〈書評〉華麗な結婚式、の裏 辻村深月『本日は大安なり』
2026.04.01
本作は複数の人物の視点が移り変わって進むグランドホテル形式の小説。舞台はとある大安の日、県内有数の高級結婚式場だ。この日に結婚式を予定する4組のカップルは、どれも一筋縄ではいきそうにない。偽物の新婦、式場への放火を目論む新郎、クレーマーカップルなど、様々な問題を抱えた彼らの視点が入れ替わり、式当日までのいきさつが徐々に明らかになりながら、複数の事件が同時に進行していく。
本作の魅力の1つは、登場人物のバックグラウンドだろう。全く異なる生い立ちや性格を持つ人物であるにもかかわらず、それぞれの解像度がとても高い。双子の姉妹が互いに抱く嫉妬や矛盾するような家族愛、浮気者の責任転嫁と軽薄さがよく観察されている。えげつないと感じる人間の醜悪な部分が描かれることさえある。だが一方で、小説全体のトーンはあくまで朗らかで明るい。まるで結婚式や披露宴と同じではないだろうか、と感じる。結婚式は夢のような理想の時間でなくてはならないが、その裏にどんな人間模様が潜んでいるかは一皮むいてみなければわからないものだ。
本作はある種の仕事小説としても読むことができる。実は評者がこの本を手に取ったのは、今現在結婚式場でバイトをしているからだった。バイトを始めて早1年、いまや祝福の気持ちよりも仕事を淡々とこなそうとする気持ちの方が大きくなってしまったことに危機感を覚え、新鮮な気持ちを取り戻せないものかとこの本を開いたのだ。ウェディングに携わる人々の仕事は、トラブルだらけの婚礼を抱えて、どうにか理想を保つことだ。ウェディングプランナーの山井は、自分史上「最悪のお客様」であるカップルの壁にぶちあたりながら自身の職業との向き合い方を考えていく。本作の華やかな結婚式の裏側では、仕事への責任、やりがい、プライドなど全ての仕事人に共通するテーマが流れている。山井のひたむきな姿勢は、すり減った今の評者の心に響いた。我々にとっては日々の仕事の一幕、しかし彼らにとっては一生に一度の今後を左右しかねない重要な日なのだ。彼らに一片の瑕も残さない完璧な時間を贈ること、それが仕事の責任なのだと改めて思うことができた。
本作の結末は「ご都合展開だ」と呆れるほどのハッピーエンドである。刺激的な展開を求めていた人には少し物足りないかもしれない。しかし、ハレの日のハッピーエンドを拒否できる人が果たして存在するだろうか。おめでたいことには少々甘すぎるくらいの大団円がちょうどよい。本作は読者を明るく前向きな気持ちにさせる祝福が込められた1冊だ。(燈)
『本日は大安なり』
辻村深月著
KADOKAWA/角川文庫
2014年、1000円+税
辻村深月著
KADOKAWA/角川文庫
2014年、1000円+税
