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映画評論 Season 2 第12回 髪の毛よりも細く剣よりも鋭い橋 スペインからの快作『シラート』

2026.06.16

映画評論 Season 2 第12回 髪の毛よりも細く剣よりも鋭い橋 スペインからの快作『シラート』

ルイス(左)とエステバン© 2025 LOS DESERTORES FILMS, A.I.E., TELEFÓNICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.,FILMES DA ERMIDA, S.L., EL DESEO DA, S.L.U., URI FILMS, S.L.,4A4

スペインの映画を見る機会は少なく、唯一思い浮かぶのは1980年代から話題作を継続的に発表し続けてきたペドロ・アルモドバルの作品だろうか。『シラート』は、そのアルモドバルがプロデューサーとして参加した、新鋭監督オリベル・ラシェの快作である。

砂漠横断のロード・トリップ


モロッコの砂漠でまさに今、レイヴ・パーティーが開かれようとしている。レイヴ(Rave)とは、80年代後半に英国で発生した、反復する電子ビートが基調のダンス音楽のことで、こういった音楽を夜通し大音響で流しながら、野外で行う非合法なダンス・パーティーが通称「レイヴ」と呼ばれている。KITSUNE KYOTOやCLUB METROといったクラブが、常設の建物内で開かれ、ビジネスとして成立し、アルコールと共に社交や出会いの機会を提供するのに対し、レイヴは、大音量の音楽に合わせて踊ること、また野外空間を他のレイヴァーと共有することが目的だとされており、非合法なその空間では、往々にしてドラッグが流布しがちだ。そういった意味からも国家権力からは危険視されてきた。

主人公ルイス(演:セルジ・ロペス)が息子のエステバン(演:ブルーノ・ヌニェス・アルホナ)を連れ、半年近く連絡が途絶えている長女マリーナを探しに訪れる。レイヴ音楽に夢中な彼女が、このパーティーに参加していると聞きつけてやってきた親子だが、彼女を知る者は1人もおらず、2人は途方に暮れる。その時、モロッコの軍隊が突然現れ、今すぐ退去しなければ逮捕するとレイヴァーたちを攻撃し始める。ルイスとエステバンは、もしかしたら別のレイヴ・パーティーでマリーナに会えるかもしれないと、5人のノマド(遊牧民)レイヴァー・グループに同行することになる。サハラ砂漠を横断するロード・トリップの始まりだ。『マッドマックス:フュリオサ』(2024)を初め、一連のオーストラリアのアクション映画『マッドマックス』(1979~)を想起させる、荒れ果てた地の果ての物語。

タイトルの含意


『シラート(Sirāt)』というタイトルは、おそらく読者にとって聞き慣れないものだと思う。アラビア語で「道」を意味し、イスラム教の宗教的文脈においては、最後の審判の日に天国と地獄の間にかけられる橋——髪の毛よりも細く剣よりも鋭い橋——を象徴しているとされる。本作品では、このニュアンスを含みながら、生と死の狭間における緊迫した状況を具現化する表象として使われている。

まさにこの「生と死の狭間」を利用し、本作は観客の情動を掻き立てる。物語の後半になると次々と不幸な事故が起こり、いたずらな死が続く。日常生活から病や死が遠ざけられた現代社会にとって、その衝撃は凄まじい。

さらに驚くべき点は、作中のこれらの死が、日常生活や人生にとって、ありえそうもない状況で起こっているにもかかわらず、身近なものであるかのように感じさせる描かれ方の巧妙さである。「死」は「生」と背中合わせであるにも関わらず、われわれの多くは、死を遥か彼方のものとして遠ざけ、心の中から閉め出しながら日々の暮らしを送ることに慣れ親しんでいる。若者の多くは、無尽蔵に思える残りの人生に安寧を見出しているかもしれない。そして余命幾ばくもない不治の病に冒されていると宣告されたとき、初めて死の存在を意識する。しかし、本作品は、そんな時間的余裕さえも観客に与えることなく、一瞬のうちに自分にとってかけがえのない人々が亡くなる。このような極限状態における死によってもたらされた情動に、観客は心を掴まれるだけでなく、そこから派生する衝撃やダメージを抱えながら生き続けることの痛みを共有する。

無機質な音響と飼い犬の暖かさ


ここまで読み進めた読者は、暗く、重く、耐えがたい苦痛を与えそうな本作を見る気が失せるかもしれない。しかし、『シラート』の真骨頂は、このような「死」を巡る避けられない情動を、音楽を担当するカンディング・レイが作り上げたレイヴ音楽と、それの通奏低音となる音響によって昇華させている点であることを強調したい。

レイの音楽は、デジタルサウンドの無機質さを前景化しながら、それを聴く人間の感情と融合させようとする実験的なダーク・テクノが特徴だとされている。映像と音との融合は、ラシェ監督自身がレイのこういった音楽に心酔していることを感じさせ、あたかもレイヴ・パーティーで起こるとされるトランス状態を想起させる。『シラート』が、昨年のカンヌ国際映画祭メインコンペティション審査員賞を受賞しただけでなく、今年3月のアカデミー賞では最優秀国際映画賞と最優秀音響賞にノミネートされた点も注目される。

音響の無機質さに対比する形で、本作では暖かい生物間の触れ合いが表現されている点にも感慨深いものがある。ルイスとエステバンは、1匹の飼い犬と旅をしている。また5人のノマド・レイヴァー・グループも自分たちの犬と共同生活をしている。これらの犬は死ぬときも共に、そして生き残って「髪の毛よりも細く剣よりも鋭い橋」を渡るときも共にいる。カンディング・レイの音楽を体感するために、そして、自分にとって大切な犬と運命を分かち合うルイスたちの感覚を得るためにも、是非映画館へ行って鑑賞して貰いたい一作である。

監督 オリベル・ラシェ
製作国 スペイン、フランス
配給 トランスフォーマー
上映時間 115分
京都ではMOVIX京都で6月5日公開、京都シネマで6月12日公開

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