’26 新編集員が訊く 教えて! あなたの学問
2026.08.01
「京大に入りたい!」そんな思いを抱えてオープンキャンパスに来られた皆さん。自分が勉強したい学問はきちんと決めていますか?自分のやりたいことが曖昧なまま学部を選ぶと、いざ専門を固める際にその学部では勉強できなかった、なんてことも……。
進路に悩む受験生のため、本紙では3名の先生方の研究室を訪ね、専門分野について話を聞いた。インタビューを実施したのは、今年京大新聞に入ったばかりの編集員。受験生諸賢のやりたいこと探しの一助となれば幸いだ。(編集部)
演劇論 伝統と逸脱のフランス演劇中筋朋 人間・環境学研究科准教授
天文学 宇宙線の起源を探る加藤勢 白眉センター特定助教
──研究分野について。
数学の中でも偏微分方程式論という分野を研究しています。偏微分方程式は、身の回りの現象を解明する上で登場する様々な法則を数式を使って書き表した「数理モデル」のひとつです。高校で習うニュートンの運動方程式ma=Fはその典型例で、世の中の物体の位置が従う規則を表しています。物理学者の役割がこのような数理モデルを提言することである一方、数学者の役割は、この数式を厳密な理論を使って証明ベースで解析していくことです。
運動方程式は常微分方程式というものの一種で、変数が1個しかありません。僕が研究する偏微分方程式は、変数が2個以上あるような、ある意味で常微分方程式よりも複雑な方程式です。偏微分方程式といっても、量子力学に登場するシュレディンガー方程式や懸賞金がかけられているナビエ・ストークス方程式など、様々な種類があります。偏微分方程式というのは、種類が変われば解析手法が全く違うといっても過言ではないほど分化された分野です。専門家たちはそれぞれ研究する対象が決まっていて、僕はランダウ=リフシッツ方程式と非線形シュレディンガー方程式というものを研究しています。
──研究のやりがいは。
これは特殊な意見だと思うのですが、僕が楽しいと思うのは、新しい結果が出たり面白いアイデアを思いついたりしたときに、それを人に話すことです。講演会などで自分の研究結果を話すことがあるのですが、その際自分が苦労して編み出したアイデアを話すと、「頑張ったな」と実感します。問題に取り組む過程は楽しいですが、苦行でもあります。解いていないと落ち着かないという中毒症状の方が強いですね……。ドーパミン的な快楽があるのはアイデアを人に伝えるほうです。
──研究をする上で大変なことは。
やはり一番大変なのは結果が出ない時です。数学の研究の難しさは2種類あって、一つは問題に取り組むことの難しさ、もう一つは問題そのものをどう立てるかという難しさです。問題設定の苦労は大学院生などの切実な悩みです。修士のころには先生から問題やテーマを与えられて、それに従えば何かしらの結果が出てくることが多いですが、博士後期課程に進むと問題設定を自分で見つけるという、もう少し自立した研究者としての教育を受けます。その中で自分の解ける能力の範囲で問題を立てることが非常に難しいです。僕は学位をとって数年経つので、意欲はコンスタントに湧いてきますが、新しい分野にどのように手を付けるかということは今でも苦労します。
──数学者になることについて。
数学の分野は天才や変人が多いイメージがありますが、意外とそんなことはありません。偏微分方程式論には社会人的な方が多いですし、才能がなくても努力で研究者になることができる分野だと思います。もちろん天才のような人々が次々難しい問題に手を付けていくことはあります。しかし、研究というのはコミュニティとして山を築き上げていくことが大事な使命であり、山の頂上だけでは研究は成立しません。山の根元を押し上げるような地道な仕事も重要であり、そこで貢献している研究者もたくさんいますし、どれだけ研鑽を積んだかが関わってきます。京大だと抜きんでた学生がたくさんいますが、その中でも研究をやめる人もいますし、逆に目立っていなかったけれど研究者になった人もいます。新しいことを発見できる可能性を見いだせないという悩みを持つ方もいますが、地道な研究もありますし、悲観する必要はないと思います。
