サイクリング紀行 2026
2026.04.01
春を纏った狛ねずみがお出迎え
哲学の道・大豊神社
3月下旬某日、空はどんより曇っており、お世辞にもサイクリング日和とはいえない。行く末を憂いつつ天気予報アプリを眺めていると、同行者の(雲)が「雨でアクシデントが起きたらネタになる」と口を挟んできた。あまりに楽観的な先輩編集員を尻目に、ヘルメットの紐を締めなおして無事故無違反を誓う。10時に京大を出発。1時間後には雨が降り始めるらしい。
今出川通を東へ進み哲学の道へ。平日ながら多くの外国人観光客が集まっており、開花したての桜にカメラを向けていた。筆者らも桜の下に自転車を停める。するとインド風の男性2名が声をかけてきた。写真を撮ってほしいようだ。(雲)がスマホを受け取ると、彼らは1人ずつポーズを取り始めた。愛想よく2人分の写真を撮った(雲)は、彼らに背を向けたあと、若干不満げに「1人ずつなら僕いらないじゃん」とボヤいていた。
さらに川沿いを進み、最初の目的地・大豊神社に到着。この神社の見どころは、拝殿の前に咲く枝垂れ桜と枝垂れ紅梅だ。取材日は運よくどちらも見頃を迎えていた。梅は旬を過ぎているから、今年はこれで見納めだろう。力強いピンク色をじっくり目に焼き付けた。またこの神社は、狛犬ならぬ狛ねずみを置いていることでも有名だ。阿形の狛ねずみは、耳に椿の花を乗せて春の装いだった。狛きつね・狛へび・狛さる・狛とんびも椿で可愛らしく着飾っている。動物たちのファッションショーを心ゆくまで堪能し、神社を後にした。(梅)
円山公園・長楽寺
ブレーキいっぱい握りしめて鹿ケ谷通の坂を下り、祇園方面へ向かう。次なる目的地は、八坂神社に隣接する円山公園。約600本の桜が咲くといわれる京都随一の花見スポットだ。ぽつぽつと雨粒が肌に当たり始めており気は急くばかりだが、安全第一で走行する。
近くの駐輪場に自転車を停めて園内へ。満開の桜並木の下を歩く……というわけにはいかなかったが、開花した桜がちらほら見られた。華やかな着物に身を包んだ観光客たちは、花から花へ飛び回るミツバチのごとく散策している。
公園の東端には、平清盛の娘・建礼門院ゆかりの長楽寺がある。彼女は壇ノ浦の戦いののち、この寺にやってきて出家したという。予定にはなかったが、古寺の歴史に惹かれてこちらにも立ち寄ることにした。
ウグイスの鳴き声と諸行無常の鐘の声を聞きながら、階段をのぼってゆく。拝殿前にはイラスト付きの可愛い絵馬が売っていた。せっかくなので購入し、今年で102年目となる京大新聞が今後も続いてゆくように、と願いをしたためて奉納した。「凋落した平家みたいにならないといいですね」と相方に苦笑いすると「ウチは盛者じゃないから大丈夫だよ」とシニカルな答えが返ってきた。なにはともあれ「長く楽しく」続けられればいい。(梅)
祇園四条
長楽寺を出るとお昼どきになっていた。腹が減ってはペダルも漕げない。美味しいご飯を求めてさまよい歩くことにした。
園内には屋台が出ていたが、全て営業しておらず、牛タン串や小籠包の看板が胃袋と唾液腺を刺激するばかりだった。途中で立ち寄った旧村井家別邸(長楽館)内にはデザートカフェがあり、色とりどりのケーキが陳列されていたが、お洒落すぎてショーケース越しに眺めることしかできなかった。
「カレーが食べたい」「トンカツ付きがいい」「大盛にしたい」。相方は大人げなく食欲をエスカレートさせたが、祇園四条界隈に注文に適う店はなかった。歩き回るうちに雨はどんどん強くなっていく。大盛カツカレーは諦めて近くのそば屋へ入ることにした。
(雲)はにしんそば、筆者は親子丼に舌鼓を打った。腹八分目で店を出ると、雨はさきほどよりもひどくなっていた。予報を見るに、雨脚は強まっていく一方だ。道を急がねばならない。足早に駐輪場へと引き返した。(梅)
神泉苑
最近、どうも心がすさんでいる。初罹患の花粉症のせいだろうか。自転車に乗る利点の1つに、感情の発散があると思う。自転車の車輪を軋ませるごとに胸の内が少しずつ澄んでいくのを感じる。
