〈映画評〉暗い歴史の上にある、医療の今 『医の倫理と戦争』
2026.03.16
©2025 Siglo
旧日本軍の「731部隊」は太平洋戦争中、細菌兵器の開発や生理学の発展・応用のため、中国人やロシア人の捕虜を用いた人体実験を行った。部隊の指揮官は京都帝国大学で医学の博士号を取った細菌研究者・石井四郎で、軍人のみならず優秀な医学者が集められた。部隊は捕虜を「丸太」と呼び、毒性の強い菌を投与したり、凍傷を負わせて経過を観察したりといった生体実験に加え、生体解剖も行っていた。殺害された捕虜は3千人以上と言われている。
しかし、敗戦直前に徹底的な証拠隠滅が図られ、旧日本軍による医学犯罪は「闇に葬られた」と作中で一人の医師は語る。人体実験に関わった医学者たちは戦後、実験結果を研究成果として発表し社会復帰を遂げた。彼らが犯した戦争犯罪は、GHQに人体実験データを引き渡すことと引き換えに不問とされた。このため彼らの中には大学の教授・学長や医学会の会長など、社会的に高い地位に就いた者も多く、戦後医療の中枢を担うこととなった。この結果として、731部隊は学校教育でほとんど触れられず、医学生でも知らない人が8割に上る、とある医師は言う。
「未だ反省がない」と別の医師はカメラの前で語る。そして反省がなければ歴史は繰り返してしまうとの危機感から、彼らは「『戦争と医の倫理』の検証を進める会」を結成し、歴史の検証と教育を求めて声を上げ続けている。
印象的だったのは、731部隊の元隊員の証言映像だ。証言当時、人体実験は悪魔的な狂気をもった人間によるものだったとする説が流布していた。しかし、そのような言論に対し元隊員は「お国のため、研究のため、そして人を助けるために実験したことを知ってほしい」と語った。「丸太は研究素材だった」と彼は断言し、細菌兵器の開発だけでなく、研究によって得られた知見を負傷した日本兵の治療に用いることを目指した実験だったと言う。ここに、人間がもつ普遍的な恐ろしさがあるのではないか。実験に参加していた医学者たちも、家族を愛し、かつては志をもって学んでいたエリートであった。しかし、時勢に押され加担するようになり、人を助けるという大義名分のもとに非人道的行為を正当化して、感覚が麻痺していく。我が身を振り返ってみてもこの感覚は理解できないものではなく、自分の中に潜む弱さと恐ろしさに気づく。「自分は違う」とは言い切れないのだ。
医療をめぐっては現代にも様々な倫理的問題があると作中で医師たちは語る。ただ、国の施策と医療システムは関係が深く、医師個人が政策に反対するのはなかなか難しい。しかし、世界医師会の倫理マニュアルには次の一文がある。「倫理は(中略)医師に非倫理的行為を求める法には従わないことを要求します」。悪法よりも目の前の患者の人権を優先することが医師に求められている倫理で、これこそ戦争犯罪を起こさないための一歩でもある。だから、医療従事者は先陣を切って戦争に反対し平和を唱える必要がある、と本作は締めくくられた。
ドイツの元大統領・ヴァイツゼッカーは敗戦40周年の演説で「過去に目を閉ざす者は、現在においても盲目になる」と語った。日本には、731部隊のように「闇に葬られた」歴史が在る。歳月とともに語り得る者は減り、その闇は濃くなっているのではないか。闇に加担せず、闇の中を知りたいと光を向け続けるくらいしかできなくとも、無意味ではないと信じたい。(悠)
監督 山本草介
配給 シグロ
上映時間 77分
京都ではUPLINKにて2026年2月13日(金)より公開
配給 シグロ
上映時間 77分
京都ではUPLINKにて2026年2月13日(金)より公開
