〈新刊紹介〉 羽田圭介著『ミート・ザ・ビート』(文藝春秋)(2010.04.01)

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若干17歳で「文藝賞」を受賞し、前作『走ル』が芥川賞候補にもなった著者、羽田圭介による最新作。ちなみに本作も引き続き芥川賞候補に選出されている。

予備校に通う浪人生の主人公の「彼」がバイトをしている工事現場での人間模様や、バイト仲間の「レイラ」を通じて知り合ったデリヘル嬢「ユナ」へのかすかな憧れなどがいかにも羽田らしい淡々とした、しかし濃密な描写で語られる。

物語の後半で「彼」は「レイラ」から中古車、ビートを譲り受ける。車検やタイヤ交換などにかかる費用を捻出するため、生活がバイト中心になる一方、バイト仲間や「ユナ」との関係は一層強まっていく。そして「彼」が、おろそかになっている学業のことを気にしながらバイト仲間やユナと共に夏の湘南へと繰り出すところで話は終わっている。

著者の羽田は明大明治高校出身で、受験を経験せずに明治大学へ進学している。そのせいか主人公の「彼」がおくる浪人生活の描写にはだいぶ不自然な点が多い。「彼」の実家は東京にあり、浪人生になってから「上り電車に乗れば、約1時間で東京圏内」の地域にある叔父の家に移ってきてそこから約20キロ離れた予備校に自転車で毎日通っているという設定なのだが、大学受験の予備校が一番密集しているのは東京都内であり、東京在住の人間がわざわざ地方で浪人生活を過ごすということは基本的にありえない。作中にも「彼」が実家をでなければならない特段の事情があるといった描写は見受けられず、大いに違和感が残る。デビュー作『黒冷水』の頃からリアリティあふれる日常描写を得意としてきた羽田らしからぬ「凡ミス」である。

しかし、この作品を読みこんでいく上でもっとも重要なのは設定にけちをつけることではなく、車を手にした「彼」の生活や心情の変化に注目することだ。

今の日本の若者は旅に関心を示さなくなったといわれる。グローバル化により、物理的な移動が必ずしも心理的な解放感へと結びつかなくなったことが要因の一つだという分析もある。それはそれでたしかにもっともな意見ではあるが、『ミート・ザ・ビート』の「彼」が、10万円以上もの金額を支払いながらビートを手に入れた裏にあったのは、まぎれもなく「遠くへ行きたい」という古典的な若者の欲求であったように思う。19歳という年齢の男が一度大人の生活を知れば、家と予備校を往復するだけの毎日になど戻れまい。『ミート・ザ・ビート』が、せせこましい生活を強いられている浪人生の、広い世界への無意識の「脱出」(又は「逃避」)を描いた小説であるとするなら、工事現場のバイトを通して知った「大人の生活」そのものの象徴がビートであったとはいえないだろうか。

ままならぬ日常への若者の抵抗という使い古されたテーマに、「現代」という名の新たな衣を着せた本作。浪人生活を成功裏に終えた京大生も、読んでみていい。(47)

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