──数学者はAIに取って代わられると思うか。
現時点では研究者の間でも答えは出ていません。AIには自立してタスクをこなすものと人間を補助するものの2つがありますが、後者に関しては歓迎してもよいのではないかというのが数学者の意見です。僕がAIから得ている利益としては、今までは論文の行間を著者に直接聞かなければならない場面でAIからヒントを貰ったり、先行研究を調べるのに役立てたりしています。
僕自身は、AIが自立して結果を出すようになったとしても、それを評価する人間がいないと学術として受け入れることはできないと思います。これから状況がどう変わっていくのかは分からないので、答えづらい問題ではありますが、AIはあくまで補助的な役割にとどまり、結果を評価する側としての数学者の仕事はなくならないというのが僕の考えです。
──受験生へのメッセージを。
理学部は昔から「就職無理学部」と言われてきましたが、最近はそうでもありません。特に数学科は就職が難しい傾向がありましたが、最近は数理人材が注目され、雇いたいという企業が増えているので、就職への不安から理学部を懸念している学生は気にしなくていいと思います。
京大は学問が好きな意欲ある学生が多い大学だと思います。僕は学生時代、数学好きで集まって自主ゼミをやったり、誰かの家に集まって数学の話をしたりしましたね。実力のある人も比較的そうでない人も一緒に楽しくやっていたので、周りと比較してコンプレックスを抱く環境でもありませんでした。学問が好きな人は京大に来れば絶対に楽しいと思います。
──ありがとうございました。(聞き手:椒・轍)
──ご自身の研究について。
古くからフランスで上演されてきた演劇を通して、社会や文化を考えています。演劇では、俳優が舞台に立ち、台詞や動きによって物語や考えを観客に伝えます。大きな特徴の一つは、台詞、つまり「言葉」がとても重視されてきたことです。特に昔のフランスでは、物語の進め方や舞台の場所、上演時間などについて細かい決まりがあり、俳優は台詞を美しく、正確に話すことが求められました。そのため、フランス演劇は文学とのつながりが強いといわれています。
一方で、決まりが厳しかったからこそ、それに反発する新しい表現も生まれました。身振りや表情だけで魅せるパントマイムや、音や身体の動き、そして舞台空間そのものを重視する実験的な演劇などです。つまりフランス演劇には、美しい言葉や物語を大切にする伝統と、演劇とは何かを問い直す自由な表現の両方があります。その二つが影響し合いながら発展してきたところに、フランス演劇の特徴があります。
──研究方法は。
戯曲などのテクストと、当時書かれた批評や新聞記事の分析が中心です。現代演劇を研究していた頃は、俳優が呼吸や身体をどのように意識しているか、言葉をどのように発しているかといった視点から、演出を考察していました。俳優の訓練では、台詞を話す前に身体の余分な力を抜いたり、呼吸の流れを意識したりします。そうした身体の使い方から舞台を読み解くことも、演劇研究の一つの方法です。
一方、現在主に扱っている19世紀末の演劇は、上演そのものが映像として残っていません。そのため、当時の新聞や雑誌を調べ、観客や批評家が残した記録から舞台を再構成します。電子化されていない資料については、フランスの図書館でマイクロフィルムを一つ一つ確認することもあります。演劇だけを見るのではなく、その時代に何が流行していたのか、どのような外国の劇団が訪れていたのかなど、周囲の文化や社会状況から少しずつ舞台の姿を明らかにしていきます。その点では、文学研究だけでなく文化史の研究にも近いですね。
──研究のやりがいは。
