文化

〈展示評〉「私」を描く、その先へ エッセイマンガの可能性

2026.07.16

〈展示評〉「私」を描く、その先へ エッセイマンガの可能性

第3章「コミックエッセイというジャンルの確立」の展示風景。原画や資料を交えながら、エッセイマンガの成立と発展をたどる(京都国際マンガミュージアム提供)

京都国際マンガミュージアムで企画展「わたしをすくう エッセイマンガの処方箋展」が4月25日から9月1日まで開催されている。会場となる2階ギャラリーには、さくらももこや、京都ゆかりのグレゴリ青山など27名のマンガ家による原画総計330点のほか、デジタル出力パネルやネーム、構想ノート、単行本などの関連資料が並ぶ。1970年代の少女マンガにおけるエッセイ的表現から、コミックエッセイというジャンルの成立、SNS時代の多様な作品群までを4章構成でたどりながら、「今を生きる私達に効く処方箋(エッセイマンガ)50」と題した作品紹介も設けられている。

なお、この作品紹介は、学芸員や監修者らの体験を交えたエッセイ風の作品解説を付したものとなっており、客観的な解説が一般的な美術館・博物館の展示とは異なる。また、その他の解説パネルもやや主観的な表現が多く見られ、執筆者自身の思いなど展示そのものもまた「エッセイ」として構成され、来館者は作品だけでなく展示制作側の読書体験にも触れることができる。担当学芸員の倉持さんによると、本展は、SNSを中心に広がるが、ストーリーマンガに比べて軽視されがちで研究も少ないエッセイマンガの価値を再評価したいという問題意識から企画したという。展示を通じて、エッセイマンガとは単なる体験談ではなく、「私」の経験を他者へ届く物語へと編み直す表現であることが伝わってくる。企画展タイトルの「すくう」は「掬う」と「救う」の二つの意味を重ねており、「処方箋」という副題もその理念を象徴している。

印象に残った作品の一つが、京都在住のマンガ家・グレゴリ青山による『京町家だった実家の話』である。作品では、台所の煙を逃がすための吹き抜け「火袋」、レトロな模様のガラス戸など、町家特有の作りが作者自身の視点で紹介されている。なかでも印象的だったのは、「京都の家というと“京町家”」という言葉だった。京都の大学に通う評者にとっても、京町家は細い路地にひっそりと残る古い建物という程度の認識しかなく、自分とは少し距離のある存在だった。しかし作品を読むと、京町家は特別な文化財ではなく、実際に人が暮らしてきた「京都の家」として描かれている。京都で日常を過ごしていても知らなかった町の一面を知り、身近な風景が少し違ったように見えるようになった。

一方で、エッセイマンガが抱える現代的な課題も展示は見逃していない。実体験を描く以上、SNS時代には炎上や個人情報の特定といったプライバシーの問題と隣り合わせである。そのため近年では、実際の経験をもとにしながらも創作を織り交ぜた「セミフィクション・コミックエッセイ」が広がりつつある。現実を描きながら登場人物や周囲への配慮を両立させようとする試みは、エッセイマンガが現代のメディア環境のなかで模索している新たなあり方を示していた。

展示を見ながら改めて感じたのは、マンガという表現形式の特性である。エッセイマンガでは、柔らかな絵柄によって、毒親や精神疾患といった重いテーマであっても、自然と作品へ入り込める。文章なら途中で読むことをやめ、映像なら目を背けたくなる内容であっても、マンガだからこそ受け止められる。その「読みやすさ」は単なる軽さではなく、他者の経験へ近づくための重要な装置なのだろう。

エッセイマンガは、一瞬の経験を、時間を超えて読み継がれる作品へ変える力を持っている。本展は、エッセイマンガの表現の変遷をたどるだけではない。「なぜ人は他人の経験を読みたくなるのか」「なぜ経験を語ることが誰かを救うのか」という問いを、来館者自身へ投げかけている。「わたし」を描くことは、「わたし」のためだけでは終わらない。一人の経験が誰かの物語となる営みを通じて、本展は「物語は人を救いうるのか」という普遍的な問いを静かに提示していた。(環)

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