雨の御池通を西へ走り、神泉苑に到着。看板によると812年に嵯峨天皇が桜の花見を行った、花見発祥の地であるという。境内の法成就池には善女龍王社が孤島のように浮かんでいる。法成橋で現世とつながり、橋の下には大量の鯉が泳いでいた。
(梅)が「エサあげますか」と言うので、筆者は100円のエサを買って欄干に身を乗り出した。人影を察知したのか、20匹はいよう鯉が眼下50㌢四方にドタドタと群がってくる。ぶつかり合っては一斉に口をパクつかせる様子はグロテスクだ。衝突で傷つきはしまいかと妙な罪悪感に襲われて急ピッチで餌をまき、橋を渡って本堂に行く。
賽銭箱の横に鯉と恋をかけた恋みくじが置かれている。記事ネタを求める我々は、すかさず200円を賽銭箱に投入した。結果は両者中吉で、春よこいといったところだ。
そうこうしている内に、雨と土のぶつかる音が周囲に増してきたので、湿気た風を肌に感じながら、次の目的地へと自転車を漕ぎたす。(雲)
首途八幡宮
二条城を通り過ぎ、智恵光院通を進む。目線を落とすと、筆者の自転車は籠の左側だけ塗装が剥げてガサガサだ。これは部室を出て右側に住む寂しがり屋の友人が、僕を引き寄せようと籠に攻撃するので、自転車の左側だけがぼろぼろになったのだ。大変迷惑な話だが、どこか嬉しい傷でもある。
首途八幡宮に着いた。首途と書いてカドデと読むこの首途八幡宮は、音の通り、門出を祈る神社だ。かつて源義経が奥州亡命の際に旅の無事を祈ったことが起源だという。参道には桜や桃、梅が植わっており、門出の季節にぴったりの名所だ。周囲の音は雨にくぐもって落ち着く。灰色の雨の中に絵の具を散らしたようにピンクの花々が淡んでいて、小学生の頃の水彩画を思い出した。小ぶりの桃花を覗くと、おしべが桃花色にたくさんの白線を引いている。「おしべが綺麗だね」というと、「おしべが綺麗だねって何ですか(笑)」とからかわれる。新学期は言葉足らずを直さねば。
境内には、旅に出る人々の絵馬も奉納されている。シンガポール・ジャカルタに、カナダ・トルコ・ギリシャ。京都から奥州に旅立った義経も仰天のラインナップだ。彼らは幸せな旅ができただろうか。小さな絵馬掛けは、京都の中に、遠い国の土煙を静かに潜ませていた。そっと手を合わせてみる。とりあえず我々のサイクリング紀行の無事と世界平和を祈っておいた。(雲)
出町商店街
相変わらずの雨の中、今出川通を東に走り、出町商店街の横っ腹に突入する。商店街の北側に自転車を停めてぶらぶらと歩くことにした。(梅)はお腹がすいていたようで、さっそく唐揚げを買っておいしそうに頬張っている。
古本屋の前を通ると、昭和以前の教科書が販売されていた。筆者が惹かれたのは『初等教育近世算術 下巻(編纂・佐久間文太郎)』。表紙には「明治31年12月第13版発行」と書かれている。ボロボロのページをめくると「1921人の兵卒を4か所の人口に割合ひて募集するに~」といった問題が並んでいて、当時の世相を想像させる内容だ。気に入って500円で購入した。
続いてたこ焼き屋があった。メニューを順にみていくと、一番右端で「たこ・ジローラモ」の文字が圧倒的な存在感を放っている。店の方に聞くと、トマトソースとチーズがかかったイタリアンなたこ焼きとのことで、700円で注文した。口に入れると、トマトの湯気が気分よく鼻腔を満たし、一拍置いてタコ焼きが遅ればせながら顔を出す。味の想像がつかなかったが意外とおいしい。
ズボンの内側がずぶ濡れでずいぶんと冷えてきた。「そろそろ帰りますか!」。(梅)と言い合って、鼻をすすりながら帰路に着いた。(雲)
帰路
鴨川を越えればもう見慣れた景色。とはいえ気を抜くことなく、バスや歩行者に注意して帰路をたどる。15時半、京大に帰ってきた。雨でコンディションは最悪だったが、幸いにも無事故無違反の道のりとなった。
田舎から引っ越してきた筆者にしてみれば、京都は人も車も多く、自転車を漕ぐのがちょっと怖い。しかし、半日あればサイクリングが満喫できる最高な街であるのもまた事実だ。ぜひ読者には「絶対に事故を起こさない」という気持ちを持ったうえで、春めく京都を突っ走ってほしい。春は花のように咲き乱れろ!(梅)