長い時間をかけて資料を読み続ける中で、自分の研究につながるものを偶然見つけたときには、「やった」と思います。以前、ある週刊誌の2年分の記事を調査したことがありました。データが電子化されておらず、フランスの国立図書館に通い、マイクロフィルムをひたすら読んでいきました。その中から重要な記事を発見できたときの喜びは大きいです。
また、一つの問題を考え続けていると、それまで無関係だと思っていた作品や資料の中にも、同じ問題につながるものが見えてきます。研究によって自分の中にアンテナが立ち、ばらばらだったものが一つのネットワークとして結び付いていく。その過程が研究の面白さだと思います。
──逆に、大変な点は。
特に過去のパントマイムなどは、見た人の記録が食い違っていたり、実際には上演されていない舞台が、後世には事実として伝えられていたりすることもあります。そのため、資料に書かれている内容をそのまま事実として受け取ることはできません。なぜ異なる記録が生まれたのか、なぜ誤った話が広く信じられるようになったのかまで含め、一歩引いた視点から考える必要があります。残された断片から、かつての舞台をどこまで正確に捉えられるのかという点が、演劇研究の難しさです。
──なぜフランス演劇を研究することになったのか。
フランスを選んだのは、実はかなり偶然です。大学では第二外国語としてドイツ語を学び、当初は哲学にも関心を持っていました。ただ、私は考え始めるとすぐに抽象的な方向へ進んでしまうので、文学や芸術のような具体的な素材を通して考える方が、自分に合っているのではないかと思うようになりました。その頃、たまたま目にしたサーカスやパントマイム、現代演劇の作家にフランス人が多く、演劇に興味を持ちました。フランス語をほとんど学んでいない状態でフランス文学を選んだので、誰かに止められるかと思ったのですが、誰にも止められず、そのまま始まってしまいました(笑)。また、私は子どもの頃から、答えが分かっていても人前でうまく話せないなど、身体や言葉の使い方に不器用さを感じていました。そこで、コンテンポラリーダンスや演劇の身体訓練を経験しながら、呼吸や声、身体と言葉の関係を考えるようになりました。自分自身の苦手意識が、現在の研究関心につながっている部分もあります。
──受験生へのメッセージを。
誰かに興味の対象を決めてもらうのではなく、自分が今面白いことを出発点にすると良いと思います。京都大学には、自分の関心に合わせて、所属する学部とは異なる授業を受けに来る学生も多くいます。自分自身のストーリーに沿って、必要な知識や経験を集めていくことが、大学での学び方としておすすめです。
また、外国語を一つ、しっかり学んでみてほしいと思います。外国語を学ぶことは、単に外国の文章を読めるようになることではありません。言語によって、世界の切り取り方や時間の捉え方、物事の示し方は異なります。別の言語を身に付けることで、自分の母語や、それまで当然だと思っていた考え方を相対化できるのです。
──ありがとうございました。(聞き手:鶴・晴・悠)
──研究分野について。
宇宙を飛び交う高エネルギーの放射線、すなわち宇宙線の研究をしています。宇宙線の約90%は水素の原子核(陽子)ですが、発見から100年以上が経った今でも、宇宙のどこで作られたのかがよく分かっていません。もし宇宙線が宇宙空間をまっすぐ飛んできてくれれば、到来方向を調べるだけでその起源は簡単に分かります。しかし、宇宙線の主成分である陽子は正の電荷を持っています。電荷を持った粒子が動くと、銀河系の中に広がる微弱で複雑な銀河磁場の影響を受け、軌道がグニャグニャに曲がってしまいます。地球に到着した時には元の生まれ故郷とは全く異なる方向からやってくるため、直接の起源特定が非常に困難なのです。
