インタビュー

研究の現在地VOL.18 なぜ合理的な人たちが危機をつくるのか 法学研究科附属 法政策共同研究センター 淺井顕太郎教授

2026.07.16

研究の現在地VOL.18 なぜ合理的な人たちが危機をつくるのか 法学研究科附属 法政策共同研究センター 淺井顕太郎教授
なぜ金融危機は起こるのか。預金者一人ひとりの行動は合理的なのに、その行動の集積が、銀行の危機という非合理的な結果を招く。ミクロ経済学の理論を武器に、元ゴールドマン・サックスの実務家としての眼差しで「個人の合理性と集団の非合理」のメカニズムを探求する淺井顕太郎教授を訪ねた。本インタビューでは、前半では具体的な研究内容を、後半では今日にいたるキャリアの軌跡を詳しく聞いた。(順)

淺井顕太郎(あさい・けんたろう) 京都大学法学研究科附属 法政策共同研究センター 教授
シカゴ大学卒業。2007年から11年までゴールドマン・サックス投資調査部門に勤務。13年にシカゴ大学修士(経済学)、16年同大学博士(経済学)。同年よりオーストラリア国立大学経済学・商学群に勤務。24年より現職。

目次

「壁」を乗り越えたくて
金融危機との出会い
個人と集団のパラドックスに向き合う
学部からアメリカへ
学生へのメッセージ

「壁」を乗り越えたくて


――京大に2024年に着任された背景について。

オーストラリア国立大学から日本に移った理由は2つあります。1つは子供の教育です。息子が中学1年生で、英語は母国語として不自由なく使いこなせる一方、日本語力はこれからさらに伸ばす段階でした。また日本の数学教育の水準は世界的にも高いので、この時期に日本で学ばせたいと思いました。

もう1つは研究上の理由です。オーストラリア国立大で金融の教育・研究をしていましたが、金融に軸足を置きながらも、法学や公共政策、心理学などとの学際的な研究をしていきたいと思っていました。

――学際的な研究志向が生まれたきっかけは。

現実社会はより複雑化しており、自分がいたアカデミアの状態と実際に求められている研究に乖離が生じていると感じました。現状、アカデミアでは、専門の細分化が進んでいます。例えば金融の世界でも、ある一つの資産クラスだけを研究している人が大勢いるような状態です。一度インナーサークルに入ってしまうと、その壁の内側だけで生きていかなければいけないような状態になりがちです。勿論、それによって、質の高い研究ができるのも事実で、私もそこに身を置いています。ただ、研究対象とする現実社会の現象は、複数の領域を横断的に見ないと理解できないことも多いです。京大の法政策共同研究センター(*)は、そのギャップを埋めようとしている機関に感じられたので、来ることにしました。

(*)法政策共同研究センター
21年度設立。文理融合を含む学際的な研究を実践し、AI規制や感染症対応など、人類社会が直面する新しい課題に対応する。研究者と実務家(政策担当者、企業など)が協働し、実際に機能する法制度の社会実装に取り組む。

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金融危機との出会い


――オーストラリアではどういった研究を。

現在よりも金融に特化した研究をしていました。私自身が08年から09年の金融危機を、実務家としてゴールドマン・サックス(*)で経験していたからです。2年目の社員でしたが、大きな影響を受けました。少なくない同僚が去ったため、仕事の量は結構増えましたね。これが原体験となり、現在も金融危機を研究対象の一つとしています。

(*)ゴールドマン・サックス
アメリカ・ニューヨークに本社を置く、世界最大級の国際金融グループ。

――金融危機の理論とは。

金融危機の理論の一つに、自己実現的危機というものがあります。例えば、皆さんお金を銀行に預けていますよね。銀行が倒産するかもと思ったら、預金を引き出します。実体経済に特に悪影響がなくても、預金を引き出すと銀行は本当にお金がなくなって破綻してしまいます。つまり、皆さんの思い込みが現実になるという理論です。

