〈Topic’17〉今年は川田先生像? 2017年度入試(2017.03.16)

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2月25日から27日にかけて学部前期入学試験が吉田キャンパスで実施された。10学部合わせて7529人が受験した。

吉田南構内正門付近では今年も恒例の「折田先生像」が登場した。今年の折田先生像は、「チクショー!」の決めゼリフで知られているお笑いタレント、コウメ太夫を模した像で、受験生やその保護者らが足を止め写真を撮る姿が見られた。設置後、学生にはお馴染みの「告示」を模した看板が設置されたり、名前が「川田先生像」に書き換えられたりと、注目を集めていた。(化)

【寄稿】熊本地震から考える地学教育(2016.5.16)

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4月14日に熊本県熊本地方で最大震度7を記録する M6・5の地震が発生した。さらに同15日深夜には、同じく熊本県熊本地方を震源とする M7・3の地震が発生した。発生直後に、私はTwitterで「東日本大震災の時にも本震の2日前にM7の前震が発生していたから、今回も南海トラフの大地震に警戒しないと!」というツイートを見かけた。あなたはこのツイートを見て科学的に正しいかどうかを考察し、周りの人に説明できるだろうか。

実はこのツイートは正しくない。今回の地震が内陸型地震であるのに対して東日本大震災は海溝型地震であり、発生メカニズムが異なる。つまり熊本地震は南海トラフの前兆とはいえないのである。とは言っても、わからない方も大勢いるだろう。この紙面では詳しい説明はできないため、自分で調べてみてほしい。こういった信憑性の低いツイートに、数千もののリツイートや「いいね」がついていたことに私は愕然とした。

私の身の回りでもこうした知識を持つ人は少なかった。数十人に海溝型地震と内陸型地震の違いを聞いてみたところ、ぼんやりとでも説明できたのは4分の1以下。このような結果が出るのは当然とも言える。教科書需要冊数から文科省が2014年に算出した履修率では、物・化・生の基礎科目が軒並み3分の2以上であるのに対し、地学基礎は29パーセント。日本での地学の履修率は圧倒的に低いのである。海外よりも自然災害が多い日本で科学リテラシーを改善するために、以下の2点から地学の履修率を上げることは不可欠だ。1つは国民全体の防災意識を高めるため。地震や火山などの自然災害を勉強として触れておくことで地震に興味を持ち、じゃあ自分の住んでいるところはどうなんだろうと調べることに繋がる。住民の防災意識を高めるという点で効果的なのである。もう1つは地球惑星科学分野の研究者を増やすため。履修者が少ない現状において、地学は大学受験では使いものにならない。国立大では多くの大学で地学を受けられるものの、私立では受験できる大学が数えるほどしか無い。私は京大を地学で受験したが、他に地学を選択できる併願校は早稲田大学くらいだった。高校で学習したことである科目に興味を持つケースはよくあることだが、地学ではそもそも触れる機会が他科目に比べて少ない。その結果地学に興味を持って研究者を志す学生が少なく、日本の地球惑星科学の研究者が増えない。そうすれば災害研究の発展も遅れてしまう。

この記事を読んでいる読者の皆さんにはぜひ3つのことをしてほしい。1つ目は自分の身の回りの自然災害について関心をもつこと。京大の本部キャンパスのある左京区であれば、花折断層と南海トラフの地震に警戒しなければならない。花折断層は 日本の断層帯では可能性のやや高いグループである。もし実際に花折断層が活動したら、京大では震度7の揺れが想定されている。また南海トラフで M8以上の地震が発生する確率は30年以内に60-70パーセント、50年以内には90パーセント程度以上。実際に南海トラフ地震が発生した場合、京都市左京区では最大で震度6弱の揺れを観測するおそれがある。こういったことをもう少し詳しく調べたり、地元についても調べたりして防災意識を高めてほしい。

2つ目は災害に関して誤った知識が流布されていたら、それを正すこと。あるいは自分が流布する側に回らないこと。科学的に根拠のあることを言っているかよく見極めて、災害に正しく警戒してほしい。内陸型地震と海溝型地震の違いは、少なくとも説明できる人のほうが多数派になってもらいたい。そのために周りの詳しそうな人に聞いてみたり、般教で地学を選択してみたりするのも手だ。

