懸念するのはいのちの森に初期から中心となって関わってきた森本幸裕氏だ。森本氏はこうした「和の花」を保全・周知する運動を企業や大学と一体になって進めており、いのちの森のオミナエシなどもその一環で植えられた。

このようにいのちの森は、希少な生物種の保管場所としての役割をも果たしているようだ。生物種保護において重要なこうした場所のことは「レフュージ」と呼ばれる。公園や庭園がレフュージとして機能することは他にも多く事例があり、平安神宮や桂離宮などの庭園でも希少な動植物が確認されているという。

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森本氏は、いのちの森が開園してから20年を迎え、そのあり方を考え直す時期に来ていると述べる。豊かな生態系を都心にもたらすだけでなく、それをより多くの人々に味わってもらうことや、希少な生きものを守ること。様々な事情が絡んできている今、いのちの森の「いのち」とは何を指すのか。生きものたちのいのち、都市に住む人々のいのち、和の文化のいのち――どう考えるかは訪れた人次第かもしれない。

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【梅小路公園】

京都市下京区勧善寺町56-3

【いのちの森】

開園時間:9時~17時
休園日:毎週月曜、年末年始
入園料:200円(小学生未満は無料)
自然観察会:毎月第3土曜日
13時半~15時
無料、申込不要