複眼時評

田口かおり 人間・環境学研究科准教授「記憶、謎かけ、保存修復」

2026.05.16

田口かおり 人間・環境学研究科准教授「記憶、謎かけ、保存修復」

図版1 井田照一《Series - In front of, In back of -"Surface - Hotel - A"》 昭和48~50年 シルクスクリーンプリント リトグラフ ホットスタンプ 紗(3層) 京都市京セラ美術館(撮影:田口かおり)

イダさん、お久しぶりですね、お元気でしたか。

するすると壁面に寄っていきながら、思わず私は作品に話しかけそうになってしまった。

2026年4月、私は、京都市京セラ美術館の展示室にいた。目の前には、井田照一(1941―2006)の作品《Series – In front of, In back of -“Surface – Hotel – A”》がある。展示室を見渡せる位置に、作品はそっと佇んでいた。主に版画の技法によって制作された平面作品について「佇む」という言い回しをあてるのは、適切なことではないのかもしれない。それでも、そうとしか言いようがないほど、作品はそこにたしかに「いた」(図版1)。

透明なアクリルケースの内に封じられた顔のない裸体は、複数の布の重なりが織りなす半透明な世界の表面で──あるいはその間で──正面を向いている。ただし、そのかたちは決して定まってはいない。右へ、左へ、と私が体の位置をずらすたび、紗の上でぬるりと輪郭線を揺れ、光と影は都度、水面のような波紋を描く。あなたに自分を捕まえられるのか、と問われているようで心わきたつが、その興奮の奥で、つかみどころのなさへの焦燥感のようなものを、私は確かに感じていた。それはとても懐かしい感覚だった。自分が目にしているものは一体何なのか。そして井田照一とは果たしてどんな作家なのか。「イダさんの仕事」について考え続けていた記憶が、蘇ってきた。

井田の作品について私が調査を開始したのは、およそ10年前のこと。《Tantra》という連作が調査対象だった。博士後期課程を修了し、山形の大学にポスドクとして在籍していた当時、さまざまな保存修復や研究のプロジェクトに同時進行で関わるなか、とりわけ心奪われた作品のひとつが《Tantra》だった。

《Tantra》は、同規格の和紙(時には板)を用いて、まるで日記をつけるかのようにキャリアを通じて断続的に制作された、いわゆる混交素材(ミクストメディア)によるシリーズである。何百枚にもわたるこのシリーズが一体どのような素材から構成されているのか、そして素材の選択が現在の作品状態とどう関連しているのかを検証し、適切な保存の方法を再考することが、私の役割だった。

保存修復士の仕事は、「作品をよく見て、知ること」からはじまる。作品の構造と歴史を読み解き、つくり手の意図を探り、観察と文献調査、関係者や遺族へのヒアリング、科学分析などを組み合わせながら、もっとも望ましい保存のあり方を考えなくてはならない。そのようなわけで、この時も私はまず、井田の作品の観察に没頭したのだった。

調査の過程で、私は、井田が多様な素材を用いて制作する作家であることを知り(彼は日常的に口にしていた食べ物や、庭や旅先で拾った収集物、自身の体液などを素材に《Tantra》を制作した)、大きな衝撃を受けたのだった。一点一点を見比べるほどに、物質が持つ多様な特性――粘性、透過性、可塑性をおもしろがりながら組み合わせ、注意深くコントロールしようとする、そして時には手綱を手放し自由にふるまわせる作家の手つきが見えてくる。作品に用いられた体液や果物の汁、蝋、絵の具などは、紙の繊維をつたって浸透し、裏と表に景色を描いていた。

井田の掲げた理念としてよく知られるのが、「Surface Is the Between/表面は間である」である。この一節は彼の関心をそのままに表す言葉としてしばしば引用されるが、井田において「間」は、特定の技法(たとえば版画)のみに限定される概念ではなく、むしろ制作全体を貫く思考の軸として現れているのだ、というのが、《Tantra》の表裏を調査しながらあらためて感じたことだった。イメージは、支持体や素材、身体的な操作、さらにはそれらが接触し、ずれ、重なりあう状況の最中に立ち上がるものとして扱われる。井田が、紙と紙の、紙と布の、石と骨の、自身の身体と作品の支持体との距離をはかりながら、その関係の綾の内にイメージを累積した営みとしての《Tantra》は、その後、私にとって、あらゆる美術作品の組成とイメージについて考える際の重要な参照項になった。

2006年、彼が亡くなった年に、私はイタリアのフィレンツェで絵画の保存修復を学んでいた。当時の私は、いつか日本に帰国し、《Tantra》という複雑な組成の作品に出会い、作家のアトリエを訪れ調査をすることになるとは、思ってもいなかった。にもかかわらず、存命時の様子を伺ううちに、いつしか「井田照一」という一作家は、「お酒が好きで、国外にもたくさんの友人を持っていた、ユーモアあふれるイダさん」として像を結んだ。

保存修復というのは、不思議な仕事である。作品を調査する過程で、私たちは時空を超えてたまたまいくつかの作品にめぐりあい、それがどこから来て、今どのような状態にあり、どこへ向かっていくのかを考え、時には少しだけ、保存のための手伝いをする。その過程で、私たちはつくり手について学び、作品を知る。時には、とても深く。そして、生前には会ったことがないにもかかわらず、彼の人は生き生きと血肉の通った存在として、心のうちの大切な一角を占めるようになる。だから、美術館で彼らの作品を目にすると、かけがえのない旧友に再会したかのように胸が高鳴るのだ。

「この状態で館に収蔵されて以来、まだ一度もケースを開けたことがないんです」展覧会を企画したKさんが、一緒に作品を眺めながら、そう教えてくださった。素材の情報として「紗(3層)」と記載があるものの、本当のところはどうなのか、しっかりケースを開けて調べてみないとわからない、と。井田照一の仕事には、まだ解き明かされていない技法上の謎がいくつもある。いつかまた、イダさんの作品にじっくりと向き合い、調査をつうじて出逢いなおすことができれば、と思う。謎かけにあふれた展示室で、金とピンクで模様をほどこされた黒豚が、薔薇色の世界でしっぽをくるりと巻き、私を見送ってくれた(図版2)。

図版2
井田照一《La Vie en Rose – Box》部分写真
昭和48年 オフセット・シルクスクリーン リトグラフ 紙木 京都市京セラ美術館(撮影:田口かおり)



Quand il me prend dans ses bras
Il me parle tout bas
Je vois la vie en rose

Et dès que je l’aperçois
Alors je sens en moi
Mon cœur qui bat

Édith Piaf, La Vie en rose, 1945.

たぐち・かおり 人間・環境学研究科准教授。専門は保存修復学、美術史
展覧会情報:京都市京セラ美術館、特集「没後20年 井田照一」
会期:3月20日~6月21日