そこで、私が専門とする「高エネルギーガンマ線天文学」が登場します。高エネルギー宇宙線が生まれ故郷の天体の周辺にある星間ガスにぶつかると、極めて高いエネルギーの光(ガンマ線)を放出します。宇宙線は電荷を持ちますが、光は中性であり、電荷を持ちません。そのため、銀河磁場に一切曲げられることなく、生まれ故郷から地球までまっすぐに飛んできます。つまり、この高エネルギーガンマ線が多くやってくる方向を特定できれば、そこに生まれ故郷が存在することを示す強い観測的証拠となります。私たちの分野では、ペタ(10の15乗)電子ボルトという凄まじい超高エネルギー宇宙線を生み出している天体を、「ペバトロン」と呼んで探しています。
──ガンマ線の観測方法は。
地球に飛んできた宇宙線やガンマ線は、大気中で酸素や窒素などと衝突し、ネズミ算式に大量の二次的な粒子を生成し、それが地表に降り注ぎます。これを「空気シャワー」と呼びます。この空気シャワーが地球に到達する時間差や素粒子の数を分析することで、元の宇宙線のエネルギーや到来方向を再構成します。ただし、これらの高エネルギー粒子は非常に稀にしか降ってきません。そこで私たちは、広い敷地に何百台もの検出器を等間隔で敷き詰め、空気シャワーをとらえる大面積検出器を建設します。現在は、南半球のボリビアのチャカルタヤ山の中腹(標高4700㍍)という高地に検出器を設置する「ALPACA実験」を精力的に展開しています。
──研究の魅力は。
宇宙線に限らず、放射線の観測研究一般についてですが、検出器を置いておくと勝手に「ピッ、ピッ」と鳴るところが魅力です。あらかじめ目でみえる対象を捉えて測定するのとは違い、自然界の目に見えないシグナルを検出器で捉える、その醍醐味が「ピッ、ピッ」に集約されていると思います。
──研究で大変な点は。
宇宙線実験家の仕事は、一言でいえば半分「土木作業」のような泥臭いものです(笑)。鉛板や検出器の機材などを、空気の薄い高地で自分たちの手で運んで組み立てます。中には高山病で動けなくなる学生さんもいるほど過酷ですが、私はこの泥臭い現場がとても好きです。自分たちの手で装置を組み立て、トラブルがあればその場で補修し、得られたデータについて仲間と議論する。その忍耐強いプロセスの中に、大きな楽しみがあります。
──印象深い研究成果は。
2024年から2025年にかけて取り組んだ「拡散ガンマ線」と「個々の天体からの放射」の配分を突き止める研究は非常に刺激的でした。高感度の最新カタログデータの比較から、天の川銀河が放射する超高エネルギーガンマ線の大半は、すでにペバトロンから脱出して銀河空間をさまよっている宇宙線が、銀河円盤上の星間ガスと衝突して光る「旅の終着点」の姿であることを突き止めました。
──今後の展望は。
これまでの知見の多くは、北半球での実験が牽引してきました。しかし、北半球からは、巨大ブラックホールがある天の川銀河中心や、その周辺の多くの高エネルギー天体がひしめく活発な領域がほとんど見えません。南半球のボリビアで進行中の私たちのALPACA実験による観測が、こうした未開拓の銀河中心領域を一網打尽にし、天の川銀河の超高エネルギー宇宙線加速の全貌を暴く切り札になると思います。
──受験生へのメッセージを。
高校生や若者たちの将来の可能性は無限大です。私自身、最初はブラックホールの理論研究を志しましたが、この分野に巡り合い、泥臭い深みにハマっていきました。何がきっかけで道が開けるかは本当に分かりません。なので、早いうちから「自分にはこれしかない」とか、絶対に就職活動に乗り遅れてはならないとか、周囲の評価に焦って視野を狭めるといったことは、しなくていいと思います。大学は、自分の常識を相対化したり、多様な背景や国籍、専門を持つ人と飽くほど対話したり、自分の包容力と世界の認知を広げていくためのパラダイスです。今日という一日を本気で真剣に生きていれば、必ず自分の納得のいく場所にたどり着きます。焦る必要はありません。存分に人と遊び、議論し、大学生活を楽しんでください!
