文化

〈映画評〉自然への愛と人生 言葉少なに紡ぐ 『郷』

2026.04.01

〈映画評〉自然への愛と人生 言葉少なに紡ぐ 『郷』

山や川、田畑で遊び疲れた岳ら ©郷2025

あぜ道を全力で走り抜け、木々に登ったり、丸太に乗って川下りしたり……。純粋無垢な子供が自然の中で生を噛みしめながら生きるのは、何物にも代えられない貴重な瞬間なのではないか。本作はこうした考えの下で制作され、2024年の上海国際映画祭のアジア新人部門では、2つの賞でノミネートを果たした。

本作は4部から成る。鹿児島の農村で育つ主人公・岳が高校の野球部でいじめられる「競争」、一転して、幼少期に友達と無邪気に野山を駆け回る「童心」、様々な姿の雲や川、木々を映し出す「無常」、高校生の岳が決意を固めて自転車を飛ばす「流転」だ。

本作の一番の特徴は、台詞に頼らない演出にある。岳には思いを寄せる人がいるが、2人の会話は一切無い。それでも、一緒に列車に乗って下校したり、音楽室にいたりする様子から、2人が恋仲であると示唆される。本作にはもちろん会話シーンもあるが、その会話の声量はボソボソ声の日常会話と相違ないことが多い。そのため、観客は字幕を参照しつつ、内容を理解することになるが、他の映画ではあまり感じえない日常感や臨場感を味わうことができる。

ただ、同演出が興味深かっただけに、ラストシーンで岳の決意をナレーションで伝えたのには落胆した。自転車をこぎ続ける彼の表情だけでも、彼の思いは十分に伝わったのではないか。また、「無常」では数分間にわたって自然を映すが、似たような風景が続くために、飽きてしまう観客もいるだろう。実際、評者が映画館で鑑賞した際には、立て続けに鈍い音がした。無音の場面が続く中で効果音かと疑ったが、どうも前方の観客2名が寝ぼけて物を落としただけのようだった。

その一方、世界的に著名な映画会社・ARRIの機材による撮影とあって、映し出される木々の緑や水流は、美しく鮮やかだ。映画全体を通しても、観客は鹿児島の自然に身を委ねることができるといえよう。必要最低限の台詞と特別な機材で、鹿児島という自然に溢れる土地で生きる高校生の人生を、あたかもドキュメンタリーのように描き切った。挑戦的な一作。(郷)

『郷』
監督・脚本 伊地知拓郎
配給 マイウェイムービーズ/ポルトレ
公開 2026年1月9日
上映時間 93分

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