植田和弘 経済学研究科教授 「地球環境時代の対話」 (2007.04.16)

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地球環境問題は、人々に新しい生き方、とりわけこれまでにない形の対話を求めている。

地球温暖化問題や生物多様性問題に典型的に見られるように、環境問題は我々の通念を根底から揺さぶる問題を提起している。それはさまざまな側面に及ぶが、ここでは対話という面から考えてみたい。

地球温暖化問題と通常呼ばれているが、正確には気候が変化することに伴って生じる諸問題のことである。気候は、農業社会においてお天道様と呼んできたことからもわかるように、人間の意思によって変えられるものではなく、雨に降って欲しければ祈るより他になすすべはなかったのである。ところが、人間にとっては外部にある与件であったその気候を大きく変えてしまうというのだから、気候変化に伴ってそのうち人間も滅ぼされてしまうかもしれない。なんとも、無気味な話である。人間社会は怪物になってしまったのだろうか。

人間社会にとって危機的事態と言わざるを得ないが、それを克服する途を模索するのも、また人間である。過去の経験から学習し、未来を予測して現在の行動を修正しようとする。この過程において学問も大きな役割を果たすのである。環境問題は自然現象として現れるが、同時に政治現象や経済現象として複雑な様相を見せる。自然と人間の付き合い方のあるべき姿とは何か、環境問題にいかに対処すべきかに悩む過程を通して、我々の環境哲学のみならず、政治哲学や経済哲学も問い直されてこよう。

地球環境時代の生き方について、我々はまだ明確な指針を確立できていない。ただ、以下に述べる3つの対話を進めていかなければならないことだけは確かであろう。

1つは、自然との対話である。言うまでもなく、人間は自然の一部であるが、同時に大規模に自然を改造する能力を有し、しかもそれを歴史的に発達させてきたという点で他の生物とは異なる特殊な立場にある。そのため、人間と自然との関係は、人間対自然というようにしばしば対立的に理解されてきた。従来、人工資本の蓄積は人間社会の発展を促すものとして評価されても、その過程で犠牲にされた自然資本の劣化・損傷は正当に評価されてこなかった。ある生産物や生産プロセスがもたらす市場では評価されない影響に関して、他の生命体をはじめとする自然がどう評価しているのか、その声を聞くことが必要である。たとえそれが人間社会にとってどれほど利便性の高いものであっても、利用した後自然に還元することのできない生産物に対しては、厳しい批判が加えられるであろう。批判に応える技術はあり得るか。こうした対話のなかから、エコロジー基準が問題にしていることは何か、自然と人間の共生に向けて何をしていかなければならないか、が明らかになってこよう。

2つは、将来世代との対話である。ブルントラント委員会が提唱した持続可能な発展の概念は、煎じ詰めれば、世代間衡平を実現できる発展パターンのことである。現在世代が有する富をどう活用し、そこから得られた果実を消費と投資にいかに配分するべきなのか。そうした選択の結果として、次の世代が有する富は増加しているのか、それとも減少しているのか、このことがわかれば、その経済社会が持続可能か否かを判定できる。先頃公表されたIPCC(気候変化に関する政府間パネル)の第4次評価報告書によれば、2100年に1・1度から6・4度の幅で大気の気温が現在よりも上昇する可能性があるという。現在世代が将来起こるかもしれない気候変化を食い止めるために今どれだけのことをしなければならないかは、将来世代との対話なくしては、解答を見い出すことはできないであろう。

最後は、最も現実的な対話であるが、同時代に生きる人間同士の対話である。よく指摘されるように、「地球は1つであるが、世界は1つではない。」そのため、地球環境保全の必要性が総論的には認識されたとしても、現実に保全政策を制度化することは、国家間の利害対立に阻まれて容易ではない。言い換えると、自然との対話や将来世代との対話を進めた結果何らかの制度を具体化しようとした途端、この壁にぶつかるということである。このことは、京都議定書に合意する交渉過程においても、またその後の議定書発効に至る過程においても、幾度となく見せ付けられてきたことである。国際政治の現実を目の当たりにするに付け、この壁の大きさにたじろがざるを得ない。

しかし、国際政治の壁を突破する契機も、自然との対話や将来世代との対話に基づく人間同士の対話の中にあるのではないか。ここで留意しておかなければならないことは、自然との対話や将来世代との対話から得られた知見を現実の国際政治の場に持ち込むのは誰か、という問題である。無論、自然自体は少なくとも現段階では人間とのコミュニケーションを可能にする共通言語を持たないので、国際政治の場でそのままアクターになることはできない。また将来世代は現在存在していないので、現在の政治や市場の場で意思を表明することが原理的にできない。したがって、政治的な交渉過程において自然や将来世代の意向が反映されるためには、その意向を表明する一種の代理人が必要である。

現在国際政治の舞台で力を持ちつつある非政府セクター、とりわけ環境NGOはこの代理人の役割を果たしているとみることができよう。地球環境問題をめぐる国際政治が新しい地球環境ガバナンスを作り出しつつあると言われることがあるが、それはこうした3つの対話が活発化してきたことに由来しているのではなかろうか。



うえた・かずひろ 京都大学大学院経済学研究科教授。
2002年より大学院地球環境学堂教授を兼任。専門は環境経済学、財政学。著書に『環境経済学』(岩波書店)、『環境経済学への招待』(丸善ライブラリー)、『Basic現代財政学』(有斐閣、共編著)など。

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