インタビュー

川久保尭弘 京都POSSE代表「就活で勝ち組になっても、安泰とは限らない」

2012.06.01

ブラック企業に就職しないためにはどうしたらいいか。上司から嫌がらせを受けたらどうしたらよいか。就職活動を始めると、労働問題も身近なものとなる。労働相談や雑誌の編集を行うNPO法人「POSSE」京都支部代表の川久保尭弘氏に、そうした問題への対処法などを聞いた。(P)



―POSSEはどのようなNPO団体ですか。



POSSEは学生を中心とした団体で、年間約400件の労働相談および労働法教育事業、雑誌『POSSE』の発行などを通じて若者自身で若者の労働問題に取り組んでいるNPOです。会費や研究者などからのカンパ、行政や民間の助成で運営しています。

―どのようなバックグラウンドの学生が参加していますか。



労働相談というと法学部生が多いのかと思われますが、学部や大学はさまざまです。東京では東大や一橋大、中央大、首都大を中心に、京都では立命大や同志社大、京大、龍大を中心に様々な大学の学生が参加しています。

―活動はどのように行われていますか。



労働相談のグループと雑誌編集のグループに分かれています。興味のある人はどちらにも参加しています。どちらのグループも毎週勉強会を中心として活動しており、研修を通して労働相談や雑誌編集のスキルを学んでいきます。初めは知識がなくても参加できます。雑誌の編集部は東京にありますが、テープ起こしや取材といった作業は京都のメンバーが行うこともあります。5月末に発売予定の『POSSE』の次号は橋下大阪市長を取り上げているので、POSSE京都の学生も結構取材に関わりました。

―労働相談にはどのような事例がありますか。



労働問題というと派遣労働が想像されがちですが、POSSEへの相談は若い世代で正社員からが多いです。企業の規模も、中小企業に限らず大企業の労働者の相談もあります。解雇や退職強要などの離職絡みの案件が半数を占めています。最近ではうつに関する相談も増えてきています。

―退職強要とはどのようなものでしょうか。



正社員が解雇されることはよくありますが、法律上は簡単には解雇できないことになっています。そのため、解雇された側が裁判で訴えると企業側は負けることも多いです。そこで嫌がらせなどを使って、合意して、もしくは自分から辞めたという形式で退職させてくる会社があります。これを退職強要といいます。自主的に、すなわち自己都合で退職すると、失業給付が3か月間もらえないなどのペナルティがあります。また、嫌がらせのために精神的に追い込まれ、うつなどになるケースも多いです。『POSSE』第9号には具体的な事例が多く載っています。

―雑誌『POSSE』はマッキンゼー出身であり投資家でもある京大客員准教授の瀧本哲史氏や、哲学者の國分功一郎氏など、労働問題を扱う雑誌としては異色の論客が登場することも多いですが、どのような編集方針なのでしょうか。



日本では、労働組合というとメーデーや春闘などのイメージが強いですが、それは労働問題の一側面にすぎません。ヨーロッパやアメリカでは基本的に、労働組合員だからといって労働問題以外に関して特定の思想やイデオロギーを問われることはありません。労働問題への知識は誰もが必要としているのに、日本ではとっつきにくいイメージが持たれています。そこでそうしたイメージを変えるためにも、多様な論者を登場させています。単一の考え方ではなく、ときにはPOSSEとは別の考えを持つ論者も招くことによって、「論争誌」としての性格を持たせています。

―現場での労働相談などを行いながらも、政策提言や雑誌の編集を行って、気づいたことなどはありますか。



例えば、労働経済学などで「日本人は自己都合で退職することが多いから、労働者の多くは企業との合意の上で退職している」といわれることがあるのですが、実際は先ほども述べたとおり、そうではありません。研究と現場を結ぶ作業の必要性を痛感します。また、誌面を通じて若手論者のネットワークを作ることもできるのかなと思っています。

―長時間労働や過酷な業務が当たり前のように行われている中で、仕事と余暇のバランスをとって生活を楽しむといったロールモデルが見いだしにくいと思います。こうした現状は、どうすれば打破できるでしょうか。



現在、労働基準法では週40時間、1日8時間までと労働時間が定められていますが、実際はほとんど守られていません。なぜかというと、労働基準法の第36条で、労使の協定があれば労働時間が延長できるという規定があるからです。この協定では過労死基準を超えた月100時間以上の残業が認められていることも多いです。そのため、日本では事実上労働時間を規制する法律がありません。まずはここから変えていく必要があるでしょう。そのためには、過労死防止基本法という法律を作ることも必要だと思います。これらは中長期的なヴィジョンです。個人のレベルでは、違法な労働や不当な扱いを受けた時に、とにかく専門機関に相談して身を守ることが重要です。しかし労働組合や労働基準監督署はところによってはきちんと対応しない場合もあります。POSSEに相談いただければ適切な専門機関を相談内容に応じてご紹介できるので、ぜひご利用ください。

ちなみに、フランスでは週の労働時間の上限は35時間となっていますが、かつてサルコジ元大統領がこの制限を引き上げようとして反発が起こったことがありました。対抗馬のオランド氏は、労働時間の上限を引き上げると失業者が増えると言っています。日本とは議論になる次元が全く異なりますね(笑)とにかく、日本ほどの長時間労働でなくては競争力を維持できないというのは非効率です。

―ブラック企業の見極め方があれば教えていただきたいです。



ブラック企業の見極め方は聞かれることが多いです(笑)まず、「確実に見極められる方法」はないと言っておきます。企業に入った後に経営者が変わるなどにより「ブラック化」することもあるので、実際に問題が起きてからどう対処するかが重要です。そのうえで言うと、一般的には、離職率が高く、勤続年数が短い、また従業員の数に対して採用人数が異常に多いといった企業には注意する必要があります。さらに、「固定残業代制度(残業代が月々の給料に含まれているとする制度)」を取る企業には注意が必要です。

―最後に、就職活動を控えた京大生にアドヴァイスをお願いします。



強調したいことは、企業の規模やブランドに関わらず、労働問題に巻き込まれることがあるということです。ということは京大生であっても労働問題は無縁ではないということです。労働問題にあってしまった場合の対処法は第一に、諦めてしまわないで、しかるべき機関に相談するということです。第二に、証拠は多いほうがいいです。契約書やタイムカードを取っておくほか、パワハラやセクハラといった言動は録音するとよいでしょう。自分が加わっている会話を録音することは法律上問題がありません。

―ありがとうございました。



【記者の感想】

インタヴューの際に、就活生にも人気の超有名企業の社員からも相談があったという事例を聞いて、大変驚いた。記者は長時間労働や激務のない職場に就職したいと思っている。しかしそうした職場はあまり存在しない。労働条件の整備に向けて社会が変わる必要がある。POSSEの取り組みはそうした社会への呼びかけの一つとなっているだろう。
 
京都POSSEには京大生も参加しており、メンバーを募集中だという。興味のある方はHP(http://www.npoposse.jp)や雑誌『POSSE』などを参照されたい。