〈映画評〉一足先の敗戦を描く 『開戦前夜』
2026.08.01
「必敗です。必ず、負けます」と述べる宇治田。©2026 ポニーキャニオン/東京テアトル/NHK エンタープライズ/RIKI プロジェクト
集められたエリートたちは模擬内閣を結成し、それぞれ企画院、外務省などの役割を与えられる。彼らは所属する会社や省庁のデータを持ち寄り、国内の資源量やアメリカとの国力差、食料供給の見通し、インフレの推移などをシミュレーションしていく。
その中で、内閣総理大臣を任されるのが宇治田洋一だ。彼は演習で開戦派と避戦派で意見が真っ二つに割れても、初めは消極的態度でやり過ごそうとしていた。しかし経済・軍事・生産業など各方面のデータを重ねていくうちに、彼の目の前には、敗戦後の焼け野原のイメージが広がり、離れなくなる。そこから彼は昼夜問わずペンを走らせ、計算を繰り返していく。その衝撃的な数値から、開戦を主張していたメンバーも論を転換する。
1941年8月、東条英機・近衛文麿擁する内閣相手に、彼らは研究結果を報告。「戦争をすべきか、せざるべきかという以前に、できないのです」。発言を誤れば最前線へと送り込まれる危険性と隣り合わせながらも、数字が示す結末を必死に訴えた。けれども彼らの訴えもむなしく、東条は「戦は理屈ではなく精神だ」と述べ退席してしまう。そうして日本は、4か月後の開戦、4年後の敗戦へと突っ走っていく。彼らの予想通りに戦況は悪化し、予測できなかったのは2つの原爆だけだった。
報告の後に戦争準備が進んでいく中、なぜ東条は止めないのだと苛立つ研究所のメンバーに、陸軍軍人の高城は「一度動き出した空気に抗うのは至難の業です」と語る。結局空気が戦争へと向かわせるのかとあきれるが、空気に抗う難しさは身に覚えがあるとはっとする。軍服ができて戦争準備は万端だと聞いた宇治田は、「軍服を作ったから戦争をするのですか。愚かな選択をした責任は、誰が取るのですか」と静かに熱を帯びて問いかける。研究所の面々に答えられる者はなく、結末を知りながら止められないやりきれなさが描かれる。
なぜ、止められなかったのか。当時の軍人や民衆が、非合理な熱狂と精神論で突っ走ったと言う人もあるかもしれない。しかし、資源の枯渇を予測しながら進軍しなければ、「戦わずして敗れる」結果になるとジリ貧論を唱え、わずかな勝機に希望を見出した軍人にも、統制された情報の中で、アメリカに勝てばすべてがよくなると信じた民衆にも、彼らなりの合理性があったのだと、本作の隅々から思い知る。
「権力を持つ者には、責任があるはずです」。あの靴音が軍靴の音に変わる日が来ないように、空気の作り手の1人として宇治田の台詞を肝に銘じたい。(悠)
監督・脚本 石井裕也
原案 猪瀬直樹「昭和16年夏の敗戦」(中央公論新社)
配給 東京テアトル
上映時間 138分
公開 2026年7月31日
原案 猪瀬直樹「昭和16年夏の敗戦」(中央公論新社)
配給 東京テアトル
上映時間 138分
公開 2026年7月31日
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