現在は預金保険制度(*)の存在により、取り付け騒ぎのリスクは極めて低いと考えられがちですが、制度は全ての預金を対象とするわけではなく、例えば企業保有の定期預金等における保護限度額超過分には制度は適用されません。また、オンラインレンディングプラットフォーム(*)や、プライベートエクイティのようなファンド(*)なども制度の適用外です。

(*)預金保険制度
金融機関が破綻した場合に、預金者の保護や信用秩序の維持を図るための公的制度。日本では預金保険機構がこれを担い、預金者1人当たり「元本1千万円までとその利息」が保護される。

(*)オンラインレンディングプラットフォーム
従来の銀行を介さずに個人や中小企業への融資・仲介を素早く行うデジタル金融サービス。預金を原資とする伝統的な「銀行」とは異なり、市場の投資家から資金を募って貸付に回すビジネスモデルが多い。

(*)プライベートエクイティファンド
未上場企業の株式や、上場企業の株式を買い取って非公開化し、企業価値(収益性やガバナンス)を高めたのちに、売却や再上場によって売却益を狙うファンド。投資家や富裕層から集めた資金と、銀行などからの借入金を組み合わせて投資を行う場合が多い。

――預金保護制度で防げない問題はどのように解決できるのか。

近年の共同研究で重視しているのが、情報の透明性と市場の安定性の関係です。一般には「情報は透明であるほどよい」と考えられがちですが、金融の世界では必ずしもそうとは限りません。

ファンドや金融機関の資産状況がリアルタイムで可視化されれば、投資家はその変動を敏感に受け取り、不安を募らせたり、リスクを負うことになります。むしろ評価をあえて平準化して細かな値動きが見えなければ、皆で同じ価格を共有してリスクを分かち合えます。透明性が高いことが、かえって問題になる場合があるのです。

もし、ファンドだけが自分たちの資産状況を完全に把握できる状態にあれば、リスクを察知して解約規制や払戻額の上限規制をかけることができます。しかし、これ自体が、資産が悪化していることを市場に示唆する「悪いシグナル」となってしまいます。すると、ファンドによっては、後期解約者を犠牲にしてでも、現在の払戻額を比較的高く提示することで不安を払拭しようとします。その結果、早期解約が得になり、「早い者勝ちだ」と考える投資家による非効率な取り付け騒ぎを招いてしまうのです。

一方で、ファンド側も自分たちの資産状況をリアルタイムで見られない状態なら、そもそも解約制限や払戻額の上限規制をかけようとは思いません。結果として、投資家たちが非効率な取り付け騒ぎを起こすことはなく、かえって混乱を抑えることができるのです。

そこで現在研究を進めているのが、 リアルタイム価格のかわりにあえて「過去一定期間の平均値」という、ワンテンポ遅らせたなだらかなデータをファンドやレンディングプラットフォームのプロトコルが参照する方法です。情報のスピードを意図的に鈍らせることで投資家が目の前の値動きに影響されず、一斉に解約に走る(取り付け騒ぎを起こす)のを防げるかもしれません。

――情報をあえて不透明に保つことが危機の回避につながるのか。

すべての市場で情報を不透明に保つことが有効とは限りません。金融の場合はあまり透明化しない方がいいケースもあると思っていますが、例えば婚活市場に関しては透明化した方が良いかもしれません。婚活市場におけるマッチング理論の分析で、相手が自分をどう評価しているかや、相手の好みなどの情報が共有されないせいで、人気のある人同士が極端に固まる非効率なマッチングが起きることを示したことがあります。この市場では、情報を開示し透明性を高める方が、より自然で効率的なマッチングが生まれるのです。対象によって、情報の最適な出し方が真逆になるのが面白いところです。

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個人と集団のパラドックスに向き合う


――研究対象はどのように選んでいるのか。

応用ミクロ経済学の理論が適用できる分野が研究対象です。金融以外にも、マーケティング、組織論、婚活市場のようなマッチング理論など様々です。

これらの対象には共通項があります。それは、個人個人が合理的に行動しているのに、集団としてエラーが起こりうることです。例えば金融危機がそうですね。個人個人は合理的に行動していますが、最終的に銀行が破綻してしまいます。