──ありがとうございました。(聞き手:熊・梅)
進路に悩む受験生のため、本紙では3名の先生方の研究室を訪ね、専門分野について話を聞いた。インタビューを実施したのは、今年京大新聞に入ったばかりの編集員。受験生諸賢のやりたいこと探しの一助となれば幸いだ。(編集部)
目次
数学 数式の解析から世界をのぞく清水一慶 理学研究科助教演劇論 伝統と逸脱のフランス演劇中筋朋 人間・環境学研究科准教授
天文学 宇宙線の起源を探る加藤勢 白眉センター特定助教
数学 数式の解析から世界をのぞく清水一慶 理学研究科助教
──研究分野について。
数学の中でも偏微分方程式論という分野を研究しています。偏微分方程式は、身の回りの現象を解明する上で登場する様々な法則を数式を使って書き表した「数理モデル」のひとつです。高校で習うニュートンの運動方程式ma=Fはその典型例で、世の中の物体の位置が従う規則を表しています。物理学者の役割がこのような数理モデルを提言することである一方、数学者の役割は、この数式を厳密な理論を使って証明ベースで解析していくことです。
運動方程式は常微分方程式というものの一種で、変数が1個しかありません。僕が研究する偏微分方程式は、変数が2個以上あるような、ある意味で常微分方程式よりも複雑な方程式です。偏微分方程式といっても、量子力学に登場するシュレディンガー方程式や懸賞金がかけられているナビエ・ストークス方程式など、様々な種類があります。偏微分方程式というのは、種類が変われば解析手法が全く違うといっても過言ではないほど分化された分野です。専門家たちはそれぞれ研究する対象が決まっていて、僕はランダウ=リフシッツ方程式と非線形シュレディンガー方程式というものを研究しています。
──研究のやりがいは。
これは特殊な意見だと思うのですが、僕が楽しいと思うのは、新しい結果が出たり面白いアイデアを思いついたりしたときに、それを人に話すことです。講演会などで自分の研究結果を話すことがあるのですが、その際自分が苦労して編み出したアイデアを話すと、「頑張ったな」と実感します。問題に取り組む過程は楽しいですが、苦行でもあります。解いていないと落ち着かないという中毒症状の方が強いですね……。ドーパミン的な快楽があるのはアイデアを人に伝えるほうです。
──研究をする上で大変なことは。
やはり一番大変なのは結果が出ない時です。数学の研究の難しさは2種類あって、一つは問題に取り組むことの難しさ、もう一つは問題そのものをどう立てるかという難しさです。問題設定の苦労は大学院生などの切実な悩みです。修士のころには先生から問題やテーマを与えられて、それに従えば何かしらの結果が出てくることが多いですが、博士後期課程に進むと問題設定を自分で見つけるという、もう少し自立した研究者としての教育を受けます。その中で自分の解ける能力の範囲で問題を立てることが非常に難しいです。僕は学位をとって数年経つので、意欲はコンスタントに湧いてきますが、新しい分野にどのように手を付けるかということは今でも苦労します。
──数学者になることについて。
数学の分野は天才や変人が多いイメージがありますが、意外とそんなことはありません。偏微分方程式論には社会人的な方が多いですし、才能がなくても努力で研究者になることができる分野だと思います。もちろん天才のような人々が次々難しい問題に手を付けていくことはあります。しかし、研究というのはコミュニティとして山を築き上げていくことが大事な使命であり、山の頂上だけでは研究は成立しません。山の根元を押し上げるような地道な仕事も重要であり、そこで貢献している研究者もたくさんいますし、どれだけ研鑽を積んだかが関わってきます。京大だと抜きんでた学生がたくさんいますが、その中でも研究をやめる人もいますし、逆に目立っていなかったけれど研究者になった人もいます。新しいことを発見できる可能性を見いだせないという悩みを持つ方もいますが、地道な研究もありますし、悲観する必要はないと思います。
