文化

〈書評〉「自由の学風」解体新書 『京大理系の科学入門』

2026.06.01

〈書評〉「自由の学風」解体新書 『京大理系の科学入門』
入学当初に聞いたある教授の話が、今でも記憶に残っている。「京大の研究者の興味は変わっていて、一人ひとり全く違う。隣にいる先生の研究内容に『その研究、何がおもろいんや』と思うこともよくあるけど、みんな、お互いの研究の価値だけは認めている」。この教授に限らず、京大ではこんな話は語り口や言葉を変えつつも繰り返し耳にする。それらが示すのはすべて、自由の学風と呼ばれるものの正体だ。

本書は「京大×ブルーバックス」シリーズの一作であり、国際研究の最先端を走る京大の研究者とその教え子を「ド文系」の著者が取材して京大理系の世界を紐解く。登場する研究内容は、地下生物の膨大なネットワークの解明、20年以上続けたハリガネムシ研究、文字通り世界中の人を救う薬の開発……。本書の見所の一つは、多様な研究内容だけでなく、普段謎に包まれた附属研究所や高等研究院の施設の内部だ。施設のあちこちに数式だらけのホワイトボードが置かれた基礎物理学研究所や、昼休みに院生たちが一部屋ずつノックしてランチのお誘いを始める理学研究科。特色ある研究生活を著者が新鮮な目線でレポートする。

本書の取材の中でよく口にされる象徴的な言葉がある。「自由の学風」だ。多くの人がこれを京大の研究の土壌として挙げるが、いち京大生の評者にとって、自由の学風とはまるで捉えどころのない雲のように思える。誰もが口にしながら、誰もそのはっきりとした定義を教えてくれない。一体全体、自由の学風とは何物なのか。しかし、本書で多様な研究の在り方に触れていくうち、評者はあることに気付いた。京大において、自由の学風は求める者の前に必ず現れる、ということだ。しかも、誰かから与えられた定義ではなく、自らが肌で感じた独自の定義を見つけなくてはならない。本書に登場する研究者を始め、優れた研究者は皆それを持っているという点で共通している。自由の学風とは本当に不思議で京大特有の気質だと改めて感じた。

本書は書名通り「入門」という言葉にふさわしい。京大理系の門戸は広いが、ひとたび足を踏み入れればそこは迷宮だ。いま私たちは本書を通じて、その迷宮を突き進んできた人々の現在地をうかがい知ることができる。本書を読む中で、「この研究は興味深い」と思うか、あるいはその逆もあるだろう。冒頭で述べた通り、京大ではそうした興味の個性が尊重される場が広がっている。もしかしたら、その個性が京大理系の世界へ踏み出す一歩になるかもしれない。あなたも本書を手に取って、迷宮の中をちょっと覗いてみてはどうか。(燈)

『京大理系の科学入門 「すごい研究」はこうして生まれる』
高松夕佳 著
京都大学総合研究推進本部 監修
講談社
2026年
1200円+税

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