そして3つ目は地学を学習する人が少ないことに関心をもつこと。東日本大震災を受けて、文科省は地球惑星科学系の研究に予算を増やし始めたようだが、履修率を上げるための動きは未だ見られない。多くの人が関心をもつことで地学の履修率を上げるべきだという声を文科省に届けられれば、この記事の目標は達成されたといえるだろう。

私は地球物理学に興味のある一介の理学部生だが、この現状を広めたいと思い、僭越ながら執筆させていただいた。今回の熊本地震で被災された方に心からお悔やみ申し上げる。

(理学部3回生・瀧下恒星さん)

京大前東一条通 自転車左側車道走行へ 地域住民の苦情受け(2015.03.

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学生課は、3月から東大路通り以東の東一条通において、歩道上の自転車通行を禁止し、車道左側通行を義務付けた。今後車道の左側に通行ラインを引き、自転車通行を促す。規制区間は小学校の通学路にもなっており、歩行者が自転車の歩道走行を危なく感じている、などの地域住民による苦情を京都府警が受けていた。これをふまえ、府警が学生課に要請して今回の規制に至った。

左側通行規制に伴い、自転車と自動車の接触の危険が増すため、学生課は、規制区間の制限速度を現在の時速40kmから30kmに引き下げるよう府警に要望するという。 

第3回京大新聞文学賞・開催記念インタビュー 作家・吉村萬壱(2014.12.01)


京大学新聞社では来年6月30日まで、「第3回京都大学新聞文学賞」の原稿を募集しています。今号では文学賞の開催を記念して、選考委員の一人であり、第1回京都大学新聞新人文学賞を受賞した吉村萬壱氏のインタビューを掲載します。「京大新聞文学賞は芥川賞への道ですよ」と冗談を飛ばす吉村氏。自身の小説作法や文学賞との関わり、求める作品などについて話を聞きました。(羊・築)

よしむら・まんいち
1961年、愛媛県生。「国営巨大浴場の午後」で京都大学新聞社新人文学賞(1997年)、「クチュクチュバーン」で文學界新人賞(2001年)、「ハリガネムシ」で芥川賞(2003年)を受賞。高等学校、支援学校勤務の傍ら執筆を続け現在は専業。著書に『バースト・ゾーン―爆裂地区』『独居45』『ボラード病』など。最新刊『臣女』が12月10日発売。

初めて食べる「味」の作品を

―吉村さんが小説を書き始めた頃の話を聞かせてください。

大学時代から小説を書く真似事はしていました。その時に友達と同人誌を作って「雑居ビル」という小説を載せたんです。雑居ビルを舞台にした群像劇なんですが、本当に、本当にくだらない話で。友達にも「あかんなあ」と言われて自信をなくし、それからは書いていませんでした。
高校教師になって、職場の先生たちが出している同人誌に「居候」を書かせてもらいました。これが複数の国語の先生から褒められたんですよ。それからは年3回の同人誌に毎号書いていました。〆切もあったし、一定量コンスタントに書かないといけないし、今から思うと良い修行になりましたね。
その時は職場の人に読んでもらうためだけに書いていましたが、自分の力を試したいという思いから、だんだん文学賞を意識するようになりました。

―吉村さんは1997年、土星人に侵略された地球を描いた「国営巨大浴場の午後」(『クチュクチュバーン』文春文庫版に所収)で京都大学新聞新人文学賞を受賞します。数ある文学賞の中で、京大新聞の賞に応募しようと思った理由は何だったのでしょうか。