──数学者はAIに取って代わられると思うか。
現時点では研究者の間でも答えは出ていません。AIには自立してタスクをこなすものと人間を補助するものの2つがありますが、後者に関しては歓迎してもよいのではないかというのが数学者の意見です。僕がAIから得ている利益としては、今までは論文の行間を著者に直接聞かなければならない場面でAIからヒントを貰ったり、先行研究を調べるのに役立てたりしています。
僕自身は、AIが自立して結果を出すようになったとしても、それを評価する人間がいないと学術として受け入れることはできないと思います。これから状況がどう変わっていくのかは分からないので、答えづらい問題ではありますが、AIはあくまで補助的な役割にとどまり、結果を評価する側としての数学者の仕事はなくならないというのが僕の考えです。
──受験生へのメッセージを。
理学部は昔から「就職無理学部」と言われてきましたが、最近はそうでもありません。特に数学科は就職が難しい傾向がありましたが、最近は数理人材が注目され、雇いたいという企業が増えているので、就職への不安から理学部を懸念している学生は気にしなくていいと思います。
京大は学問が好きな意欲ある学生が多い大学だと思います。僕は学生時代、数学好きで集まって自主ゼミをやったり、誰かの家に集まって数学の話をしたりしましたね。実力のある人も比較的そうでない人も一緒に楽しくやっていたので、周りと比較してコンプレックスを抱く環境でもありませんでした。学問が好きな人は京大に来れば絶対に楽しいと思います。
──ありがとうございました。(聞き手:椒・轍)
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演劇論 伝統と逸脱のフランス演劇中筋朋 人間・環境学研究科准教授
──ご自身の研究について。
古くからフランスで上演されてきた演劇を通して、社会や文化を考えています。演劇では、俳優が舞台に立ち、台詞や動きによって物語や考えを観客に伝えます。大きな特徴の一つは、台詞、つまり「言葉」がとても重視されてきたことです。特に昔のフランスでは、物語の進め方や舞台の場所、上演時間などについて細かい決まりがあり、俳優は台詞を美しく、正確に話すことが求められました。そのため、フランス演劇は文学とのつながりが強いといわれています。
一方で、決まりが厳しかったからこそ、それに反発する新しい表現も生まれました。身振りや表情だけで魅せるパントマイムや、音や身体の動き、そして舞台空間そのものを重視する実験的な演劇などです。つまりフランス演劇には、美しい言葉や物語を大切にする伝統と、演劇とは何かを問い直す自由な表現の両方があります。その二つが影響し合いながら発展してきたところに、フランス演劇の特徴があります。
──研究方法は。
戯曲などのテクストと、当時書かれた批評や新聞記事の分析が中心です。現代演劇を研究していた頃は、俳優が呼吸や身体をどのように意識しているか、言葉をどのように発しているかといった視点から、演出を考察していました。俳優の訓練では、台詞を話す前に身体の余分な力を抜いたり、呼吸の流れを意識したりします。そうした身体の使い方から舞台を読み解くことも、演劇研究の一つの方法です。
一方、現在主に扱っている19世紀末の演劇は、上演そのものが映像として残っていません。そのため、当時の新聞や雑誌を調べ、観客や批評家が残した記録から舞台を再構成します。電子化されていない資料については、フランスの図書館でマイクロフィルムを一つ一つ確認することもあります。演劇だけを見るのではなく、その時代に何が流行していたのか、どのような外国の劇団が訪れていたのかなど、周囲の文化や社会状況から少しずつ舞台の姿を明らかにしていきます。その点では、文学研究だけでなく文化史の研究にも近いですね。
──研究のやりがいは。