――研究手法について。

一般的に、社会科学において何かの効果や影響を測りたい場合は、同じ個体に対して処置を与える場合と与えない場合の両方を試し、比較することが求められます。しかしもし一度処置を受けたら、処置を受けていない状態は原理的に観察できません。

そこで処置を受けた人がもし受けていなかったらどうなるのか。あるいは処置を受けなかった人については、もし処置を受けたらどうなったのかということを、推測しないといけません。このような反実仮想を達成する手法には、実験とシミュレーションの二つがあります。

実験というのは、ランダムに2つのグループに集団を分けて、どちらかに処置を与え、どちらかは処置を与えないことで、比較をする手法です。

シミュレーションは、個体の振る舞いに関して詳細な数理的モデルを作って、個体がとりうる行動を予想できるようなモデルや理論を作ることです。例えば金融領域においては、リーランドの「企業価値モデル」(*)のように、企業の資金調達や投資行動を予測する枠組みが代表例です。これは、ブラウン運動(*)などの数理的手法を用いることで、企業の動向を精緻に予測・モデル化するものです。

実験のほうが望ましいように思えますが、現実的に実験できない場合があります。例えば実験的に法人税を下げたり、金利を上げたりすることは難しいです。このような場合に、シミュレーションが有用なので、2つを使い分けて研究しています。

(*)リーランドの「企業価値モデル」
経済学者ヘイン・リーランドが1990年代に提示した、企業の最適な資本構成(自己資本と負債のバランス)やデフォルト(債務不履行・倒産)のタイミングを予測・分析するための構造的数理モデル。

(*)ブラウン運動
植物学者ロバート・ブラウンが発見した、液体や気体中に浮遊する微粒子が、周囲の分子の不規則な衝突によってランダムに動き回る物理現象。金融工学・確率論・統計物理学など様々な分野で応用されている概念。

――AIは研究で使用しているか。

AIは特にテキストの解析で重宝します。今までの経済学・金融学におけるデータ・変数というものは、基本的には数量化できるものに限られました。設備投資の額や売上やマクロ統計などです。それがAIの登場によって、人間が残してきた文章を数量化できるようになりました。例えば、企業の有価証券報告書(*)の経営に関する記述をデータとして扱えるようになりました。既存の方法よりかなり素早く、加えて研究者の恣意に左右されることなく文章をデータ化できるようになりました。

(*)有価証券報告書
上場企業などが自社の財務状況、経営成績、事業のリスク、コーポレート・ガバナンスの状況などを外部に開示するために、毎事業年度終了後に金融庁への提出を義務付けられている書類。

――今後はどのような研究を。

秘められたものに好奇心がすごく刺激されます。金融危機の原因や婚活市場のマッチングメカニズムをはじめ、談合や企業不正、企業の政治的関与の実態などにも興味があります。そういった「人間臭い」トピックへの関心は引き続き続くと思います。

もう一つは自動化とAIですね。それらがどういった影響を既存の経済学、あるいは金融の枠組みへ与えるかに関心があります。例えば、プリンシパル・エージェント・モデル(*)のエージェントがAIになるとどういう違いが生まれるのかといったことです。また、自動運転や自動経営の運用者や開発者にどう責任を負わせるべきか、という議論にも関心を持っています。

長年取り組んできた金融危機も同様です。金融危機は個人の合理的な行動の結果起きるので、AIが相当な合理性を持って行動するのであれば、やはり起きうると思います。それをどう防ぐかにも関心があります。

(*)プリンシパル・エージェント・モデル
業務を委託する側(プリンシパル=依頼人。例:株主や社長)と委託される側(エージェント=代理人。例:経営者や従業員)の関係を分析するモデル。