小説を書き始めて間もなかった自分にとっては、文學界新人賞などの大きな賞は、枚数が100枚と敷居が高くて無理だと思っていました。それで北日本文学賞とか鳥羽マリン文学賞とか、いわゆる地方賞に出した。しかし全然ダメでした。こういう地方の文学賞は、ホロっとくる良い話じゃないとアカンみたいで、僕のような作風では受賞させてもらえない。
そんな時、『公募ガイド』を読んでいて「京大新聞新人文学賞」の存在を知りました。「このような作品を求めます」というようなことは特に書いていませんでしたが、京大の「自由の学風」から考えて、自由、ノンジャンルだろうなと思いました。少なくとも地方賞のような縛りはないだろうと。枚数も確か30枚くらいで。〆切ギリギリで家に眠っていた書きかけを一気に仕上げて送りました。生まれて初めてもらった文学賞で、とにかく嬉しかったですね。
受賞して初めて「選考委員は誰やったんや」と確認したんです(笑)。その時の選考委員は森毅さんと若島正さんでした。こんな一級の知識人に僕の作品を喜んでもらえたんやと、ものすごく嬉しかった。宇宙人が攻めてくる話なんて、職場の同人誌に書いたら「何やってるんですか」と呆れられるのがオチですよ。
それからは鳴かず飛ばずの状態が4年ほど続きましたが、「京大新聞文学賞受賞」は支えになりました。この賞が無かったら僕は無いですね。

―吉村さんは2001年に、「クチュクチュバーン」で文學界新人賞を受賞しました。文學界一本に絞って小説を書き続けていたのですか。

職場の同僚だった三咲光郎さん(1998年オール讀物新人賞、2001年松本清張賞を受賞)から「君の作風だと文學界が良いよ」とアドバイスされたんです。多分いい加減に言ったと思うんですが(笑)、それを信じて文學界に応募していました。
文學界って一次審査で2000の応募作から50にまで絞り込むんですよ。2回か3回くらい出したけど全部ダメでしたね。それでも何かで読んだ「一次で落ちるということは、小説の体をなしていない」という言葉が頭にあって、一次通過を目標に高校教師の傍ら書き続けました。プロ作家になりたいとは全く思っていませんでしたね。もう少し出来るぞ、もう少し頑張ろう、という感じで。
受賞作の「クチュクチュバーン」は1週間で書き上げましたが、手応えなんか全然ありませんでした。当時の日記を読むと、「これは小説ではない」「俺は何を書いているんだ」なんて書いていました。

―2003年に芥川賞を受賞するまではどのような感じだったのですか。

文學界の受賞第一作がなかなか書けなくて辛かったですね。僕と同時受賞した長嶋有さんが芥川賞を受賞されて、「文學界の時はこっちの方が評価は高かったのに」と焦ることもありました。何とか受賞第一作の「人間離れ」を書き上げて単行本を出すことが出来ましたが、その後が書けなくなった。編集者に原稿を渡しても「預かり」状態で何の音沙汰もない。それが2年くらい続いたかなあ。「このまま俺は消えていくんや」と感じていました。
僕の「ハリガネムシ」が芥川賞の候補になった時も、下馬評では全然ダメで。編集者から「描写がひどいから、女性選考委員はドン引きですよ」と言われていました。僕も含めて皆受賞はないと確信していて、文藝春秋社近くの中華料理屋で酒を喰らっていました。そしたら電話が来て「おめでとうございます」と。あの時の編集者の驚きようといったらなかったですね。
後になって選考会の内実を聞いてみると、「ハリガネムシ」が一番上で、その次に栗田有起さんの「お縫い子テルミー」が本当に僅差でつけていたそうです。それで再投票しようとなった時に、石原慎太郎さんが「もうトップのやつで良いじゃないか」と言ったらしいんです。それで決まってしまった。多分石原さんには用事があって、早く帰りたかったんですよ(笑)。まあそんなもんです。あそこで逃していたら、もうとれていなかったでしょうね。

―吉村さんは織田作之助賞・青春賞の選考委員も務めていますが、作品の評価基準は何ですか。

とにかく徹底した作品です。奥泉光さんがよく言っていますが、徹底したものが一番面白いんです。中途半端なものは面白くない。

―徹底するとは、詳細に描写するということですか。

そうではなくて、自分のスタイルを貫くことです。徹底した作品は、本質的には何にも似ていない。誰々に似ていると形容することが出来ない小説。その人でないと紡げない言葉で書かれている作品を私は選びます。
どのように徹底するかは人それぞれです。プルーストが『失われた時を求めて』でやったように一秒ごとに描写するやり方もあれば、玄月さんのように省略を徹底して最小限の言葉で表現するという方法もある。徹底の仕方は色々あります。