長い時間をかけて資料を読み続ける中で、自分の研究につながるものを偶然見つけたときには、「やった」と思います。以前、ある週刊誌の2年分の記事を調査したことがありました。データが電子化されておらず、フランスの国立図書館に通い、マイクロフィルムをひたすら読んでいきました。その中から重要な記事を発見できたときの喜びは大きいです。
また、一つの問題を考え続けていると、それまで無関係だと思っていた作品や資料の中にも、同じ問題につながるものが見えてきます。研究によって自分の中にアンテナが立ち、ばらばらだったものが一つのネットワークとして結び付いていく。その過程が研究の面白さだと思います。
──逆に、大変な点は。
特に過去のパントマイムなどは、見た人の記録が食い違っていたり、実際には上演されていない舞台が、後世には事実として伝えられていたりすることもあります。そのため、資料に書かれている内容をそのまま事実として受け取ることはできません。なぜ異なる記録が生まれたのか、なぜ誤った話が広く信じられるようになったのかまで含め、一歩引いた視点から考える必要があります。残された断片から、かつての舞台をどこまで正確に捉えられるのかという点が、演劇研究の難しさです。
──なぜフランス演劇を研究することになったのか。
フランスを選んだのは、実はかなり偶然です。大学では第二外国語としてドイツ語を学び、当初は哲学にも関心を持っていました。ただ、私は考え始めるとすぐに抽象的な方向へ進んでしまうので、文学や芸術のような具体的な素材を通して考える方が、自分に合っているのではないかと思うようになりました。その頃、たまたま目にしたサーカスやパントマイム、現代演劇の作家にフランス人が多く、演劇に興味を持ちました。フランス語をほとんど学んでいない状態でフランス文学を選んだので、誰かに止められるかと思ったのですが、誰にも止められず、そのまま始まってしまいました(笑)。また、私は子どもの頃から、答えが分かっていても人前でうまく話せないなど、身体や言葉の使い方に不器用さを感じていました。そこで、コンテンポラリーダンスや演劇の身体訓練を経験しながら、呼吸や声、身体と言葉の関係を考えるようになりました。自分自身の苦手意識が、現在の研究関心につながっている部分もあります。
──受験生へのメッセージを。
誰かに興味の対象を決めてもらうのではなく、自分が今面白いことを出発点にすると良いと思います。京都大学には、自分の関心に合わせて、所属する学部とは異なる授業を受けに来る学生も多くいます。自分自身のストーリーに沿って、必要な知識や経験を集めていくことが、大学での学び方としておすすめです。
また、外国語を一つ、しっかり学んでみてほしいと思います。外国語を学ぶことは、単に外国の文章を読めるようになることではありません。言語によって、世界の切り取り方や時間の捉え方、物事の示し方は異なります。別の言語を身に付けることで、自分の母語や、それまで当然だと思っていた考え方を相対化できるのです。
──ありがとうございました。(聞き手:鶴・晴・悠)
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天文学 宇宙線の起源を探る加藤勢 白眉センター特定助教
──研究分野について。
宇宙を飛び交う高エネルギーの放射線、すなわち宇宙線の研究をしています。宇宙線の約90%は水素の原子核(陽子)ですが、発見から100年以上が経った今でも、宇宙のどこで作られたのかがよく分かっていません。もし宇宙線が宇宙空間をまっすぐ飛んできてくれれば、到来方向を調べるだけでその起源は簡単に分かります。しかし、宇宙線の主成分である陽子は正の電荷を持っています。電荷を持った粒子が動くと、銀河系の中に広がる微弱で複雑な銀河磁場の影響を受け、軌道がグニャグニャに曲がってしまいます。地球に到着した時には元の生まれ故郷とは全く異なる方向からやってくるため、直接の起源特定が非常に困難なのです。