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学部からアメリカへ


――後半では先生のこれまでのキャリアの軌跡をたどる。まず、学部生からシカゴ大学に進学した背景について。

高校生の時、英語で本や教科書を読むのが好きでした。特に数学は英語で書かれた教科書の方がわかりやすかったです。例えば、「試行」という単語は英語では「trial」で、トライアルの方がイメージがつくというか、一つ一つの単語がより直感的に書かれているように思えました。そのうち英語の文献を読んだ方が学習できるなと思って、海外の大学を選びました。

シカゴ大学の3年が終わってから、実務経験を積みたかったので、ゴールドマン・サックスへ就職しました。本当は大学院に行きなさいと言われたんですが、実務経験を積みたかったので、このときは辞退しました。

――ゴールドマン・サックスではどのような仕事を。

投資調査部門に配属されました。ニュースを拾い、レポートを執筆したり、企業の業績を予想したりして情報を発信していました。さらに収集した情報を使って投資戦略の提案を行うこともありました。

投資調査部門への配属を希望したきっかけは、学生時代に参加した投資銀行部門(*)のインターンです。M&A(合併・買収)などの案件が動く現場では、常に緻密な業績予想や市場分析が求められ、その情報の多くが投資調査部門のレポートに支えられていることを知りました。業務の根幹を支える大切な情報を生み出す側に立ちたいと思うようになりました。

(*)投資銀行部門
証券会社において、主に大企業を顧客とし、企業のМ&Aの助言や提案(アドバイザリー)や、株式・社債の発行を通じた巨額の資金調達(ファイナンス)のサポートを行う専門部門。

――実務家時代と研究者時代で、仕事の進め方に違いは。

時間の制約が大きな違いだと思っています。実務家は今日明日にとか、短い時間間隔で動いています。イメージでは、実務家の仕事は素早く8割ぐらいの完成度を目指します。それに対して研究職は、時間をすごくかけてもいいから、10割の仕事をするというイメージです。私はアカデミアの方が向いていました。時間に縛られない方がいいなと思ったということです。

――情報の取得という点での実務とアカデミアの違いは。

金融分野に関してはゴールドマン・サックスの方が、情報のアクセスが容易だったという気はします。データベースの取得には費用がかかります。オーストラリアの大学で比較的豊富な情報が入手できましたが、それは、積極的に留学生を受け入れたり学生数を増やしたりして、財源を多様化しているからです。政府からの資金援助もありますが、大学が主体的に経営の工夫をしている印象です。

――アカデミアで活動する中で実務家時代の経験が生きた場面は。

読み手を意識して論文を書く習慣がついたことです。研究論文の場合、読者は同じ領域の研究者や研究に関心のある実務家です。実務家だった頃と同じく、読者に伝わる書き方や彼らが関心のあるテーマを考えながら執筆しています。私はこの発想を他の研究者よりは比較的意識している気がします。

良い研究結果があっても、それを面白く伝えられないとあまり評価されない場合は多々あります。きちんと相手に伝わるように、かつ相手に関心を持ってもらえるように書くことは非常に大事だと思います。

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学生へのメッセージ


――最後に、学生へのメッセージを。

異文化交流を積極的にする必要があると思います。例えば文系の人は理系の視点を勉強してみる、理系の人は文系の視点を勉強してみるなど。自分の専門とは違う科目を勉強するといいと思います。また、海外に行って違う国の人と話をしたり、自分がリベラルだったら保守的な人と話をしてみたりと、文字通りの異文化交流も大切です。異文化交流による刺激は多角的な思考を促すきっかけになり、こうした交流を積極的に推進していくことで、互いを認め合えるより良い社会の実現につながると思います。

研究者を目指す方にとっては、実務家との交流も非常に大事だと思っています。実務家は研究者から実験やシミュレーションといった研究手法を学べますし、研究者はデータにはあらわれない慣習や噂といった実務情報を学べます。こうしたウィンウィンの関係はまさに異文化交流の一種ですね。

――ありがとうございました。(聞き手:順・法)

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