文化

〈展示評〉理想の風景画を追い求めた先に 「フォンタネージ―イタリアの光・心の風景」

2026.08.01

〈展示評〉理想の風景画を追い求めた先に 「フォンタネージ―イタリアの光・心の風景」

今年はフォンタネージ来日150周年の節目

叙情的な風景画を手がけ、日本ではお雇い外国人として洋画の伝道に努めたイタリア人画家、アントニオ・フォンタネージ。彼を特集する展覧会「フォンタネージ―イタリアの光・心の風景」が京都国立近代美術館(左京区)で開催中だ。展示は初期の作品から晩年のものまで網羅しており、フォンタネージが歩んだ「理想の風景画」への旅路をたどることができる。

冒頭には、フォンタネージが初期に描いた風景画が並ぶ。彼は伝統的な画法に愛着を持ち、舞台的な空間構成や光の効果にこだわった。『ブジェイ高原』などにみられる、風景を美のヴェールで軽やかに包みこむかのような筆致からは、どこか現実離れした夢見ごこちな印象さえ受ける。

彼の風景画は、様々な画家から影響を受けて叙情的なものへと発展してゆく。『孤独』では、沈鬱な野原とうつむいた少女を描いた。興味深いのは、少女の詳細を描いていない点である。作品の憂鬱感を雄弁に語るのは、むしろ少女の周りの風景だ。後景となるはずのものが主役となり、鑑賞者の心にメランコリーを鋭く突き刺す。彼の風景画のひとつの到達点を示す作品といえるだろう。

理想の風景画を追求する過程で、フォンタネージは気象や光の変化にも関心を抱いた。連作「沼地」では、科学の対照実験のように、同じ沼を時間帯ごとに描き分けた。自身の風景画の足元を鍛えなおすような実験的な取り組みからは、彼のストイックさがうかがえる。沼地は光の当たり方しだいで、劇的に表情を変えてゆく。風景に「印象」を生み出すカギは光なのだと気付かされる作品だ。

2年間の日本滞在から帰国した後、フォンタネージはトリノで晩年を過ごした。彼の集大成といえる風景画『雲』が展示後半の目玉である。大きなキャンバスの半分以上を占めるのは、入道雲が浮かぶ広大な空だ。その下には緑の平野が広がり、奥手にはいくつかの建物が小さく見える。池の水を手で掬って口に運ぶ少年や、バケツを片手で持って運ぶ女性の姿も。壮大な自然に対し、人間たちも負けじときらめく生活を営んでいる。世界の美しいものを詰め込んだような朗らかな傑作だ。フォンタネージが辿り着いた理想の風景画は、この世へのとめどない愛に溢れている。この作品に向かい合ったとき、突き抜けるような快感と生きる喜びが体内を走った。

展示は、フォンタネージに影響を受けた作家たちの作品で締め括られる。彼の歩みは後世に脈々と受け継がれているのだ。この展示を通して、この大河物語の一部を覗いてみてはいかがだろうか。会期は10月4日まで。一般2000円、大学生1300円、高校生以下は無料。(梅)

関連記事