―吉村さんが徹底しているのは、どのようなことですか。

「こうなるやろう」という読者の予想を裏切る関節外し、比喩、視覚イメージの喚起、変態性といったところで勝負しています。とにかく、「ここまで書くやつおらんやろ」というところまで徹底します。そうしないと自分が書く意味がない。取り繕ってどうする。だから、脱稿した後に読むと不愉快千万です。自分にとって徹底して書くということは、脱糞するようなものです。

―小説を書く上でのアドバイスがあれば教えてください。

初めて小説を書く人って、誰かに似たら「いけた!」と思ってしまうんですよね。これが一番良くない。反対に、何にも似ていない小説を書いたら、「これは小説ではない」と思ってしまう。自分の中にある小説の基準から外れているわけですからね。でも、そういう何にも似ていない作品こそ、新しい文学です。何かに似るのは要注意。
あと、一つの作品を納得いくまでいじくること。一筆書きみたいに一発で良い作品が決まることはほとんどありません。京大新聞文学賞みたいに、30から50枚くらいの短篇だったら、ひと月くらいは書き直しに時間をかけると良いと思います。そうは言っても、受賞するのは案外二日くらいで書いた作品かもしれませんが。
僕の場合、書き出しの一文を絶対に気に入るまで何回も書き直す。これは自分の好きなテイストだという書き出しの一文が出来たら、それに続く最初の一枚を絶対に面白いと確信できるまで、何度でも書き直す。その一枚が面白いと思ったら、2枚目に入る。2枚目の最後まで来た時に一から読み直して、面白いと思えるまで書き直す。その調子で5枚目まで続けると、最後までいけると思います。面白い小説っていうのは最初から面白い。

―最後に、京都大学新聞文学賞への応募を考えている人に一言お願いします。

初めて味わう作品を待っています。それが不味くても良いんです。めっちゃ不味いけど、味わったことがなければもう一口食べてみたくなる。それが中途半端に薄まった味やったらいりませんよ。ゲテモノでも何でも良いから、とにかく初めての味が食べたいですね。

―ありがとうございました。

〈こちらの記事もどうぞ〉吉村萬壱 『ボラード病』刊行記念インタビュー 「露出する仮構の世界」(2014.06.01)

生協所属? 京大理容室 ベテランの鋏が光る(2014.12.01)

本部構内、生協本部の隣にある「京大理容室」をご存じだろうか。奥まった場所にあって目立たないため、知る人は少ないに違いない。ご存じの方は、1600円でカットできる割安の福利厚生施設として、生協の一部だと考える人も多いだろう。ところが生協HPには記載されているが、生協所属ではないという。少し不思議な「京大理容室」。その謎を解き明かすため、散髪がてら訪れてみた。

迎えてくれたのは、眼鏡をかけた初老の店主、羽方敬視(はかた・けいし)さん。この店はもともと、今の生協ショップや旅行センターがある時計台地下にあり、理容室のほかにも薬屋や眼鏡屋さんなどが入っていたという。さらに、古くは生協参入以前に営業を開始していたとのこと。2000年に行われた時計台工事により地下の店舗は全て2年間移転することになる。理容室の移転先が今の生協本部の隣で、当時はクリーニング屋が店を構えていた。理髪椅子や鏡などすでに洗髪設備を備えた後には、店舗移動が難しかったので工事終了後も残ることに。そのまま現在に至るという。

羽方さんがこの店で勤めはじめて来年で22年。現在は一人で切り盛りしている。お客さんは京大の学生、教職員が中心で、京大構内で働く人も時たま訪れるという。「みんな人がいいです。落ち着いて仕事をさせてもらっています」と語る。

髪を切っているときは、非常に寡黙。記者は世間話が苦手なので、むしろ好ましく感じられるが、理髪店ではいつも話に花を咲かせる人たちには物足りないかもしれない。しかし、それも「仕事に集中するため」ということなので丁寧な散髪を期待できるだろう。

料金は、8%増税後も据え置きで、カット1600円から。営業時間は、平日9時から18時まで、土曜日9時から15時まで。日曜日、祝祭日は休み。(千)
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