そこで、私が専門とする「高エネルギーガンマ線天文学」が登場します。高エネルギー宇宙線が生まれ故郷の天体の周辺にある星間ガスにぶつかると、極めて高いエネルギーの光(ガンマ線)を放出します。宇宙線は電荷を持ちますが、光は中性であり、電荷を持ちません。そのため、銀河磁場に一切曲げられることなく、生まれ故郷から地球までまっすぐに飛んできます。つまり、この高エネルギーガンマ線が多くやってくる方向を特定できれば、そこに生まれ故郷が存在することを示す強い観測的証拠となります。私たちの分野では、ペタ(10の15乗)電子ボルトという凄まじい超高エネルギー宇宙線を生み出している天体を、「ペバトロン」と呼んで探しています。
──ガンマ線の観測方法は。
地球に飛んできた宇宙線やガンマ線は、大気中で酸素や窒素などと衝突し、ネズミ算式に大量の二次的な粒子を生成し、それが地表に降り注ぎます。これを「空気シャワー」と呼びます。この空気シャワーが地球に到達する時間差や素粒子の数を分析することで、元の宇宙線のエネルギーや到来方向を再構成します。ただし、これらの高エネルギー粒子は非常に稀にしか降ってきません。そこで私たちは、広い敷地に何百台もの検出器を等間隔で敷き詰め、空気シャワーをとらえる大面積検出器を建設します。現在は、南半球のボリビアのチャカルタヤ山の中腹(標高4700㍍)という高地に検出器を設置する「ALPACA実験」を精力的に展開しています。
──研究の魅力は。
宇宙線に限らず、放射線の観測研究一般についてですが、検出器を置いておくと勝手に「ピッ、ピッ」と鳴るところが魅力です。あらかじめ目でみえる対象を捉えて測定するのとは違い、自然界の目に見えないシグナルを検出器で捉える、その醍醐味が「ピッ、ピッ」に集約されていると思います。
──研究で大変な点は。
宇宙線実験家の仕事は、一言でいえば半分「土木作業」のような泥臭いものです(笑)。鉛板や検出器の機材などを、空気の薄い高地で自分たちの手で運んで組み立てます。中には高山病で動けなくなる学生さんもいるほど過酷ですが、私はこの泥臭い現場がとても好きです。自分たちの手で装置を組み立て、トラブルがあればその場で補修し、得られたデータについて仲間と議論する。その忍耐強いプロセスの中に、大きな楽しみがあります。
──印象深い研究成果は。
2024年から2025年にかけて取り組んだ「拡散ガンマ線」と「個々の天体からの放射」の配分を突き止める研究は非常に刺激的でした。高感度の最新カタログデータの比較から、天の川銀河が放射する超高エネルギーガンマ線の大半は、すでにペバトロンから脱出して銀河空間をさまよっている宇宙線が、銀河円盤上の星間ガスと衝突して光る「旅の終着点」の姿であることを突き止めました。
──今後の展望は。
これまでの知見の多くは、北半球での実験が牽引してきました。しかし、北半球からは、巨大ブラックホールがある天の川銀河中心や、その周辺の多くの高エネルギー天体がひしめく活発な領域がほとんど見えません。南半球のボリビアで進行中の私たちのALPACA実験による観測が、こうした未開拓の銀河中心領域を一網打尽にし、天の川銀河の超高エネルギー宇宙線加速の全貌を暴く切り札になると思います。
──受験生へのメッセージを。
高校生や若者たちの将来の可能性は無限大です。私自身、最初はブラックホールの理論研究を志しましたが、この分野に巡り合い、泥臭い深みにハマっていきました。何がきっかけで道が開けるかは本当に分かりません。なので、早いうちから「自分にはこれしかない」とか、絶対に就職活動に乗り遅れてはならないとか、周囲の評価に焦って視野を狭めるといったことは、しなくていいと思います。大学は、自分の常識を相対化したり、多様な背景や国籍、専門を持つ人と飽くほど対話したり、自分の包容力と世界の認知を広げていくためのパラダイスです。今日という一日を本気で真剣に生きていれば、必ず自分の納得のいく場所にたどり着きます。焦る必要はありません。存分に人と遊び、議論し、大学生活を楽しんでください!
──ありがとうございました。(聞き手:熊・梅)



